その男、有能につき……

大和撫子

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第百十二話

国王陛下の傀儡・前編

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 ……傀儡……くぐつ……またはカイライ……えーと、それってつまり……

という単語では身も蓋もないのでしたら、『マリオネット』とか『操り人形』でも良いですが」

 絶句している俺を尻目に、ダニエルは更にそう続けた。落ち着けって、俺。今までにもこんな事何度もにあったじゃないか! もっと酷い事も言われてきたろう? あっちの世界でさ。うーん、こっちの世界での破格の待遇のせいか、どうやら最近の俺は打たれ弱くなってきているようだ。出来るだけ自然に口角を上げた。ダニエルは不可解な、という様子で右眉を上げる。

「うん、ご親切にわざわざ言い換えを有難う」

 ま、要は愛人、て事だよな。わざとらしいくらいに丁寧に答える俺に、薄気味悪いモノを見るような目俺を見るダニエル。こいつ、意外と表情豊かじゃないか。

「『傀儡』でも『操り人形』でも『マリオネット』でも構わないけど、要するにって意味合いで良いかな?」
「えぇ、そうですね。と言い換えても宜しいでしょう。『全ては国王陛下の御心のままに』、つまりはそう言う事です」

 なるほど、余計な事するな、そう言いたい訳か。すぐにポーカーフェイスを取り戻した彼に、再びにっこりと微笑んで見せた。すると今度は、奇怪なものでも見たかのように目を見開くじゃないか。だから俺の作り笑いは苦笑いへと移り変わっていった。

「有難うな、改めて自分の立ち位置がよく分かったよ」

 それを聞くや否や、彼は奇怪なものを通り越して化け物でも見るような目付きで顔をしかめた。何なんだよ、全く。

「……惟光様、あなたって少し……いや、大分おかしな方ですねぇ? 私とてつもなく失礼な事を申し上げたのですよ? 普通なら怒り狂って当然かと」
「怒り狂っても、どうせダニエルの対応は変わらないだろうし。何よりも、俺はこんな風に特別扱いをされた事がないからな。それこそ、国王陛下の観賞用人形なんて小説の中でしかお目にかかった事のない人生だった。だから、冷静に俺の今の状況や立ち位置を言って貰えて有り難いって本当に思うよ」

 これは本当にそう思う。今まで生きてきた中で、誰かに大切にされたり引き立てて貰ったりした事って無かったもん。ダニエルは呆れたように溜息をついた。これで何度めの溜息だよ。

「……単なる大馬鹿なのか、変人なのか、それとも聖人なのか。よく分からない方ですね。とにかく、そういう事なので『国王陛下の御心のまま』の傀儡でいてください」

 にべもなくそう言い切ると、「では失礼します」と頭を下げてスタスタと部屋を出ていった。

 何だかなぁ。随分と軽視されたもんだ。仮にも国王陛下の愛人だ、ていうならもう少し丁寧な対応しても良さそうなもんだけど。こういうのって、職務怠慢って言うんだよなぁ。あの人なら絶対そう言うし、あの二人なら……あれ? 俺……今、誰の事を思ったんだろう? あの人? あの二人?? 誰の事だ?

 突如、色濃く香ってくる藤の花。やっと慣れて来たと思ったのに、咽返るような甘ったるい香り。駄目だ、この香りをかぐと思考が鈍って無気力になる……そしてすぐに、異常な睡魔が……。そうだ! 外に出れば……

 立ち上がろうとして、そのままソファに崩れ落ちた。……もう、眠くて……

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