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第百五話
雨だれ・前編
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朝からウキウキしていた。何故なら今日は午前中にリアンが訪ねて来る事になったからだ。二時間程らしいが、それでも非常に嬉しい。昨日の王太子殿下が話してくれた花筏の事や、不思議な夢の事とか、考える事はかなりあるけど、一時休憩だ。
「良かったですね。本当は戴冠式後の予定が、急遽空いたとかで急に決まったようですよ」
と、サイラスは朝食を済ませた食器を片付けながら言う。大きなピーコックグリーンの瞳が、悪戯っ子みたいな輝きを見せる。プラチナブロンドの柔らかい髪が小麦色の肌を彩って、何となく子猫を思わせた。
外は生憎の雨で薄暗かったけれど、部屋の中は明るい。灯り代わりに天井に連なる藤の花に灯りが灯るのだ。花の中に蛍が宿ったみたいに。一つ一つの灯りは柔らかいけど、それが花房として固まるとかなりの明るさになるのだ。部屋には白い藤の花房がシャンデリア代わりに連なっているから、かなり明るい。べッドの藤は薄紫色だから、明かりが灯ると本当に蛍が花の中に入っているみたいに幻想的なんだ。
「有難う。今日は雨だね」
無難な会話を選ぶ。室内でトレーニング機が欲しいんだけど……と相談してみようと思ったが辞めた。わざわざそんな事頼まなくても部屋は広いし、さほど場所を取らないで自分で出来る事も結構あるし。自分はあくまで一時的に身を置いているだけなのだし、控えめにしておこう。
「ここのところ晴ればかりだったから。部屋の中でならたまには降るのもオツなもんじゃないですかね」
「花は雨に濡れると鮮やかだもんな」
「そうそう、そんな感じです」
他愛ない会話を交わし、「また参ります」と一言添えてサイラスは部屋を後にした。
さて、リアンが来るまでまだ少し時間がある。何を話そうか予め考えておこうか。うーん、そうだよなぁ。ここは王太子殿下が特別に作ってくださった部屋なんだし。あんまりここでの話はしない方が無難……だよなぁ、やっぱり。夢の話とか、早く帰りたいとか。あんまりそう言う話題はしない方が良い……よなぁ。会話が全部筒抜けになる可能性もある訳で……。
窓の外を見ながら逡巡する。耳を澄ますと、パタパタと草木に落ちる雨だれの音が響く。よく見ると、雨って水晶にのネックレスが連なって落ちて来るみたいだなぁ……。リアンと何話そうかな。久しぶりだな、皆元気かなぁ……。
コンコンコン、とドアをノックする音が響く。きっとリアンだ!「はい!」と自然に声が弾む。
「失礼します。リアン様がお見えになりました」
という声で、一気に浮かれた気もちが冷えた。このツンとした感じは……ダニエルだ。カチャリとドアが開く。ほら、純白の髪、冷ややかな灰紫色の瞳。サンキューな、お陰で浮かれていた気持ちが引き締まったよ。子供じゃあるまいし、節度をわきまえないとな。
「どうぞ」
と声をかける。「失礼します。惟光様、お久しぶりですね」。落ち着いて深みのあるリアンの声に、堪らなく懐かしさを覚える。漆黒のスーツに身を包んだ、細身で背の高い男が室内に足を踏み入れた。ダニエルは一礼して静かにドアを閉め、部屋を後にした。
相変わらず、まるで計測したかのように整った顔立ち、細い銀縁眼鏡。ハシバミ色の涼やかな瞳。変わらない、右手人差し指を眼鏡のエッジに当てる仕草も……。
「さて、惟光様。早速ですが内緒話を始めましょうか」
と、リアンは謎めいた笑みを浮かべた。にわかに雨足が強くなり、窓の外が白濁して見えた。
「良かったですね。本当は戴冠式後の予定が、急遽空いたとかで急に決まったようですよ」
と、サイラスは朝食を済ませた食器を片付けながら言う。大きなピーコックグリーンの瞳が、悪戯っ子みたいな輝きを見せる。プラチナブロンドの柔らかい髪が小麦色の肌を彩って、何となく子猫を思わせた。
外は生憎の雨で薄暗かったけれど、部屋の中は明るい。灯り代わりに天井に連なる藤の花に灯りが灯るのだ。花の中に蛍が宿ったみたいに。一つ一つの灯りは柔らかいけど、それが花房として固まるとかなりの明るさになるのだ。部屋には白い藤の花房がシャンデリア代わりに連なっているから、かなり明るい。べッドの藤は薄紫色だから、明かりが灯ると本当に蛍が花の中に入っているみたいに幻想的なんだ。
「有難う。今日は雨だね」
無難な会話を選ぶ。室内でトレーニング機が欲しいんだけど……と相談してみようと思ったが辞めた。わざわざそんな事頼まなくても部屋は広いし、さほど場所を取らないで自分で出来る事も結構あるし。自分はあくまで一時的に身を置いているだけなのだし、控えめにしておこう。
「ここのところ晴ればかりだったから。部屋の中でならたまには降るのもオツなもんじゃないですかね」
「花は雨に濡れると鮮やかだもんな」
「そうそう、そんな感じです」
他愛ない会話を交わし、「また参ります」と一言添えてサイラスは部屋を後にした。
さて、リアンが来るまでまだ少し時間がある。何を話そうか予め考えておこうか。うーん、そうだよなぁ。ここは王太子殿下が特別に作ってくださった部屋なんだし。あんまりここでの話はしない方が無難……だよなぁ、やっぱり。夢の話とか、早く帰りたいとか。あんまりそう言う話題はしない方が良い……よなぁ。会話が全部筒抜けになる可能性もある訳で……。
窓の外を見ながら逡巡する。耳を澄ますと、パタパタと草木に落ちる雨だれの音が響く。よく見ると、雨って水晶にのネックレスが連なって落ちて来るみたいだなぁ……。リアンと何話そうかな。久しぶりだな、皆元気かなぁ……。
コンコンコン、とドアをノックする音が響く。きっとリアンだ!「はい!」と自然に声が弾む。
「失礼します。リアン様がお見えになりました」
という声で、一気に浮かれた気もちが冷えた。このツンとした感じは……ダニエルだ。カチャリとドアが開く。ほら、純白の髪、冷ややかな灰紫色の瞳。サンキューな、お陰で浮かれていた気持ちが引き締まったよ。子供じゃあるまいし、節度をわきまえないとな。
「どうぞ」
と声をかける。「失礼します。惟光様、お久しぶりですね」。落ち着いて深みのあるリアンの声に、堪らなく懐かしさを覚える。漆黒のスーツに身を包んだ、細身で背の高い男が室内に足を踏み入れた。ダニエルは一礼して静かにドアを閉め、部屋を後にした。
相変わらず、まるで計測したかのように整った顔立ち、細い銀縁眼鏡。ハシバミ色の涼やかな瞳。変わらない、右手人差し指を眼鏡のエッジに当てる仕草も……。
「さて、惟光様。早速ですが内緒話を始めましょうか」
と、リアンは謎めいた笑みを浮かべた。にわかに雨足が強くなり、窓の外が白濁して見えた。
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