156 / 186
第百九話
花嵐・中編
しおりを挟む
重苦しい沈黙は全身を縛りつける鎖のように巻き付き、思考をも膠着させる。頭の中に吹き続ける砂嵐が、何かを「思い出せ」と命じられているような錯覚を覚えた。
いや……待て、思い出せって何を……? いやいや、今は国王に返事をしないと……。騒めく脳内を振り切るようにした軽く左右に振ると、国王は挑むように俺を見据えていた。物語の展開がお気に召さなかったのだろうか……。それとも、何か望んでいる答えがあるのだろうか……?
「王女も……」
カラカラに干からびた喉からは、かすれて切れぎれの声が絞り出される。
「……王子も、仮にもし二度と……会えなくなる魔法をかけられたとしても、それとヒロインと、む、結ばれるかどうかは……別の話だと思い、ます」
「人の気持ちを変える事は出来ない、と?」
「……はい。人の心を……操作、支配は出来ないと思うから……」
国王は微かに溜息をついた。どこか痛みに耐えるような眼差しで。
「……それならば、想いを寄せる魔術をかけてしまえば良い!」
と吐き捨てるようにして続けた。月を思わせる双眸が、水を湛えたように揺らめく。何故だろう?
「……それでは、あまりにも悲しいと……思います」
何故だろう? 国王が泣いているように見えるのは……。
「悲しい?」
明らかに、解せないというように眉尻を上げて問いかける。どうして国王がそこに拘るのか不可解だ。だがここで、正直に感じている事を伝えるのは得策ではない。だけど、ここは迎合してはいけない……そんな気がした。
「相手の感情を封じて、自分に都合良く相手を操作支配するなど……。あまりにも悲しくて虚しいと……」
「……何故に、虚しいなどと?」
「その魔術は、相手の魂を無視して自分に都合の良い、言わばマリオネットを作った事だけだからです。最初の内は良いかもしれませんが、月日が経つにつれてきっと……虚しさと悲しみだけが募っていくのではないでしょうか」
「それでも自分の傍に居て欲しい。そう思っても?」
国王は食い下がるようして問う。あぁ、そうか。国王にはそうまでして傍に居て欲しい、または居て欲しかった人がいるのか……
「……そんなの、ヒロインも王子も……悲し過ぎます!」
はっきりと答えた。はっきりとそう告げるべきだと何故か確信した思い。勿論これは、俺個人の価値観だけれども。
国王は衝撃を受けたかのように瞳を大きく見開いた。やがてふーっと諦めたように溜息をつくと、自嘲するように口角を上げる。やっぱり泣いているみたいに見えた。
「そうか。そなたが何を思って物語を作ったのか、何故その結末にしたのかよく理解出来たぞ。大変に興味深かったぞ」
あぁ、これは社交辞令だ。お気に召さなかったんだな……。ぼんやりと感じながらも、礼を述べる。社交辞令の応戦だ。
「恐れ入ります」
……次はもっとお気に召して頂けるお話を書かせて頂けるチャンスを頂けましたら、嬉しく思います……
そう続けるつもりだった。だが、国王はソファからやおら立ち上がると、右手を前に翳した。
「そなたの想いはよく分かった。だが私は、それでもそなたに傍に居て欲しい。そう思ってしまうのだ。許せ」
国王が何を言っているのかその意味を考える暇も、また、大切な事を思い出しかけているという感覚を覚える暇もなく。翳された右手の平から無数の桜の花びらが渦を巻くようにして放たれたのが目に映った。そしてあっという間に、花びらに埋もれてしまった。そこから先の記憶は途切れた。
いや……待て、思い出せって何を……? いやいや、今は国王に返事をしないと……。騒めく脳内を振り切るようにした軽く左右に振ると、国王は挑むように俺を見据えていた。物語の展開がお気に召さなかったのだろうか……。それとも、何か望んでいる答えがあるのだろうか……?
「王女も……」
カラカラに干からびた喉からは、かすれて切れぎれの声が絞り出される。
「……王子も、仮にもし二度と……会えなくなる魔法をかけられたとしても、それとヒロインと、む、結ばれるかどうかは……別の話だと思い、ます」
「人の気持ちを変える事は出来ない、と?」
「……はい。人の心を……操作、支配は出来ないと思うから……」
国王は微かに溜息をついた。どこか痛みに耐えるような眼差しで。
「……それならば、想いを寄せる魔術をかけてしまえば良い!」
と吐き捨てるようにして続けた。月を思わせる双眸が、水を湛えたように揺らめく。何故だろう?
「……それでは、あまりにも悲しいと……思います」
何故だろう? 国王が泣いているように見えるのは……。
「悲しい?」
明らかに、解せないというように眉尻を上げて問いかける。どうして国王がそこに拘るのか不可解だ。だがここで、正直に感じている事を伝えるのは得策ではない。だけど、ここは迎合してはいけない……そんな気がした。
「相手の感情を封じて、自分に都合良く相手を操作支配するなど……。あまりにも悲しくて虚しいと……」
「……何故に、虚しいなどと?」
「その魔術は、相手の魂を無視して自分に都合の良い、言わばマリオネットを作った事だけだからです。最初の内は良いかもしれませんが、月日が経つにつれてきっと……虚しさと悲しみだけが募っていくのではないでしょうか」
「それでも自分の傍に居て欲しい。そう思っても?」
国王は食い下がるようして問う。あぁ、そうか。国王にはそうまでして傍に居て欲しい、または居て欲しかった人がいるのか……
「……そんなの、ヒロインも王子も……悲し過ぎます!」
はっきりと答えた。はっきりとそう告げるべきだと何故か確信した思い。勿論これは、俺個人の価値観だけれども。
国王は衝撃を受けたかのように瞳を大きく見開いた。やがてふーっと諦めたように溜息をつくと、自嘲するように口角を上げる。やっぱり泣いているみたいに見えた。
「そうか。そなたが何を思って物語を作ったのか、何故その結末にしたのかよく理解出来たぞ。大変に興味深かったぞ」
あぁ、これは社交辞令だ。お気に召さなかったんだな……。ぼんやりと感じながらも、礼を述べる。社交辞令の応戦だ。
「恐れ入ります」
……次はもっとお気に召して頂けるお話を書かせて頂けるチャンスを頂けましたら、嬉しく思います……
そう続けるつもりだった。だが、国王はソファからやおら立ち上がると、右手を前に翳した。
「そなたの想いはよく分かった。だが私は、それでもそなたに傍に居て欲しい。そう思ってしまうのだ。許せ」
国王が何を言っているのかその意味を考える暇も、また、大切な事を思い出しかけているという感覚を覚える暇もなく。翳された右手の平から無数の桜の花びらが渦を巻くようにして放たれたのが目に映った。そしてあっという間に、花びらに埋もれてしまった。そこから先の記憶は途切れた。
1
お気に入りに追加
605
あなたにおすすめの小説
某国の皇子、冒険者となる
くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。
転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。
俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために……
異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。
主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。
※ BL要素は控えめです。
2020年1月30日(木)完結しました。

ヒロイン不在の異世界ハーレム
藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。
神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。
飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。
ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?
勇者召喚に巻き込まれて追放されたのに、どうして王子のお前がついてくる。
イコ
BL
魔族と戦争を繰り広げている王国は、人材不足のために勇者召喚を行なった。
力ある勇者たちは優遇され、巻き込まれた主人公は追放される。
だが、そんな主人公に優しく声をかけてくれたのは、召喚した側の第五王子様だった。
イケメンの王子様の領地で一緒に領地経営? えっ、男女どっちでも結婚ができる?
頼りになる俺を手放したくないから結婚してほしい?
俺、男と結婚するのか?


主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。
小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。
そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。
先輩×後輩
攻略キャラ×当て馬キャラ
総受けではありません。
嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。
ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。
だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。
え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。
でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!!
……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。
本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

推しの完璧超人お兄様になっちゃった
紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。
そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。
ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。
そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

マリオネットが、糸を断つ時。
せんぷう
BL
異世界に転生したが、かなり不遇な第二の人生待ったなし。
オレの前世は地球は日本国、先進国の裕福な場所に産まれたおかげで何不自由なく育った。確かその終わりは何かの事故だった気がするが、よく覚えていない。若くして死んだはずが……気付けばそこはビックリ、異世界だった。
第二生は前世とは正反対。魔法というとんでもない歴史によって構築され、貧富の差がアホみたいに激しい世界。オレを産んだせいで母は体調を崩して亡くなったらしくその後は孤児院にいたが、あまりに酷い暮らしに嫌気がさして逃亡。スラムで前世では絶対やらなかったような悪さもしながら、なんとか生きていた。
そんな暮らしの終わりは、とある富裕層らしき連中の騒ぎに関わってしまったこと。不敬罪でとっ捕まらないために背を向けて逃げ出したオレに、彼はこう叫んだ。
『待て、そこの下民っ!! そうだ、そこの少し小綺麗な黒い容姿の、お前だお前!』
金髪縦ロールにド派手な紫色の服。装飾品をジャラジャラと身に付け、靴なんて全然汚れてないし擦り減ってもいない。まさにお貴族様……そう、貴族やら王族がこの世界にも存在した。
『貴様のような虫ケラ、本来なら僕に背を向けるなどと斬首ものだ。しかし、僕は寛大だ!!
許す。喜べ、貴様を今日から王族である僕の傍に置いてやろう!』
そいつはバカだった。しかし、なんと王族でもあった。
王族という権力を振り翳し、盾にするヤバい奴。嫌味ったらしい口調に人をすぐにバカにする。気に入らない奴は全員斬首。
『ぼ、僕に向かってなんたる失礼な態度っ……!! 今すぐ首をっ』
『殿下ったら大変です、向こうで殿下のお好きな竜種が飛んでいた気がします。すぐに外に出て見に行きませんとー』
『なにっ!? 本当か、タタラ! こうしては居られぬ、すぐに連れて行け!』
しかし、オレは彼に拾われた。
どんなに嫌な奴でも、どんなに周りに嫌われていっても、彼はどうしようもない恩人だった。だからせめて多少の恩を返してから逃げ出そうと思っていたのに、事態はどんどん最悪な展開を迎えて行く。
気に入らなければ即断罪。意中の騎士に全く好かれずよく暴走するバカ王子。果ては王都にまで及ぶ危険。命の危機など日常的に!
しかし、一緒にいればいるほど惹かれてしまう気持ちは……ただの忠誠心なのか?
スラム出身、第十一王子の守護魔導師。
これは運命によってもたらされた出会い。唯一の魔法を駆使しながら、タタラは今日も今日とてワガママ王子の手綱を引きながら平凡な生活に焦がれている。
※BL作品
恋愛要素は前半皆無。戦闘描写等多数。健全すぎる、健全すぎて怪しいけどこれはBLです。
.

物語なんかじゃない
mahiro
BL
あの日、俺は知った。
俺は彼等に良いように使われ、用が済んだら捨てられる存在であると。
それから数百年後。
俺は転生し、ひとり旅に出ていた。
あてもなくただ、村を点々とする毎日であったのだが、とある人物に遭遇しその日々が変わることとなり………?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる