その男、有能につき……

大和撫子

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第九十八話

浮草

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 いきなり、だなんてそこまでストレートに言うのだったら何かしら言ってくるだろうと、冷ややかな灰紫色の瞳を立ったまま真っすぐに見つめた。

 だが、当のダニエルは

「では、冷めない内にお召し上がり下さい」

 と、にべもなくそれだけ告げると、スタスタと立ち去ろうとするじゃねーか。おいおい、エリックに代わって貰うまでして挑発的な発言をしておいて肩透かしか? このまま流す事も出来るけど、今逃したら次のチャンスは来るかどうか怪しいしなぁ……

「お待ちを!」

 迷っている暇はねーな。ダニエルはいぶかし気に振り返った。いやいや、何か言いたそうだったのはそっちだろう、てば。

「私に敬語は不要です」

 呆れたように答えると、「何か?」と面倒臭そうに問いかけた。何だかなー。やっぱり流した方が良かったかなぁ。面倒臭そうに拗れた奴っぽいし。いやいや、決めつけは駄目だ。あぁ、敬語は不要ね、ついね。リアンにも未だに敬語になる時多々あったな。

「何か自分に話があったのでは?」

 そのまま正直に伝える事にした。

「言っても伝わりそうに無いですし時間の無駄ですから辞めておきます」

 ダニエルは深く溜息をつきながら答えた。わざとらしい溜息だ。あ、そーですか。こういった理不尽な扱いには慣れっこだ。今更驚きゃしない。コイツと歩みよれるかどうかはまた別の話だが、王太子殿下の側近たちの中で突っ込んだ話が出来るかもしれない機会ではある。恐らくこの彼は無駄を嫌う。それなら遠回しに丁寧に会話をするのは逆効果だ。親しい間柄ならまだしも、俺は毛嫌いされているようだから尚更。これは、相当覚悟をして望まないと。このところ甘やかされ過ぎていたし、気を引き締め直す良いチャンスじゃないか。

「お待ちを!」
「ですから敬語は不要です」
「じゃぁ、待ってくれ」
「何です?」

 長居は無用とばかりに立ち去ろうとするダニエルを呼び留め、不毛なやり取りを矢継ぎ早に交わす。嫌々ながらも再び振り返らせた。よし!

とか皮肉を言っておきながら、やっぱり言ってもどうせ伝わらないし時間の無駄だから辞めておく。これはあまりにも一方的過ぎるし失礼過ぎやしないか? そこまでするんだったら、最初から無関心を装った方がマシだぞ」

 出来るだけ穏やかに、冷静にそして分かり易く伝える。つーか、大半の人がこれを聞いたら正論だと感じると思う。ダニエルは驚いたように目を見開いた。へぇ? 完全に無表情、て訳じゃないのか。だがすぐに、元の冷ややかな表情に戻った。

「なるほど、ご指摘の通りでございますね。申し訳ございませんでした。非礼を深くお詫び申し上げます」

 とまるで台本を読みあげる新人俳優みたいに棒読みに謝罪の言葉を述べると、馬鹿丁寧に頭を下げた。そういうの慇懃無礼、ていうんだぞ。何となくアルフォンスを思い出した。今頃、物質界で赤ん坊からやり直している筈の。

「いいよ、別に謝罪して欲しい訳じゃないし。上辺だけの謝罪なんていらないよ。それこそ時間の無駄だ。座ってくれ」

 立ち上がって、食事用の席ではなく、来客用のテーブル席を指し示す。ダニエルは盛大に溜息をついた。さて、何度めの溜息かな。

「食事が冷めてしまいます。食後に致しましょう」

 お! 話す気になったか、だがな……

「いや、冷めても美味しいし。後で落ち着いて有り難く頂くよ。ダニエルも仕事で忙しいだろうし。わざわざエリックと交代したくらいなんだ。俺に言いたい事があるんだろう?」

 テーブル席に移動し、先に入り口側の椅子に座った。諦めたように向かい側に座るダニエル。

「そこまでおっしゃるのでしたら、分かりました。少々、無礼な言い方になるでしょうが宜しいですか?」

 睨みつけるように俺を見る。何を今更。いいさ、望むところだ。

「あぁ、俺は馬鹿だからな。言われないと分から無い事が沢山ある。だから遠慮せずに指摘して貰えたら出来るだけ善処する」

 と、灰紫色の双眸を真っすぐに見返した。恐らく、王太子殿下に対しての俺の言動……に関する事だろうな。

「では」

 とコホンと軽く咳払いをし、ダニエルはキッと見据える。さぁ、来い!

「惟光様が馬鹿だとは思いませんが、かなり決断力に欠ける八方美人であるとお見受けします。その為、無意識に周りを振り回してしまう」

 ん???

「俺が優柔不断で決断力が無いのはその通りだと思う。だけど八方美人で周りを振り回すとは?」

 さっぱり分からん。

「分かりませんか? ではもっとはっきり申し上げましょう。あなたはラディウス殿下の恋人の筈ですよね? それが今は王太子殿下の寵愛を受けてらっしゃる」
「いや、それは……」
「勿論、あのような経緯があったが為に療養中はこちらに身を置く事、王太子殿下のたってのご希望で無期限延長になった事も存じ上げております。ラディウス殿下始め国民にもその旨は伝わっている事も含め。ですがあなたを見ているとまるで『浮草』にしか見えません。王太子殿下の事もラディウス殿下の事も、振り回しているようにしか見えないのですよ!」

 最初は淡々としていたダニエルが、次第に激し口調となり、最後は叫ぶようにして立ち上がり息を切らして俺を睨みつけた。言われてみて初めて、自分の態度を客観的に振り返る。そして奴の指摘の的確さに、ぐうの音も出ない。

 ふと、この世界に来て間もない頃肝に銘じた筈の『ムササビの五能の心得』を思い浮かべた。
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