138 / 186
第九十八話
浮草
しおりを挟む
いきなり勘だけは良い、だなんてそこまでストレートに言うのだったら何かしら言ってくるだろうと、冷ややかな灰紫色の瞳を立ったまま真っすぐに見つめた。
だが、当のダニエルは
「では、冷めない内にお召し上がり下さい」
と、にべもなくそれだけ告げると、スタスタと立ち去ろうとするじゃねーか。おいおい、エリックに代わって貰うまでして挑発的な発言をしておいて肩透かしか? このまま流す事も出来るけど、今逃したら次のチャンスは来るかどうか怪しいしなぁ……
「お待ちを!」
迷っている暇はねーな。ダニエルはいぶかし気に振り返った。いやいや、何か言いたそうだったのはそっちだろう、てば。
「私に敬語は不要です」
呆れたように答えると、「何か?」と面倒臭そうに問いかけた。何だかなー。やっぱり流した方が良かったかなぁ。面倒臭そうに拗れた奴っぽいし。いやいや、決めつけは駄目だ。あぁ、敬語は不要ね、ついね。リアンにも未だに敬語になる時多々あったな。
「何か自分に話があったのでは?」
そのまま正直に伝える事にした。
「言っても伝わりそうに無いですし時間の無駄ですから辞めておきます」
ダニエルは深く溜息をつきながら答えた。わざとらしい溜息だ。あ、そーですか。こういった理不尽な扱いには慣れっこだ。今更驚きゃしない。コイツと歩みよれるかどうかはまた別の話だが、王太子殿下の側近たちの中で突っ込んだ話が出来るかもしれない機会ではある。恐らくこの彼は無駄を嫌う。それなら遠回しに丁寧に会話をするのは逆効果だ。親しい間柄ならまだしも、俺は毛嫌いされているようだから尚更。これは、相当覚悟をして望まないと。このところ甘やかされ過ぎていたし、気を引き締め直す良いチャンスじゃないか。
「お待ちを!」
「ですから敬語は不要です」
「じゃぁ、待ってくれ」
「何です?」
長居は無用とばかりに立ち去ろうとするダニエルを呼び留め、不毛なやり取りを矢継ぎ早に交わす。嫌々ながらも再び振り返らせた。よし!
「勘だけは良いとか皮肉を言っておきながら、やっぱり言ってもどうせ伝わらないし時間の無駄だから辞めておく。これはあまりにも一方的過ぎるし失礼過ぎやしないか? そこまでするんだったら、最初から無関心を装った方がマシだぞ」
出来るだけ穏やかに、冷静にそして分かり易く伝える。つーか、大半の人がこれを聞いたら正論だと感じると思う。ダニエルは驚いたように目を見開いた。へぇ? 完全に無表情、て訳じゃないのか。だがすぐに、元の冷ややかな表情に戻った。
「なるほど、ご指摘の通りでございますね。申し訳ございませんでした。非礼を深くお詫び申し上げます」
とまるで台本を読みあげる新人俳優みたいに棒読みに謝罪の言葉を述べると、馬鹿丁寧に頭を下げた。そういうの慇懃無礼、ていうんだぞ。何となくアルフォンスを思い出した。今頃、物質界で赤ん坊からやり直している筈の。
「いいよ、別に謝罪して欲しい訳じゃないし。上辺だけの謝罪なんていらないよ。それこそ時間の無駄だ。座ってくれ」
立ち上がって、食事用の席ではなく、来客用のテーブル席を指し示す。ダニエルは盛大に溜息をついた。さて、何度めの溜息かな。
「食事が冷めてしまいます。食後に致しましょう」
お! 話す気になったか、だがな……
「いや、冷めても美味しいし。後で落ち着いて有り難く頂くよ。ダニエルも仕事で忙しいだろうし。わざわざエリックと交代したくらいなんだ。俺に言いたい事があるんだろう?」
テーブル席に移動し、先に入り口側の椅子に座った。諦めたように向かい側に座るダニエル。
「そこまでおっしゃるのでしたら、分かりました。少々、無礼な言い方になるでしょうが宜しいですか?」
睨みつけるように俺を見る。何を今更。いいさ、望むところだ。
「あぁ、俺は馬鹿だからな。言われないと分から無い事が沢山ある。だから遠慮せずに指摘して貰えたら出来るだけ善処する」
と、灰紫色の双眸を真っすぐに見返した。恐らく、王太子殿下に対しての俺の言動……に関する事だろうな。
「では」
とコホンと軽く咳払いをし、ダニエルはキッと見据える。さぁ、来い!
「惟光様が馬鹿だとは思いませんが、かなり決断力に欠ける八方美人であるとお見受けします。その為、無意識に周りを振り回してしまう」
ん???
「俺が優柔不断で決断力が無いのはその通りだと思う。だけど八方美人で周りを振り回すとは?」
さっぱり分からん。
「分かりませんか? ではもっとはっきり申し上げましょう。あなたはラディウス殿下の恋人の筈ですよね? それが今は王太子殿下の寵愛を受けてらっしゃる」
「いや、それは……」
「勿論、あのような経緯があったが為に療養中はこちらに身を置く事、王太子殿下のたってのご希望で無期限延長になった事も存じ上げております。ラディウス殿下始め国民にもその旨は伝わっている事も含め。ですがあなたを見ているとまるで『浮草』にしか見えません。王太子殿下の事もラディウス殿下の事も、振り回しているようにしか見えないのですよ!」
最初は淡々としていたダニエルが、次第に激し口調となり、最後は叫ぶようにして立ち上がり息を切らして俺を睨みつけた。言われてみて初めて、自分の態度を客観的に振り返る。そして奴の指摘の的確さに、ぐうの音も出ない。
ふと、この世界に来て間もない頃肝に銘じた筈の『ムササビの五能の心得』を思い浮かべた。
だが、当のダニエルは
「では、冷めない内にお召し上がり下さい」
と、にべもなくそれだけ告げると、スタスタと立ち去ろうとするじゃねーか。おいおい、エリックに代わって貰うまでして挑発的な発言をしておいて肩透かしか? このまま流す事も出来るけど、今逃したら次のチャンスは来るかどうか怪しいしなぁ……
「お待ちを!」
迷っている暇はねーな。ダニエルはいぶかし気に振り返った。いやいや、何か言いたそうだったのはそっちだろう、てば。
「私に敬語は不要です」
呆れたように答えると、「何か?」と面倒臭そうに問いかけた。何だかなー。やっぱり流した方が良かったかなぁ。面倒臭そうに拗れた奴っぽいし。いやいや、決めつけは駄目だ。あぁ、敬語は不要ね、ついね。リアンにも未だに敬語になる時多々あったな。
「何か自分に話があったのでは?」
そのまま正直に伝える事にした。
「言っても伝わりそうに無いですし時間の無駄ですから辞めておきます」
ダニエルは深く溜息をつきながら答えた。わざとらしい溜息だ。あ、そーですか。こういった理不尽な扱いには慣れっこだ。今更驚きゃしない。コイツと歩みよれるかどうかはまた別の話だが、王太子殿下の側近たちの中で突っ込んだ話が出来るかもしれない機会ではある。恐らくこの彼は無駄を嫌う。それなら遠回しに丁寧に会話をするのは逆効果だ。親しい間柄ならまだしも、俺は毛嫌いされているようだから尚更。これは、相当覚悟をして望まないと。このところ甘やかされ過ぎていたし、気を引き締め直す良いチャンスじゃないか。
「お待ちを!」
「ですから敬語は不要です」
「じゃぁ、待ってくれ」
「何です?」
長居は無用とばかりに立ち去ろうとするダニエルを呼び留め、不毛なやり取りを矢継ぎ早に交わす。嫌々ながらも再び振り返らせた。よし!
「勘だけは良いとか皮肉を言っておきながら、やっぱり言ってもどうせ伝わらないし時間の無駄だから辞めておく。これはあまりにも一方的過ぎるし失礼過ぎやしないか? そこまでするんだったら、最初から無関心を装った方がマシだぞ」
出来るだけ穏やかに、冷静にそして分かり易く伝える。つーか、大半の人がこれを聞いたら正論だと感じると思う。ダニエルは驚いたように目を見開いた。へぇ? 完全に無表情、て訳じゃないのか。だがすぐに、元の冷ややかな表情に戻った。
「なるほど、ご指摘の通りでございますね。申し訳ございませんでした。非礼を深くお詫び申し上げます」
とまるで台本を読みあげる新人俳優みたいに棒読みに謝罪の言葉を述べると、馬鹿丁寧に頭を下げた。そういうの慇懃無礼、ていうんだぞ。何となくアルフォンスを思い出した。今頃、物質界で赤ん坊からやり直している筈の。
「いいよ、別に謝罪して欲しい訳じゃないし。上辺だけの謝罪なんていらないよ。それこそ時間の無駄だ。座ってくれ」
立ち上がって、食事用の席ではなく、来客用のテーブル席を指し示す。ダニエルは盛大に溜息をついた。さて、何度めの溜息かな。
「食事が冷めてしまいます。食後に致しましょう」
お! 話す気になったか、だがな……
「いや、冷めても美味しいし。後で落ち着いて有り難く頂くよ。ダニエルも仕事で忙しいだろうし。わざわざエリックと交代したくらいなんだ。俺に言いたい事があるんだろう?」
テーブル席に移動し、先に入り口側の椅子に座った。諦めたように向かい側に座るダニエル。
「そこまでおっしゃるのでしたら、分かりました。少々、無礼な言い方になるでしょうが宜しいですか?」
睨みつけるように俺を見る。何を今更。いいさ、望むところだ。
「あぁ、俺は馬鹿だからな。言われないと分から無い事が沢山ある。だから遠慮せずに指摘して貰えたら出来るだけ善処する」
と、灰紫色の双眸を真っすぐに見返した。恐らく、王太子殿下に対しての俺の言動……に関する事だろうな。
「では」
とコホンと軽く咳払いをし、ダニエルはキッと見据える。さぁ、来い!
「惟光様が馬鹿だとは思いませんが、かなり決断力に欠ける八方美人であるとお見受けします。その為、無意識に周りを振り回してしまう」
ん???
「俺が優柔不断で決断力が無いのはその通りだと思う。だけど八方美人で周りを振り回すとは?」
さっぱり分からん。
「分かりませんか? ではもっとはっきり申し上げましょう。あなたはラディウス殿下の恋人の筈ですよね? それが今は王太子殿下の寵愛を受けてらっしゃる」
「いや、それは……」
「勿論、あのような経緯があったが為に療養中はこちらに身を置く事、王太子殿下のたってのご希望で無期限延長になった事も存じ上げております。ラディウス殿下始め国民にもその旨は伝わっている事も含め。ですがあなたを見ているとまるで『浮草』にしか見えません。王太子殿下の事もラディウス殿下の事も、振り回しているようにしか見えないのですよ!」
最初は淡々としていたダニエルが、次第に激し口調となり、最後は叫ぶようにして立ち上がり息を切らして俺を睨みつけた。言われてみて初めて、自分の態度を客観的に振り返る。そして奴の指摘の的確さに、ぐうの音も出ない。
ふと、この世界に来て間もない頃肝に銘じた筈の『ムササビの五能の心得』を思い浮かべた。
2
お気に入りに追加
605
あなたにおすすめの小説
某国の皇子、冒険者となる
くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。
転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。
俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために……
異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。
主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。
※ BL要素は控えめです。
2020年1月30日(木)完結しました。

ヒロイン不在の異世界ハーレム
藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。
神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。
飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。
ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?
勇者召喚に巻き込まれて追放されたのに、どうして王子のお前がついてくる。
イコ
BL
魔族と戦争を繰り広げている王国は、人材不足のために勇者召喚を行なった。
力ある勇者たちは優遇され、巻き込まれた主人公は追放される。
だが、そんな主人公に優しく声をかけてくれたのは、召喚した側の第五王子様だった。
イケメンの王子様の領地で一緒に領地経営? えっ、男女どっちでも結婚ができる?
頼りになる俺を手放したくないから結婚してほしい?
俺、男と結婚するのか?


主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。
小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。
そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。
先輩×後輩
攻略キャラ×当て馬キャラ
総受けではありません。
嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。
ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。
だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。
え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。
でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!!
……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。
本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

推しの完璧超人お兄様になっちゃった
紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。
そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。
ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。
そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

マリオネットが、糸を断つ時。
せんぷう
BL
異世界に転生したが、かなり不遇な第二の人生待ったなし。
オレの前世は地球は日本国、先進国の裕福な場所に産まれたおかげで何不自由なく育った。確かその終わりは何かの事故だった気がするが、よく覚えていない。若くして死んだはずが……気付けばそこはビックリ、異世界だった。
第二生は前世とは正反対。魔法というとんでもない歴史によって構築され、貧富の差がアホみたいに激しい世界。オレを産んだせいで母は体調を崩して亡くなったらしくその後は孤児院にいたが、あまりに酷い暮らしに嫌気がさして逃亡。スラムで前世では絶対やらなかったような悪さもしながら、なんとか生きていた。
そんな暮らしの終わりは、とある富裕層らしき連中の騒ぎに関わってしまったこと。不敬罪でとっ捕まらないために背を向けて逃げ出したオレに、彼はこう叫んだ。
『待て、そこの下民っ!! そうだ、そこの少し小綺麗な黒い容姿の、お前だお前!』
金髪縦ロールにド派手な紫色の服。装飾品をジャラジャラと身に付け、靴なんて全然汚れてないし擦り減ってもいない。まさにお貴族様……そう、貴族やら王族がこの世界にも存在した。
『貴様のような虫ケラ、本来なら僕に背を向けるなどと斬首ものだ。しかし、僕は寛大だ!!
許す。喜べ、貴様を今日から王族である僕の傍に置いてやろう!』
そいつはバカだった。しかし、なんと王族でもあった。
王族という権力を振り翳し、盾にするヤバい奴。嫌味ったらしい口調に人をすぐにバカにする。気に入らない奴は全員斬首。
『ぼ、僕に向かってなんたる失礼な態度っ……!! 今すぐ首をっ』
『殿下ったら大変です、向こうで殿下のお好きな竜種が飛んでいた気がします。すぐに外に出て見に行きませんとー』
『なにっ!? 本当か、タタラ! こうしては居られぬ、すぐに連れて行け!』
しかし、オレは彼に拾われた。
どんなに嫌な奴でも、どんなに周りに嫌われていっても、彼はどうしようもない恩人だった。だからせめて多少の恩を返してから逃げ出そうと思っていたのに、事態はどんどん最悪な展開を迎えて行く。
気に入らなければ即断罪。意中の騎士に全く好かれずよく暴走するバカ王子。果ては王都にまで及ぶ危険。命の危機など日常的に!
しかし、一緒にいればいるほど惹かれてしまう気持ちは……ただの忠誠心なのか?
スラム出身、第十一王子の守護魔導師。
これは運命によってもたらされた出会い。唯一の魔法を駆使しながら、タタラは今日も今日とてワガママ王子の手綱を引きながら平凡な生活に焦がれている。
※BL作品
恋愛要素は前半皆無。戦闘描写等多数。健全すぎる、健全すぎて怪しいけどこれはBLです。
.

物語なんかじゃない
mahiro
BL
あの日、俺は知った。
俺は彼等に良いように使われ、用が済んだら捨てられる存在であると。
それから数百年後。
俺は転生し、ひとり旅に出ていた。
あてもなくただ、村を点々とする毎日であったのだが、とある人物に遭遇しその日々が変わることとなり………?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる