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第百十一話
傀儡
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目を開けると、藤の花房と青いタチアオイ群れが目に入る。何だろう? 何か特別に大切な事を夢で見ていた気がする……。ゆっくりと起き上がった。頭がボーッとしている。タチアオイの回廊を掻き分けて寝室から出る。ここ数日特に感じる咽返るような藤花の香りに、いささか辟易していた。
応接用のソファに腰をおろし、時計をチラリと見る。午前十一時五十分……。眠ってから思いの外時間は経っていないようだ。そもそも、この時間は正確なんだろうか? この部屋といい周りを取り囲む庭といい、季節感を無視した魔術の空間らしいし。本当の季節はおろか日付さえも本当のものかどうか疑わしい。
そう感じる理由はいくつかある。まず、インターネットをでエターナル王家が検索出来ない事。テレビも、生放送の筈がある場面に差し掛かると砂嵐になった。そしてここ数日色濃く香る藤の香り。この香りがするようになってから、ただでさえ眠いのに異常な睡魔に襲われる事とか。今もほら、頭がクラクラす程眠い。夜もあれだけしっかり寝ているのに。
何よりも極めつけは、ある部分だけすっぽりと記憶が抜け落ちている気がする事だ。どんな記憶が抜けているのかと言われたら……物凄く大切な事、としか言えないのがもどかしい。
じわーっと胸のペンダントが熱く感じる。同時に左手首のブレスレットも。ほら、このアクセサリーをどこで手に入れたのか、いつからつけているのか全く記憶に残っていないんだ。絶対におかしい。そうだ、さっきの夢はとても重要だった気がする。国王の母君(多分、そうだと思う。うん)の事は鮮明に覚えているのに、やっぱり、絶対に変だ。……さて、どうする? 俺。
コンコンコンとドアノックの音で、思考が途切れた。昼時か、ダニエルだろうな。そう思いながら「はい」と返事をする。「失礼します」と無機質な声でダニエルが入ってきた。やっぱりな……。彼はいつものように無表情で食事を乗せた白いワゴンを押して来る。
「ランチをお持ちしました」
彼は座っている俺の真横まで来ると、そう言って礼儀正しく頭を下げた。「有難う」と応じるが、それには完全に無視をして、食事を丁寧に素早くテーブルに並べていく。あー、フランス料理のコースメニューみたいランチか。最後に琥珀色の飲み物の入ったガラスポットとグラスを置くと、
「それではごゆっくりお召し上がりくださいませ。お食事がお済みの頃にお伺い致します」
そう言って、お辞儀をするとワゴンを引いてスタスタと部屋を出ていこうとする。長居は無用、てか。何だかなぁ。こういう時の侍従は二人で来て。料理について説明しながら……って、あれ? 今、何か思い出しかけたような……。再び、胸と左手首がジワッと熱く感じた。ペンダントトップとブレスレットだ。
「あの!」
気付いたら呼び留めていた。こら俺! 話す事なんて無いぞ?
「何でしょう?」
彼は立ち止まると憮然として俺を見つめた。気安く話しかけんじゃねーよ、てその灰紫の双眸がねめつける。目は口ほどに物を言う、て本当だな。つーか俺話なんかないのに。いや、待てよ。何でもいいからとっかかりを作らないと、何も解決出来なよなぁ。とにかく、この部屋や俺の境遇についての本当の情報が欲しい。よし、何でもいいや、とにかく話しかけろ!
「うん、ここでの生活も慣れて来たし……」
……未だに慣れないけどな、落ち着かない……
「何か他にする事あったら良いなーって思ってさ」
……うん、これは本当に思う……
「はぁ?」
出た! あからさまに『何言ってんだコイツ』という軽蔑の眼差しで俺を見つめた。盛大に溜息をつくと、飽きれ果てたというように首を横に振る。
「そのような事、国王の許可無く出きる訳ないでしょう!」
通常より一オクターブほど低めの声、でそこに剣呑さが加わる。ここで怯むな! せっかく国王という単語が出たんだ!
「さすがにそれは分かってるって」
「では、何故?」
「うん、だからダニエルから国王に言って貰えないかなーって思ってさ」
「拒否します!」
「ん?」
「ですから拒否します!」
激しい口調で一刀両断、まさにけんもほろろだ。冷淡と憎悪が同居している眼差しで俺を見据えている。そう来たか。さて、どう切り返すか……
「……理由を聞いても?」
しばらく考えた挙句、これしか思い浮かばなかった。
「一々説明しないと分かりませんか?」
「あぁ、もうとっくに分かっていると思うが、俺はかなりお頭の弱い奴でね。分かり易く説明してくれると助かる」
彼は呆れ果てたというように肩をすくめた。
「では、遠慮なく。国王陛下のお気に入りの傀儡が、自由意思など許される筈ないでしょう!」
え? 傀儡? いきなり横っ面を張られたような衝撃を受けた。
応接用のソファに腰をおろし、時計をチラリと見る。午前十一時五十分……。眠ってから思いの外時間は経っていないようだ。そもそも、この時間は正確なんだろうか? この部屋といい周りを取り囲む庭といい、季節感を無視した魔術の空間らしいし。本当の季節はおろか日付さえも本当のものかどうか疑わしい。
そう感じる理由はいくつかある。まず、インターネットをでエターナル王家が検索出来ない事。テレビも、生放送の筈がある場面に差し掛かると砂嵐になった。そしてここ数日色濃く香る藤の香り。この香りがするようになってから、ただでさえ眠いのに異常な睡魔に襲われる事とか。今もほら、頭がクラクラす程眠い。夜もあれだけしっかり寝ているのに。
何よりも極めつけは、ある部分だけすっぽりと記憶が抜け落ちている気がする事だ。どんな記憶が抜けているのかと言われたら……物凄く大切な事、としか言えないのがもどかしい。
じわーっと胸のペンダントが熱く感じる。同時に左手首のブレスレットも。ほら、このアクセサリーをどこで手に入れたのか、いつからつけているのか全く記憶に残っていないんだ。絶対におかしい。そうだ、さっきの夢はとても重要だった気がする。国王の母君(多分、そうだと思う。うん)の事は鮮明に覚えているのに、やっぱり、絶対に変だ。……さて、どうする? 俺。
コンコンコンとドアノックの音で、思考が途切れた。昼時か、ダニエルだろうな。そう思いながら「はい」と返事をする。「失礼します」と無機質な声でダニエルが入ってきた。やっぱりな……。彼はいつものように無表情で食事を乗せた白いワゴンを押して来る。
「ランチをお持ちしました」
彼は座っている俺の真横まで来ると、そう言って礼儀正しく頭を下げた。「有難う」と応じるが、それには完全に無視をして、食事を丁寧に素早くテーブルに並べていく。あー、フランス料理のコースメニューみたいランチか。最後に琥珀色の飲み物の入ったガラスポットとグラスを置くと、
「それではごゆっくりお召し上がりくださいませ。お食事がお済みの頃にお伺い致します」
そう言って、お辞儀をするとワゴンを引いてスタスタと部屋を出ていこうとする。長居は無用、てか。何だかなぁ。こういう時の侍従は二人で来て。料理について説明しながら……って、あれ? 今、何か思い出しかけたような……。再び、胸と左手首がジワッと熱く感じた。ペンダントトップとブレスレットだ。
「あの!」
気付いたら呼び留めていた。こら俺! 話す事なんて無いぞ?
「何でしょう?」
彼は立ち止まると憮然として俺を見つめた。気安く話しかけんじゃねーよ、てその灰紫の双眸がねめつける。目は口ほどに物を言う、て本当だな。つーか俺話なんかないのに。いや、待てよ。何でもいいからとっかかりを作らないと、何も解決出来なよなぁ。とにかく、この部屋や俺の境遇についての本当の情報が欲しい。よし、何でもいいや、とにかく話しかけろ!
「うん、ここでの生活も慣れて来たし……」
……未だに慣れないけどな、落ち着かない……
「何か他にする事あったら良いなーって思ってさ」
……うん、これは本当に思う……
「はぁ?」
出た! あからさまに『何言ってんだコイツ』という軽蔑の眼差しで俺を見つめた。盛大に溜息をつくと、飽きれ果てたというように首を横に振る。
「そのような事、国王の許可無く出きる訳ないでしょう!」
通常より一オクターブほど低めの声、でそこに剣呑さが加わる。ここで怯むな! せっかく国王という単語が出たんだ!
「さすがにそれは分かってるって」
「では、何故?」
「うん、だからダニエルから国王に言って貰えないかなーって思ってさ」
「拒否します!」
「ん?」
「ですから拒否します!」
激しい口調で一刀両断、まさにけんもほろろだ。冷淡と憎悪が同居している眼差しで俺を見据えている。そう来たか。さて、どう切り返すか……
「……理由を聞いても?」
しばらく考えた挙句、これしか思い浮かばなかった。
「一々説明しないと分かりませんか?」
「あぁ、もうとっくに分かっていると思うが、俺はかなりお頭の弱い奴でね。分かり易く説明してくれると助かる」
彼は呆れ果てたというように肩をすくめた。
「では、遠慮なく。国王陛下のお気に入りの傀儡が、自由意思など許される筈ないでしょう!」
え? 傀儡? いきなり横っ面を張られたような衝撃を受けた。
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