その男、有能につき……

大和撫子

文字の大きさ
上 下
164 / 186
第百十三話

花の檻・中編

しおりを挟む
 意識が浮上する。さながら湖底から水面に浮き上がっていくような感覚だ。ゆっくりと目を開けた。藤の花房が目に入る。花芯に明りが灯っていないところを見ると、まだ明るい時間帯なのだろう。静かに体を起こす。青のタチアオイが日に日に花が大きくそして増えているように感じるのは錯覚だろうか? そんな事を思いながらタチアオイを掻き分ける。

 なんだかこの部屋が花で飾り立てられた檻の中に思えて来た。そりゃそうか、立場は国王の傀儡。籠の中の鳥だ。

 窓の外は明るい。穏やかな青空が見える。ソファに腰をおろしながら時計を見た。時刻は十二時を少し過ぎたところだった。さほど時間は経っていない。あれから国王は、眠りかけた俺をベッドへと運んで寝かせてくれた…。それ以降は記憶が途切れている。

 溜息をついた。鬱蒼とした気分を吐き出すように。

 ……随分と良い御身分で……

 ボソリと小さな声で本音を漏らしたのはダニエルだったか。癪だが否定出来ない。国王だってそう頻繁に来る訳じゃない。来ても長くて数時間くらいだ。挙句、暇さえあれば睡魔に襲われ眠っている始末だ。他は食べて寝て……うーん、改めて考えれば考えるほど、これぞまさにってヤツじゃないか。

 特に、この部屋に移動して来てからそれが著しい。抜け落ちた記憶やら夢やら、断片的に感じるものはあるものの、結局曖昧なままだ。夢の件は国王の母君の事以外覚えてはいないし、ダニエルに皮肉や嫌味を言われる程度で何の進展も事件もない。いや、事件なんて別になくて良いのだけど。つまりは日々平坦過ぎて、もしこれがラノベた漫画だったなら完全にアウトな展開な訳で……。

 いや、考えても仕方のない事は取り敢えずおいておこう。思い出したかもしれない記憶の断片。あれを考えてみよう。そう、国王のコントラバスのような声質に対して、フルートみたいな声。この声の主は……

 コンコンコン、とドアノックの音にドキリとする。あぁ、ランチの時間か。「はい」と返事をすると、案の定「失礼します、昼食をお持ちしました」と冷たい声と同時にワゴンにランチを乗せたダニエルが入ってきた。フルートの声の件、思考が中断されたくらいで忘れたりしないぞ。丁寧ではあるけれど、長居は無用とばかりにテーブルに食べ物や飲み物、デザートを並べて行くダニエルの純白の髪は、窓から差し込む陽光にパール色に煌めいている。

 ……パール、真珠、金糸、金の髪……

 何か、何かを知っている。金色の髪に、真珠色の肌……ドキンと鼓動が跳ねた。

「あ!」
「何か?」

 思わず声を上げ、すかさずダニエルに睨まれる。

「いや、その……ごめん、なんでもない。髪、光が当たって綺麗だな、て思ってさ。パール色にキラキラして見えたから。食事を有難う」

 慌てて取り繕った。今感じた事を、コイツにも国王にも、誰にもバレたらいけない。バレたら記憶を消される! 瞬間的にそう感じた。ダニエルは唖然として俺を見ている。心なしか、頬が薄っすらと赤味が差しているような?

「私を口説いても何も出ませんし、あなたに忠誠を誓ったりなんか致しませんよ!?」

 何故か慌てたように言い切る。つーか、なんで口説いてるって話になるんだよ? 自意識過剰じゃねーの? ここは誤解を解いておかないと。

「ん? 別に口説いて懐柔しようなんてしてないぞ。ただ見たまんまの事を言ったまでだ。それ以上でもそれ以下でもないさ。第一、お前が忠誠を誓っているのは国王陛下だろう?」

 忠誠どころか崇拝に近いだろう、うん。だから、どこの馬の骨とも分からん俺を国王が特別扱いするのが気に食わないんだろうな。……あれ? 今、なんか思い出しそうな……

 ダニエルは灰紫の瞳を大きく見開くと、溜息混じりに答える。

「あなたは仮初にも国王陛下の愛玩傀儡なのですから。そう言った称賛は陛下にするべきです。何度も申し上げますが、ご自分の立場をよく考えてください。くだらない事を言っている暇があれば、次に陛下がいらっしゃる時に向けて物語の構想を練るなり美容に気をつかうなり、やる事は沢山ある筈です。では、お食事がお済の頃伺います」

 一気に捲し立てると一礼し、ワゴンを引いてサッサと退出して行った。パタンとドアが閉まるのを合図に、思い出しかけたキーワードをつなぎあわせる。

 ……金色の髪、真珠色の肌、フルートの声。それから……? 
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

某国の皇子、冒険者となる

くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。 転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。 俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために…… 異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。 主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。 ※ BL要素は控えめです。 2020年1月30日(木)完結しました。

ヒロイン不在の異世界ハーレム

藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。 神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。 飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。 ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?

勇者召喚に巻き込まれて追放されたのに、どうして王子のお前がついてくる。

イコ
BL
魔族と戦争を繰り広げている王国は、人材不足のために勇者召喚を行なった。 力ある勇者たちは優遇され、巻き込まれた主人公は追放される。 だが、そんな主人公に優しく声をかけてくれたのは、召喚した側の第五王子様だった。 イケメンの王子様の領地で一緒に領地経営? えっ、男女どっちでも結婚ができる? 頼りになる俺を手放したくないから結婚してほしい? 俺、男と結婚するのか?

異世界召喚チート騎士は竜姫に一生の愛を誓う

はやしかわともえ
BL
11月BL大賞用小説です。 主人公がチート。 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。 励みになります。 ※完結次第一挙公開。

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

マリオネットが、糸を断つ時。

せんぷう
BL
 異世界に転生したが、かなり不遇な第二の人生待ったなし。  オレの前世は地球は日本国、先進国の裕福な場所に産まれたおかげで何不自由なく育った。確かその終わりは何かの事故だった気がするが、よく覚えていない。若くして死んだはずが……気付けばそこはビックリ、異世界だった。  第二生は前世とは正反対。魔法というとんでもない歴史によって構築され、貧富の差がアホみたいに激しい世界。オレを産んだせいで母は体調を崩して亡くなったらしくその後は孤児院にいたが、あまりに酷い暮らしに嫌気がさして逃亡。スラムで前世では絶対やらなかったような悪さもしながら、なんとか生きていた。  そんな暮らしの終わりは、とある富裕層らしき連中の騒ぎに関わってしまったこと。不敬罪でとっ捕まらないために背を向けて逃げ出したオレに、彼はこう叫んだ。 『待て、そこの下民っ!! そうだ、そこの少し小綺麗な黒い容姿の、お前だお前!』  金髪縦ロールにド派手な紫色の服。装飾品をジャラジャラと身に付け、靴なんて全然汚れてないし擦り減ってもいない。まさにお貴族様……そう、貴族やら王族がこの世界にも存在した。 『貴様のような虫ケラ、本来なら僕に背を向けるなどと斬首ものだ。しかし、僕は寛大だ!!  許す。喜べ、貴様を今日から王族である僕の傍に置いてやろう!』  そいつはバカだった。しかし、なんと王族でもあった。  王族という権力を振り翳し、盾にするヤバい奴。嫌味ったらしい口調に人をすぐにバカにする。気に入らない奴は全員斬首。 『ぼ、僕に向かってなんたる失礼な態度っ……!! 今すぐ首をっ』 『殿下ったら大変です、向こうで殿下のお好きな竜種が飛んでいた気がします。すぐに外に出て見に行きませんとー』 『なにっ!? 本当か、タタラ! こうしては居られぬ、すぐに連れて行け!』  しかし、オレは彼に拾われた。  どんなに嫌な奴でも、どんなに周りに嫌われていっても、彼はどうしようもない恩人だった。だからせめて多少の恩を返してから逃げ出そうと思っていたのに、事態はどんどん最悪な展開を迎えて行く。  気に入らなければ即断罪。意中の騎士に全く好かれずよく暴走するバカ王子。果ては王都にまで及ぶ危険。命の危機など日常的に!  しかし、一緒にいればいるほど惹かれてしまう気持ちは……ただの忠誠心なのか?  スラム出身、第十一王子の守護魔導師。  これは運命によってもたらされた出会い。唯一の魔法を駆使しながら、タタラは今日も今日とてワガママ王子の手綱を引きながら平凡な生活に焦がれている。 ※BL作品 恋愛要素は前半皆無。戦闘描写等多数。健全すぎる、健全すぎて怪しいけどこれはBLです。 .

物語なんかじゃない

mahiro
BL
あの日、俺は知った。 俺は彼等に良いように使われ、用が済んだら捨てられる存在であると。 それから数百年後。 俺は転生し、ひとり旅に出ていた。 あてもなくただ、村を点々とする毎日であったのだが、とある人物に遭遇しその日々が変わることとなり………?

処理中です...