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第百四話
花筏・後編
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はらり、はらはらと舞い散る花びらは、次から次へと水面に降り積もる。花吹雪だ。苔色の池に、限り無く白に近い薄紅色の花びらが重なり合う。降り積もった桜の絨毯は、風にゆらゆらと揺れ、何だか本当に筏みたいに見えて来るから不思議だ。
「私はこの桜……中でもソメイヨシノとやらが好きではないのだ」
「え? お嫌いなのですか?」
我ながら、何と間抜けな質問なのだと思った。王太子殿下の台詞は、ソメイヨシノが好き……と続くものと思い込んでいたから、その意外な展開に驚いてしまったのだが……それにしても、何とまぁ阿保みたいな反応だろう。幸いな事に、王太子殿下は可笑しそうに俺を見ると、ふふふと口元を綻ばせてくれた。良かった……
「特に明確な理由は無いのだが……強いて言うならば、束になっていると豪華だが、香りも無い上に一つ一つを見ると寂し気な花だから、と言ったところか。梅の花のように、香りを纏っているのなら印象は変わったかも知れぬが……。では、派手な花なら良いのかと問われればそれはそう言う意味でもない。どちらにせよ、単に私の好みの問題だ。ソメイヨシノにしてみれば、勝手な言い分を、というところだろうな。実に、人々の噂話に似ている」
と、そこで言葉を切って寂し気に笑い、再び水面に目を向けた。しばらく沈黙が続く。俺は王太子殿下の言葉を待ちながら、水面に無数に降り積もっていく花吹雪を見ていた。
確かに、桜って一つ一つの花は大人しいかもしれない。束になって咲くと、圧巻だけどな。確か花に香りは無いけど、桜の木を燻すと香りがつくんだっけか……
「幼い頃、桜の散り際に水辺に発生する花筏に、本気で乗れるものだと思っていた」
王太子殿下はやがてぽつり、ぽつりと話を再開した。幼い王太子殿下を想像してみる。きっと、美童という言葉が相応しい子どもだったのに違いない。ここだけの話、花筏に乗ろうだなんて可愛らしいじゃないか。親しみすら感じたりして。
「……だが、実際乗る事は叶わぬ。それと知った時は酷く失望したものだ。だから、魔術を使って花筏に乗ってみた。実際乗ってみると、足元が心許なくて落ち着かなかった。それは魔術で沈む事は無いと知ってはいても。砂上楼閣という言葉が、そなたの居た世界にもあったと思うが……まさに、砂の上に立てた城のようなものだ。何だか、私自身の人生を象徴しているように思えた。周りを取り巻く人間も、私自身も。……そしてそれは、今も変わらない」
そう述べると、再び俺を見て微笑んだ。何だか泣いているような、それでいて自嘲していような、寂し気な笑みだった。聞いていて痛いほど伝わって来たのは、深い『孤独』と『虚無』……。どれほど周りに忠誠を誓う者、崇拝する者が居たとしても、王太子殿下自身がそれを感じ取って受けと取らないと意味をなさない。
……それは、ですが……
声をかけようとして踏み止まる。それは? ですが? 俺は迂闊に何を言うつもりだ? 何か答えなければ、そう思うのにどう声をかけて良いか分からない。いや、まて……だけど分からなくて当然なのだ。俺は、王太子殿下の事を何も知らない。まだ、かいつまんで過去の話を聞いただけで。分かったようなふりをして声をかけるにはあまりにも悲しみが深過ぎるし軽率極まりない。
ふと、王太子殿下は柔らかな笑みを浮かべた。
「そなたはやはり、どこまでの誠実で真っすぐなのだな。適当に相槌を打って私を持ち上げ、煽てておけば楽なものを」
うわぁ、全部バレてる。俺、カッコ悪いなぁ……。苦笑いしか出ない。
「ま、そう言う器用さを持ち合わせていたなら、元の世界でもさほど生き辛くはなかったろう。その良さに気付ける者も居なかったのだろうな」
これは、褒めてくれているのかな? しっかり答えないと。
「あの、そのように言って頂けて恐悦至極に存じます。自分は、そのように褒めて頂く経験に乏しい為、どう反応して良いのか戸惑ってしまいます。ですので、もし何か失礼な事がございましたらお許し下さいませ。そしてご指摘頂けましたら、出来るだけ善処致します」
そう答えて、頭を下げた。だって、それしか言えない。
「ふふ、ははははは……」
王太子殿下は吹き出すようにして笑い声をあげた。とても楽しそうに笑っている。何だ? 何か変な事言ったか?
「あ、あの……」
「ん? あぁ、すまん。無邪気、という言葉はそなたにこそ相応しいのだろうな。邪気が無い、だから安心出来るし、ホッとするのだ。そのような者に出会ったのは初めてだ」
そう答えると、ひとしきり笑った。何だかよく分からないけれど、王太子殿下が楽しいと感じるなら良いか。笑いは薬、とも言うしな。
だけど、王太子殿下は現在進行形で孤独を感じているみたいだけど、本当にそうだろうか?
「私はこの桜……中でもソメイヨシノとやらが好きではないのだ」
「え? お嫌いなのですか?」
我ながら、何と間抜けな質問なのだと思った。王太子殿下の台詞は、ソメイヨシノが好き……と続くものと思い込んでいたから、その意外な展開に驚いてしまったのだが……それにしても、何とまぁ阿保みたいな反応だろう。幸いな事に、王太子殿下は可笑しそうに俺を見ると、ふふふと口元を綻ばせてくれた。良かった……
「特に明確な理由は無いのだが……強いて言うならば、束になっていると豪華だが、香りも無い上に一つ一つを見ると寂し気な花だから、と言ったところか。梅の花のように、香りを纏っているのなら印象は変わったかも知れぬが……。では、派手な花なら良いのかと問われればそれはそう言う意味でもない。どちらにせよ、単に私の好みの問題だ。ソメイヨシノにしてみれば、勝手な言い分を、というところだろうな。実に、人々の噂話に似ている」
と、そこで言葉を切って寂し気に笑い、再び水面に目を向けた。しばらく沈黙が続く。俺は王太子殿下の言葉を待ちながら、水面に無数に降り積もっていく花吹雪を見ていた。
確かに、桜って一つ一つの花は大人しいかもしれない。束になって咲くと、圧巻だけどな。確か花に香りは無いけど、桜の木を燻すと香りがつくんだっけか……
「幼い頃、桜の散り際に水辺に発生する花筏に、本気で乗れるものだと思っていた」
王太子殿下はやがてぽつり、ぽつりと話を再開した。幼い王太子殿下を想像してみる。きっと、美童という言葉が相応しい子どもだったのに違いない。ここだけの話、花筏に乗ろうだなんて可愛らしいじゃないか。親しみすら感じたりして。
「……だが、実際乗る事は叶わぬ。それと知った時は酷く失望したものだ。だから、魔術を使って花筏に乗ってみた。実際乗ってみると、足元が心許なくて落ち着かなかった。それは魔術で沈む事は無いと知ってはいても。砂上楼閣という言葉が、そなたの居た世界にもあったと思うが……まさに、砂の上に立てた城のようなものだ。何だか、私自身の人生を象徴しているように思えた。周りを取り巻く人間も、私自身も。……そしてそれは、今も変わらない」
そう述べると、再び俺を見て微笑んだ。何だか泣いているような、それでいて自嘲していような、寂し気な笑みだった。聞いていて痛いほど伝わって来たのは、深い『孤独』と『虚無』……。どれほど周りに忠誠を誓う者、崇拝する者が居たとしても、王太子殿下自身がそれを感じ取って受けと取らないと意味をなさない。
……それは、ですが……
声をかけようとして踏み止まる。それは? ですが? 俺は迂闊に何を言うつもりだ? 何か答えなければ、そう思うのにどう声をかけて良いか分からない。いや、まて……だけど分からなくて当然なのだ。俺は、王太子殿下の事を何も知らない。まだ、かいつまんで過去の話を聞いただけで。分かったようなふりをして声をかけるにはあまりにも悲しみが深過ぎるし軽率極まりない。
ふと、王太子殿下は柔らかな笑みを浮かべた。
「そなたはやはり、どこまでの誠実で真っすぐなのだな。適当に相槌を打って私を持ち上げ、煽てておけば楽なものを」
うわぁ、全部バレてる。俺、カッコ悪いなぁ……。苦笑いしか出ない。
「ま、そう言う器用さを持ち合わせていたなら、元の世界でもさほど生き辛くはなかったろう。その良さに気付ける者も居なかったのだろうな」
これは、褒めてくれているのかな? しっかり答えないと。
「あの、そのように言って頂けて恐悦至極に存じます。自分は、そのように褒めて頂く経験に乏しい為、どう反応して良いのか戸惑ってしまいます。ですので、もし何か失礼な事がございましたらお許し下さいませ。そしてご指摘頂けましたら、出来るだけ善処致します」
そう答えて、頭を下げた。だって、それしか言えない。
「ふふ、ははははは……」
王太子殿下は吹き出すようにして笑い声をあげた。とても楽しそうに笑っている。何だ? 何か変な事言ったか?
「あ、あの……」
「ん? あぁ、すまん。無邪気、という言葉はそなたにこそ相応しいのだろうな。邪気が無い、だから安心出来るし、ホッとするのだ。そのような者に出会ったのは初めてだ」
そう答えると、ひとしきり笑った。何だかよく分からないけれど、王太子殿下が楽しいと感じるなら良いか。笑いは薬、とも言うしな。
だけど、王太子殿下は現在進行形で孤独を感じているみたいだけど、本当にそうだろうか?
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