その男、有能につき……

大和撫子

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第百十二話

国王陛下の傀儡・中編

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 漆黒とはこんな色を言うのか、と再確認するほどに深い闇の中に佇んでいる。そして天より白いものが舞い落ちてくる、次から次へとふわり、ふわりと。地上に降り積もり、大地を白く染めていく。純白のそれは花びら……? いや、雪だ……。頬に当たるそれは冷たく、そしてふわっと溶けていく。けれども水滴はつかいない。これも夢か……。そう確信した。それならきっと、あの人に会える! 嬉しくて嬉しくて、思わず駆け出す。だってほら、あそこに!

 少し走った先に、天から光の帯が下りてくる。まるで夜空から差すスポットライトみたいに。その光の中に、愛しい人がいるのだ!

「ラディウス殿下!」

 両手を広げて待っているその人へと飛び込んで行く。我ながら非常に大胆かつ無遠慮だ。だけどこの夢の中でしか会えないから……

「良かった、惟光。会えた!」

 王子は俺をしっかりと抱き止めて、髪に頬ずりしている。それがとても心地よい。

「ごめんね……でも、もう行かないと駄目みたいだ……」
「え? それは、どういう……」

 悲しそうに囁く王子の声。どうしようもなくて、動揺して焦るしか出来ない。

「感付かれたのかもしれない。でも、気持ちは変わらないし待ってるから……だから……」
「殿下?」

 ……感づかれた? どういう事だ?

「ペンダントとブレスレットは、さすがに取りあげられなかったみたいだから……唯一の……」
「殿下?!」

 王子の声が段々遠のき、彼を抱き締めていた腕が虚空を掴む。ハッと気づけば、砕け散ったのは雪の塊。ただ、目の前に広がるのは漆黒の闇、そして降りしきる粉雪だけだった……。


 コンコンコンコン……

 ドアノックの音に、意識が浮上する。どうやらソファで転寝していたみたいだ。とても重要な夢を見た……気がする。

 コンコンコン

 焦れたように為るドアノックの音に「はい」と返事をする。ダニエルだろうな、何だろう? 「失礼します」と冷ややかな声、やっぱりダニエルだ。

「何か不都合でもございましたか?」

 淡々と問いかけながらツカツカと俺の傍に歩いて来る。純白の髪が、窓から差し込む光を受けて煌めいていて、何だか樹氷みたいだ。いやいや、寝ぼけてる場合じゃない、答えないと。

「いや、特に何もないよ。ちょっとウトウトしていてノックに気付くのが遅くなったみたいだ。ごめん」
「左様でございましたか。……随分と良い御身分で……」
「ん? 何?」
「いえ、何でも」

 左様でございましたか、の後に小さくボソッと本音を呟いたのを、聞き逃す訳がない。恐らくわざとだ。嫌な奴。だけど面倒だ、気付かないふりをしよう。

「何か用が?」
「国王陛下の御命令で、今すぐ惟光様の部屋に行くようにとの事で参りました」
「何が言付けが?」
「いいえ、特には。ただ、転寝をして風邪でも引いたら大変だ、様子を見て来るようにと」

 しっかり温度管理をされているんだから、風邪なんか引く筈無いだろ。何かおかしい……。

「そっか。有難う。何ともないよ」
「そうでしたか。それならようございました。では、失礼します」

 例によって、長居は無用とばかりにいそいそと入口に向かう。ドアノブの手を伸ばしかけ、思い出したかのように降り返った。何だ?

「そうそう、あなたは国王陛下のなのですから、勝手に体調を崩したりしたら困るのですよ。それと、国王陛下がいついらしても、またいつ呼び出されても良いように身嗜みはしっかりとしておいてください」
「ん? あ、おう。分かった」
「頼みますよ」

 パタンとドアが閉まる。……ねぇ。随分とストレートな物言いだこと。相当嫌われてるんだろうなぁ。特に何かした覚えはないから、恐らく記憶が抜けている部分に何かあるんだろうと思う。身嗜みかぁ。そう言えば髪留めがズレているかも。

 髪を結び直していると、ペンダントトップと、ブレスレットがジワーッと熱くなって来た。そう、さっき見た夢で一つだけ覚えている事がある。このペンダントとブレスレットが重要な鍵になる、て事だ。明日の午後、国王が部屋にやって来る予定だ。その時に、この二つのアクセサリーの事をそれとなく聞いてみようか。
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