その男、有能につき……

大和撫子

文字の大きさ
上 下
151 / 186
第百七話

まほろば・前編

しおりを挟む
 仄かに甘く、そして高貴でどこか深みのある香りが漂う。王太子殿下がいつも愛用されている薫物、『伽羅』の香りだ。王太子殿下は、ガラスのテーブルを挟んだ俺の向かい側で、ソファに優雅に身を預けている。原稿用紙の束を手にしている。そこに書かれている物語に没頭している様子だ。

 面長の輪郭に流れる銀色の髪が、紫色の直裾と深緑色のソファーにサラサラと流れる。月の光を湛えた銀灰色の瞳が、真剣に文字を追っている。形の良い口元は微かに綻んでいるようだ。読み始めておよそ三分程が経過した今、王太子殿下のその様子の安堵する。俺が書いた物語を、少しは楽しんで貰えているようだ。原稿を渡してからこのおよそ三分間が、非常に長く感じる。緊張する瞬間だ。
 
 俺は高月惟光。今から半年程前、突然この世界に突然迷い込んで途方にくれていたところを、偶然に公務で外出していた王太子殿下に救われた。……らしい。『らしい』と表現するのは、何故? 何が切っ掛けでこの世界……俺にとっちゃ異世界に来たのか? そして王太子殿下に助けられた経緯がごっそりと記憶が抜け落ちてしまっているからだ。つまり「異世界転移」というやつなんだけど。

 ここは六つの世界で成り立っており『彩光界』と言う国らしい。何でも、俺の元いた世界……物質界と幽世の中間に位置する世界なんだとか。気が付いたら、この樹木と季節の花で出来た部屋に居て。王太子殿下が「こんな物語を読みたい」というリクエストの元、小説を書く。そして週二、三回程王太子殿下がこの部屋に来て、俺が書き上げた物語を読む。そんな生活をしている……ようだ。

 明後日は『戴冠式』とやらで、王太子殿下が国王になられる儀式が行われるらしい。何故だか俺は、病弱(?)なんだそうで、この部屋でいつも通りゆったりと過ごせば良いのだそうだ。うーん、良いんだろうか……本当に。いや、出席しても何か役割がある訳じゃないけど、何だか俯に落ちないというか。しかも俺、別に病弱なんかじゃないし。

 食事は朝昼晩の他に三時のお茶の時間まであって。その都度、俺専属の侍従だというダニエルがこの部屋に運んでくれる。服も毎日新しい物も用意されるし、風呂場も浴槽も洗面所も高級ホテル並に広い。洗濯物も毎日回収されて、至れり尽くせりだ。まさに上げ膳据え膳状態。

 本当は、高貴な御方よろしく風呂でも体やを洗ったり、服の着替えやらもやって貰う手筈だったらしいのだが、それは自分でやれるからと丁重にお断りした。いつも冷たく無表情なダニエルも、そう申し出たらちょっとホッとした顔をしていた。多分、俺の専属につけられた事が不服なんだと思う。気持ちは分かる。働かざるもの食うべからず。何の能力もない俺なんかが、どういう訳か王太子殿下に気に入って貰って特別待遇を受けているだけの状態なんだ。面白くはないと思う。小説だって趣味で書いているだけで。大学で文芸部の同好会に入って自己満足で書き綴って来ただけだし。

 つまり、だ。王太子殿下の気まぐれで拾われて。王太子殿下のリクエストをした小説を書いて読んで貰うだけで上げ膳据え膳の大貴族様のような優雅な生活をさせて頂いている訳だ。超高額宝くじに当たったようなラッキー。こういう状態を世間様一般では、上品に言えば『寵愛を受けて……』とか。ストレートに言ってしまえば『愛人』と呼ばれる状態なのだろう。だから、王太子殿下に飽きられたら途端に住所不定無職、となる訳だ。

 以上、あまりにも記憶が抜けていたり、日々曖昧だったりするので整理してみた。でも、何故だろう……何かとても大切な事を忘れているような気がするのは。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

某国の皇子、冒険者となる

くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。 転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。 俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために…… 異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。 主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。 ※ BL要素は控えめです。 2020年1月30日(木)完結しました。

ヒロイン不在の異世界ハーレム

藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。 神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。 飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。 ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?

勇者召喚に巻き込まれて追放されたのに、どうして王子のお前がついてくる。

イコ
BL
魔族と戦争を繰り広げている王国は、人材不足のために勇者召喚を行なった。 力ある勇者たちは優遇され、巻き込まれた主人公は追放される。 だが、そんな主人公に優しく声をかけてくれたのは、召喚した側の第五王子様だった。 イケメンの王子様の領地で一緒に領地経営? えっ、男女どっちでも結婚ができる? 頼りになる俺を手放したくないから結婚してほしい? 俺、男と結婚するのか?

異世界召喚チート騎士は竜姫に一生の愛を誓う

はやしかわともえ
BL
11月BL大賞用小説です。 主人公がチート。 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。 励みになります。 ※完結次第一挙公開。

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

マリオネットが、糸を断つ時。

せんぷう
BL
 異世界に転生したが、かなり不遇な第二の人生待ったなし。  オレの前世は地球は日本国、先進国の裕福な場所に産まれたおかげで何不自由なく育った。確かその終わりは何かの事故だった気がするが、よく覚えていない。若くして死んだはずが……気付けばそこはビックリ、異世界だった。  第二生は前世とは正反対。魔法というとんでもない歴史によって構築され、貧富の差がアホみたいに激しい世界。オレを産んだせいで母は体調を崩して亡くなったらしくその後は孤児院にいたが、あまりに酷い暮らしに嫌気がさして逃亡。スラムで前世では絶対やらなかったような悪さもしながら、なんとか生きていた。  そんな暮らしの終わりは、とある富裕層らしき連中の騒ぎに関わってしまったこと。不敬罪でとっ捕まらないために背を向けて逃げ出したオレに、彼はこう叫んだ。 『待て、そこの下民っ!! そうだ、そこの少し小綺麗な黒い容姿の、お前だお前!』  金髪縦ロールにド派手な紫色の服。装飾品をジャラジャラと身に付け、靴なんて全然汚れてないし擦り減ってもいない。まさにお貴族様……そう、貴族やら王族がこの世界にも存在した。 『貴様のような虫ケラ、本来なら僕に背を向けるなどと斬首ものだ。しかし、僕は寛大だ!!  許す。喜べ、貴様を今日から王族である僕の傍に置いてやろう!』  そいつはバカだった。しかし、なんと王族でもあった。  王族という権力を振り翳し、盾にするヤバい奴。嫌味ったらしい口調に人をすぐにバカにする。気に入らない奴は全員斬首。 『ぼ、僕に向かってなんたる失礼な態度っ……!! 今すぐ首をっ』 『殿下ったら大変です、向こうで殿下のお好きな竜種が飛んでいた気がします。すぐに外に出て見に行きませんとー』 『なにっ!? 本当か、タタラ! こうしては居られぬ、すぐに連れて行け!』  しかし、オレは彼に拾われた。  どんなに嫌な奴でも、どんなに周りに嫌われていっても、彼はどうしようもない恩人だった。だからせめて多少の恩を返してから逃げ出そうと思っていたのに、事態はどんどん最悪な展開を迎えて行く。  気に入らなければ即断罪。意中の騎士に全く好かれずよく暴走するバカ王子。果ては王都にまで及ぶ危険。命の危機など日常的に!  しかし、一緒にいればいるほど惹かれてしまう気持ちは……ただの忠誠心なのか?  スラム出身、第十一王子の守護魔導師。  これは運命によってもたらされた出会い。唯一の魔法を駆使しながら、タタラは今日も今日とてワガママ王子の手綱を引きながら平凡な生活に焦がれている。 ※BL作品 恋愛要素は前半皆無。戦闘描写等多数。健全すぎる、健全すぎて怪しいけどこれはBLです。 .

物語なんかじゃない

mahiro
BL
あの日、俺は知った。 俺は彼等に良いように使われ、用が済んだら捨てられる存在であると。 それから数百年後。 俺は転生し、ひとり旅に出ていた。 あてもなくただ、村を点々とする毎日であったのだが、とある人物に遭遇しその日々が変わることとなり………?

処理中です...