その男、有能につき……

大和撫子

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第百五話

雨だれ・後編

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「ここは王太子殿下の手中ですからね。会話は筒抜けと思って良いでしょう」

 リアンはそう言って、人を食ったような笑みを浮かべた。さすがだ、抜け目ない奴。味方につけたら鬼に金棒だけど、敵に回したら最てやつだ。

「久しぶり、会えて嬉しいよ」
「随分顔色も良くなって。お元気そうで安心しました」

 俺はリアンを応接用のソファーへと誘導しながら笑いかける。そして言葉を続けた。

「内緒話って、もしかしていきなり雨足が強くなったのは魔術でもかけたのか?」

 リアンは座りながら頷いた。続いて俺も向かい側に座る。それを見計らったと同時にテーブルの上に、リアンの前、俺の前へと桜色のマグカップが音もなく出現した。カップの中は、ほんのりと湯気の立った琥珀色の液体で満たされている。香りからして、紅茶だろう。初めて見る現象に、話の続きは一時中断した。

「初めて見る魔術だ。会話の腰を折らないような配慮なのかな?」
「そういう意図も勿論あるでしょうけど、まぁ遠回しに『招かれざる客』という意思表示とでしょうねぇ。ごく親しい間柄ならともかく、これは明らかに手抜き接客ですね。普通は直接持って来ますよ。まぁ、ダニエルのやりそうな事です」

 リアンはやれやれ、というように肩をすくめた。

「俺の事は元から『招かれざる客』って感じだったけど、リアンの事も歓迎されていないって事か?」
「何とまぁ、あなたにもですか? 職務怠慢ですねぇ。呆れました」

 彼は大きな溜息をつき、頭を左右振る。

「職務怠慢?」
「それはそうでしょう。王太子殿下の大切なお客様ですよ、惟光様は。個人的に心の内でどう思っていようと、それを態度に出すなど職務怠慢もいいところです。子供じゃあるまいし、ましてダニエルは王太子殿下の宰相の役割なのですからね」
「なるほどなぁ」

 何となく、サイラスと初めて会った時に彼に言った言葉を思い出した。あの時は剥き出しの敵意と殺意でいっぱいだった彼に、苦し紛れに諭すように言った言葉だ。職務放棄とか言ったんだっけ……

 雨足が更に強くなったようだ。そうだ、一時中断した話を再開しよう。

「そうそう、内緒話と言えばさ。いきなり雨が強くなったのと関係があるのか? もう、部屋に来た時から秘密の話モード全開、て感じに見えたんだけど」
「相変わらず優れた洞察力をお持ちですね」
「そうかなぁ……」

 それ、ハロルドにも言われたけど。別に普通の事だよなぁ……

「この部屋自体、王太子殿下の特殊魔術で出来ていますから。そこを逆手にとって自然の力をお借りしました。まずは雨。ここは季節も植物も全て魔術で管理されているみたいですが、さすがに本来の天候に魔術を加える事は出来ない。一時的に凌ぐ事は可能でだとしても」

 うーん、魔術の仕組みはまだよく分からないけど、要するに自然の力を借りて秘密の会話が出来るように魔法をかけた、て事だよな。

「そっか。気兼ねなく秘密の話が出来るのは助かるよ」
「そうでしょうとも。殿下に会いたいとか帰りたいとか、そろそろ溜まって来ているでしょうからねぇ」

 意味あり気に口角をあげるリアン。さては揶揄っているな? 久々だ、こういう気の置けない会話。ちょいと頬が熱く感じるけど、図星だ。王子と聞くだけで、もう今すぐに会いたくなる。

「うん、自分でもう少しここに残るって決めた癖にな。殿下はどうされているかな、とか。央雅は元気かな、とか。レオとノアは今頃どうしているだろう? とかさ」
「勿論、殿下もあなたに会いたがっていますよ。そのせいか元気があまりありません。央雅も心配していますし、レオとノアは主人の帰りを待ちわびていますよ。身の周りの世話なら、自分達がついて行ってやるべきだ! とか主張しているくらいです」

 そうかぁ。王子も……えへへ。嬉しいなぁ。皆も気にかけてくれているのかぁ。何だかニヤニヤしてしまう。早く帰りたいなぁ。

「無期限延長だなんて言われてさ、正直言っていつ帰れるのか不安に思っているんだ。戴冠式後には帰りたいところなんだけど……。俺に任せてくれる、ていう新しい仕事の事も気になるしさ」
「無期限延期?」

 リアンから笑顔が消え、眉をひそめた。どういう事だ?

「え? もしかして聞いていないのか?」
「王太子殿下が御満足されるまで、一カ月か三カ月程度と伺っておりますが……」

 沈黙が俺達を包み込んだ。

「……これは、かなり厄介な事になるかもしれません」

 やがてリアンは、重々しく口を開いた。

「秘密の話の有効時間はあと約100分程となります。そして私とこうした時間が取れるのもこれが最後にならぬよう、落ち着いてよく聞いて下さい。これから推測される事をお話します。その上で、惟光様からの質問や、話したかった事をお伺いします」

 一気に、緊張感が押し寄せた。俺が感じていた事より、事態はずっと深刻だったのか。姿勢を正し、しっかりとリアンを見つめた。リアンと会うのが最後だなんてとんでもない。王子にも会えなくなる、て事じゃないか。央雅やノア、レオにも会えないなんて絶対嫌だ!

「そもそも、今回私が訪問する事は本当に急で。最初はお断りを喰らったのですよ。あなたの体調が思わしくないとかで」
「そんな……。元気過ぎていささか暇を持て余しそうだから、何かトレーニングでも始めようかと思っていたくらいなのに……」

 リアンは再び溜息つき、眼鏡のエッジを右人差し指で軽く弾いた。雨だれが激しく窓に打ち付ける。


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