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第百十三話
花の檻・中編
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意識が浮上する。さながら湖底から水面に浮き上がっていくような感覚だ。ゆっくりと目を開けた。藤の花房が目に入る。花芯に明りが灯っていないところを見ると、まだ明るい時間帯なのだろう。静かに体を起こす。青のタチアオイが日に日に花が大きくそして増えているように感じるのは錯覚だろうか? そんな事を思いながらタチアオイを掻き分ける。
なんだかこの部屋が花で飾り立てられた檻の中に思えて来た。そりゃそうか、立場は国王の傀儡。籠の中の鳥だ。
窓の外は明るい。穏やかな青空が見える。ソファに腰をおろしながら時計を見た。時刻は十二時を少し過ぎたところだった。さほど時間は経っていない。あれから国王は、眠りかけた俺をベッドへと運んで寝かせてくれた…。それ以降は記憶が途切れている。
溜息をついた。鬱蒼とした気分を吐き出すように。
……随分と良い御身分で……
ボソリと小さな声で本音を漏らしたのはダニエルだったか。癪だが否定出来ない。国王だってそう頻繁に来る訳じゃない。来ても長くて数時間くらいだ。挙句、暇さえあれば睡魔に襲われ眠っている始末だ。他は食べて寝て……うーん、改めて考えれば考えるほど、これぞまさにごくつぶしってヤツじゃないか。
特に、この部屋に移動して来てからそれが著しい。抜け落ちた記憶やら夢やら、断片的に感じるものはあるものの、結局曖昧なままだ。夢の件は国王の母君の事以外覚えてはいないし、ダニエルに皮肉や嫌味を言われる程度で何の進展も事件もない。いや、事件なんて別になくて良いのだけど。つまりは日々平坦過ぎて、もしこれがラノベた漫画だったなら完全にアウトな展開な訳で……。
いや、考えても仕方のない事は取り敢えずおいておこう。思い出したかもしれない記憶の断片。あれを考えてみよう。そう、国王のコントラバスのような声質に対して、フルートみたいな声。この声の主は……
コンコンコン、とドアノックの音にドキリとする。あぁ、ランチの時間か。「はい」と返事をすると、案の定「失礼します、昼食をお持ちしました」と冷たい声と同時にワゴンにランチを乗せたダニエルが入ってきた。フルートの声の件、思考が中断されたくらいで忘れたりしないぞ。丁寧ではあるけれど、長居は無用とばかりにテーブルに食べ物や飲み物、デザートを並べて行くダニエルの純白の髪は、窓から差し込む陽光にパール色に煌めいている。
……パール、真珠、金糸、金の髪……
何か、何かを知っている。金色の髪に、真珠色の肌……ドキンと鼓動が跳ねた。
「あ!」
「何か?」
思わず声を上げ、すかさずダニエルに睨まれる。
「いや、その……ごめん、なんでもない。髪、光が当たって綺麗だな、て思ってさ。パール色にキラキラして見えたから。食事を有難う」
慌てて取り繕った。今感じた事を、コイツにも国王にも、誰にもバレたらいけない。バレたら記憶を消される! 瞬間的にそう感じた。ダニエルは唖然として俺を見ている。心なしか、頬が薄っすらと赤味が差しているような?
「私を口説いても何も出ませんし、あなたに忠誠を誓ったりなんか致しませんよ!?」
何故か慌てたように言い切る。つーか、なんで口説いてるって話になるんだよ? 自意識過剰じゃねーの? ここは誤解を解いておかないと。
「ん? 別に口説いて懐柔しようなんてしてないぞ。ただ見たまんまの事を言ったまでだ。それ以上でもそれ以下でもないさ。第一、お前が忠誠を誓っているのは国王陛下だろう?」
忠誠どころか崇拝に近いだろう、うん。だから、どこの馬の骨とも分からん俺を国王が特別扱いするのが気に食わないんだろうな。……あれ? 今、なんか思い出しそうな……
ダニエルは灰紫の瞳を大きく見開くと、溜息混じりに答える。
「あなたは仮初にも国王陛下の愛玩傀儡なのですから。そう言った称賛は陛下にするべきです。何度も申し上げますが、ご自分の立場をよく考えてください。くだらない事を言っている暇があれば、次に陛下がいらっしゃる時に向けて物語の構想を練るなり美容に気をつかうなり、やる事は沢山ある筈です。では、お食事がお済の頃伺います」
一気に捲し立てると一礼し、ワゴンを引いてサッサと退出して行った。パタンとドアが閉まるのを合図に、思い出しかけたキーワードをつなぎあわせる。
……金色の髪、真珠色の肌、フルートの声。それから……?
なんだかこの部屋が花で飾り立てられた檻の中に思えて来た。そりゃそうか、立場は国王の傀儡。籠の中の鳥だ。
窓の外は明るい。穏やかな青空が見える。ソファに腰をおろしながら時計を見た。時刻は十二時を少し過ぎたところだった。さほど時間は経っていない。あれから国王は、眠りかけた俺をベッドへと運んで寝かせてくれた…。それ以降は記憶が途切れている。
溜息をついた。鬱蒼とした気分を吐き出すように。
……随分と良い御身分で……
ボソリと小さな声で本音を漏らしたのはダニエルだったか。癪だが否定出来ない。国王だってそう頻繁に来る訳じゃない。来ても長くて数時間くらいだ。挙句、暇さえあれば睡魔に襲われ眠っている始末だ。他は食べて寝て……うーん、改めて考えれば考えるほど、これぞまさにごくつぶしってヤツじゃないか。
特に、この部屋に移動して来てからそれが著しい。抜け落ちた記憶やら夢やら、断片的に感じるものはあるものの、結局曖昧なままだ。夢の件は国王の母君の事以外覚えてはいないし、ダニエルに皮肉や嫌味を言われる程度で何の進展も事件もない。いや、事件なんて別になくて良いのだけど。つまりは日々平坦過ぎて、もしこれがラノベた漫画だったなら完全にアウトな展開な訳で……。
いや、考えても仕方のない事は取り敢えずおいておこう。思い出したかもしれない記憶の断片。あれを考えてみよう。そう、国王のコントラバスのような声質に対して、フルートみたいな声。この声の主は……
コンコンコン、とドアノックの音にドキリとする。あぁ、ランチの時間か。「はい」と返事をすると、案の定「失礼します、昼食をお持ちしました」と冷たい声と同時にワゴンにランチを乗せたダニエルが入ってきた。フルートの声の件、思考が中断されたくらいで忘れたりしないぞ。丁寧ではあるけれど、長居は無用とばかりにテーブルに食べ物や飲み物、デザートを並べて行くダニエルの純白の髪は、窓から差し込む陽光にパール色に煌めいている。
……パール、真珠、金糸、金の髪……
何か、何かを知っている。金色の髪に、真珠色の肌……ドキンと鼓動が跳ねた。
「あ!」
「何か?」
思わず声を上げ、すかさずダニエルに睨まれる。
「いや、その……ごめん、なんでもない。髪、光が当たって綺麗だな、て思ってさ。パール色にキラキラして見えたから。食事を有難う」
慌てて取り繕った。今感じた事を、コイツにも国王にも、誰にもバレたらいけない。バレたら記憶を消される! 瞬間的にそう感じた。ダニエルは唖然として俺を見ている。心なしか、頬が薄っすらと赤味が差しているような?
「私を口説いても何も出ませんし、あなたに忠誠を誓ったりなんか致しませんよ!?」
何故か慌てたように言い切る。つーか、なんで口説いてるって話になるんだよ? 自意識過剰じゃねーの? ここは誤解を解いておかないと。
「ん? 別に口説いて懐柔しようなんてしてないぞ。ただ見たまんまの事を言ったまでだ。それ以上でもそれ以下でもないさ。第一、お前が忠誠を誓っているのは国王陛下だろう?」
忠誠どころか崇拝に近いだろう、うん。だから、どこの馬の骨とも分からん俺を国王が特別扱いするのが気に食わないんだろうな。……あれ? 今、なんか思い出しそうな……
ダニエルは灰紫の瞳を大きく見開くと、溜息混じりに答える。
「あなたは仮初にも国王陛下の愛玩傀儡なのですから。そう言った称賛は陛下にするべきです。何度も申し上げますが、ご自分の立場をよく考えてください。くだらない事を言っている暇があれば、次に陛下がいらっしゃる時に向けて物語の構想を練るなり美容に気をつかうなり、やる事は沢山ある筈です。では、お食事がお済の頃伺います」
一気に捲し立てると一礼し、ワゴンを引いてサッサと退出して行った。パタンとドアが閉まるのを合図に、思い出しかけたキーワードをつなぎあわせる。
……金色の髪、真珠色の肌、フルートの声。それから……?
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