その男、有能につき……

大和撫子

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第百六話

蜃気楼

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 薄紫の藤花の芯一つ一つに灯りは灯る様は、蛍が花芯に宿っているみたいだ……。これまで幾度となくそう感じたのに、今更ながらに思う。つまり、俺は放心状態でベッドに仰向けに身を投げ出していた。つい先ほど繰り広げた、リアンとの会話が甦る。


 ……あなたは少し、ご自分の魅力に気付いた方が良い。無防備に色気の垂れ流しです……

『は? ははは、何それ色気? 無い無い……』

……いいえ、現に王太子殿下はあなたにご執心です。ラディウス殿下は気が気ではまいようですよ。それでも、先日の一件は王太子殿下のお陰で惟光様が助かった訳ですから、強く出られない。まして元凶主犯が実の母君に部下だった訳ですから尚更。王太子殿下は、このままあなたがご自分に靡かないようでしたら、力づくでものにしようと考える事が予想されます……

 このまま戻って来ないのではないか、と涙を浮かべていた王子を思い出す。まさか、有り得ない。それに無防備な色気? それってもしかしてだらしない、て事じゃ……

『王太子殿下が? まさか! 今俺に興味を持っているのはさ、単に殿下への対抗心だと思うよ。それを、ご自分で気づいているかはどうか分からないけどね』

……確かに、切っ掛けはそうだったかもしれません。ですがそれはあくまで最初の頃の事でしょう。今も、本当に「そうだ」と言い切れますか? 自分に言い聞かせているだけではないですか?……

 何もかも見通したようなハシバミ色の瞳を、何故か直視出来ずに僅かに目を反らす。本当は少しだけ感じていた。王太子殿下が俺に向ける限り無く優し眼差しを。その奧に揺らめく、ある種の情熱の炎を。けれども、気付かない何も知らないふりをしていた。自意識過剰もいいところだと、勘違いな自惚れを律する気持ちと……それよりも何よりも、王太子殿下自身が気付いていない心の奥底の本当の想いを感じ取っていたから。だが、それを今この場でリアンに言う事は出来ない。だって、本当は……

……いいですか? もし王太子殿下が強引な手段に出て不本意な事になろうとも、最終的にはあなたの強い意志が物を言います。間違っても、情にほだされないように!……

『そんな、まさか……』

……現に、王太子殿下を強く拒めないではありませんか!……

『それは、全くそういう訳ではなくて……』

 

 確かに、即否定出来なかった。俺って、もしかして勘違いの自惚れ屋の二股男なんだろうか……匿名チャンネルで書き込まれていたみたいに。優柔不断ってこういう面で最大にマイナス面が出るから、何とか改善したいところではあるが……。

 夢の事はさすがに話せなかったけど、王太子殿下の母君の事はリアンに聞いてみたんだ。今は宮殿の奥に特別に作られた部屋で、ごく信頼できる侍女数名を置いてひっそりと暮らしているそうだ。王太子殿下とは特に直接交流している様子はないとの事だった。あの夢は何だったのだろう……

 少し前に、ラディウス王子を始め他の大切な人たちを忘れてしまうのではないか、と馬鹿げた妄執に囚われた事を思い出す。でもそれで、しっかりと自分に暗示をかけたし。この先、何があっても。俺が返る場所は王子のところなんだ。あぁ、何だか……急に眠く……駄目だ、眠い……良く寝た筈なのに……

 そのまま睡魔に身を委ねた。




『やはり、私のモノにはならぬか……』

 王太子殿下? 囁くような声が聞こえる。サラサラと上質な絹が頬に触れる。王太子殿下の髪だ……屈んで俺を覗き込んでいるんだろうか……。夢かな、目が開かないや。

『皆、ラディウスを選ぶ。私ではなく。最終的にはいつも……』

 王太子殿下? それは違います。王太子殿下を慕って崇拝している人も……。駄目だ、全く声が出せない。夢だからか……

『そなたなら、私の思いを分かってくれると思った』

 王太子殿下? 声が震えてる?

『こんな手は、使いたくはなかったが……』

 ポタリと頬に水滴があたったみたいだ。汗? いや、これは王太子殿下の涙? 話し合いましょう、と伝えたいのに、ベッドに縫い付けられたみたいに体も動かせない。

『それでも私は……そなたに傍に居て欲しいと願ってしまう……』

 額がじんわりと熱く感じる。何だか炎を近くにあてられているみたいに。お待ち下さい、話しを……

『……全ては、我が理想、桃源郷の元に……』

 王太子殿下は俺の右耳の元で呪文のように囁いた。これは、夢? 何だか体が宇宙空間を浮遊しているみたいなイメージが浮かんだ。そしてブラックホールに吸い込まれるように、急速に睡魔が襲った。
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