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第九十四話
花回廊・中編
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……あぁ、眠い。んー、フォルス、どうした? なんだか熱くなった……て、あれ? 王子に会ったのって今朝……だよなぁ? あれ? 昨日? ……眠い……駄目だ、寝落ちする前に、ちゃんと……考えないと。
スーッと眠りに引き込まれそうになるのを、必死に目を開け右手で左手の甲をつねり上げる。左手首が、火傷しそうなくらい熱く感じて少しだけ睡魔が遠ざかる。今の内に、しっかり考えないと。
つまり、俺が心配して不安になっている事は……何だ? 何が不安なんだ? ……えーと……まさかとは思うけど……思うけど……王子とか、大切な人たちの……記憶が、曖昧になるかもしれない事、だ。……駄目だ、眠い……
気を抜くとまた、異常な睡魔が襲って来る。えーと、えーと……
ふと、雫型の虹色の輝く宝石が脳裏をかすめた。『オーロラの涙』だ。王子……。王子が花のようにふわりと微笑む姿が浮かぶ。……なぁ、オーロラの涙、これから先もし俺が、大切な人たちの記憶が曖昧になるような事があったら、しっかりと思い出させてくれよな。フォルスも、頼むぞ!
大切な人達を忘れてしまう、まして王子を? 普段の俺なら、絶対にそんな発想すら湧かないと思う。だってそんな事あり得ないから。でも、何故だろう? そうしておかないといけないような気がしたんだ。
アイテムにそう願うと、そのまま糸が切れたように睡魔に身を任せた。
高貴で心地良い香りに、意識が浮上する。伽羅の香りだ……。ゆっくりと目を開ける。藤の花房が映り、続いて青のタチアオイの群れが周りを取り囲んでいた。こうして仰向けに見ると、やっぱり花回廊だ……。
カサッとタチアオイを掻き分ける音と、サラサラとした銀色の髪が滝のように流れた。
「目覚めたか?」
王太子殿下は柔らかな声でそう言って微笑んだ。銀灰色の瞳は、まるで春先の昼間の月みたいに淡くて優しい。
「は、はい!」
王太子殿下だっ! 一気に覚醒し慌てて起き上がる。そしてベッドの上に正座した。王太子殿下は既にベッドの脇に立っているから、取りあえずはそうするしかなかった。
「私が突然訪ねて来たのだ。楽に致せ」
いやいやいや、そんな訳にはいかないッス。王太子殿下の本日のお召し物は藍色の直裾だ。伽羅の香りがふわっと香る。
「この部屋はしっかりと休めるように作られている。眠気を催す際は、無理せずに眠るのが良い。目覚めた時、しっかりと体力も気力も回復している筈だ」
あぁ、確かに。体が軽くなっている!
「伝えたい事があってな。例の愚か者三人は、そなたが望んだ通りの処遇となったそうだ。奴らがどのような道を歩むか、定期的に知らせが入る。その都度知らせよう」
「なるほど。そうでしたか、分かりました」
そうか、生まれながらにして恵まれ過ぎていた奴らが、今度は生まれながら不遇の境遇に置かれた場合どんな選択をしていくのか自分次第……。俺からしたら複雑な心境ではあるけれど、興味深いな。
「ラディウスが……」
その名を聞いただけで、トクンと鼓動が弾む。ほら、やっぱり忘れたりなんかする訳ないんだ。さっきは、ただ異常に眠かったから不安になっただけ、だよな。
「……寛大な処置に言葉もない程痛み入る、と言っていた」
「お伝え頂きまして、有難うございます」
うん、そうだよね。王子の実父に実母だし、アルフォンスは毒味役だったもん。王子の心境も、複雑だろうなぁ……。
不意に、王太子殿下の双眸に悲しみの影が差した。
「やはり、あやつの名を聞いただけで、顔付きが明るくなるのだな……」
「え? あ、その……大変に申し訳ございません」
拙いなぁ、そんなに分かり易かったのか。ホント、どうにかしないと。最近の俺、弛み過ぎ……
「いや、すまぬ。そなたのせいではない。私の一方的なつまらぬ嫉妬だ。忘れてくれ」
と笑顔を向ける。だが、どこか憂いを含む寂し気な笑みだ。
「ところで、少し外を歩いてみないか?」
王太子殿下は、気分を変えるように、明るく切り出す。
「はい、喜んで」
俺も朗らかに答えた。この部屋の外がどうなっているのか単純に興味がある。
スーッと眠りに引き込まれそうになるのを、必死に目を開け右手で左手の甲をつねり上げる。左手首が、火傷しそうなくらい熱く感じて少しだけ睡魔が遠ざかる。今の内に、しっかり考えないと。
つまり、俺が心配して不安になっている事は……何だ? 何が不安なんだ? ……えーと……まさかとは思うけど……思うけど……王子とか、大切な人たちの……記憶が、曖昧になるかもしれない事、だ。……駄目だ、眠い……
気を抜くとまた、異常な睡魔が襲って来る。えーと、えーと……
ふと、雫型の虹色の輝く宝石が脳裏をかすめた。『オーロラの涙』だ。王子……。王子が花のようにふわりと微笑む姿が浮かぶ。……なぁ、オーロラの涙、これから先もし俺が、大切な人たちの記憶が曖昧になるような事があったら、しっかりと思い出させてくれよな。フォルスも、頼むぞ!
大切な人達を忘れてしまう、まして王子を? 普段の俺なら、絶対にそんな発想すら湧かないと思う。だってそんな事あり得ないから。でも、何故だろう? そうしておかないといけないような気がしたんだ。
アイテムにそう願うと、そのまま糸が切れたように睡魔に身を任せた。
高貴で心地良い香りに、意識が浮上する。伽羅の香りだ……。ゆっくりと目を開ける。藤の花房が映り、続いて青のタチアオイの群れが周りを取り囲んでいた。こうして仰向けに見ると、やっぱり花回廊だ……。
カサッとタチアオイを掻き分ける音と、サラサラとした銀色の髪が滝のように流れた。
「目覚めたか?」
王太子殿下は柔らかな声でそう言って微笑んだ。銀灰色の瞳は、まるで春先の昼間の月みたいに淡くて優しい。
「は、はい!」
王太子殿下だっ! 一気に覚醒し慌てて起き上がる。そしてベッドの上に正座した。王太子殿下は既にベッドの脇に立っているから、取りあえずはそうするしかなかった。
「私が突然訪ねて来たのだ。楽に致せ」
いやいやいや、そんな訳にはいかないッス。王太子殿下の本日のお召し物は藍色の直裾だ。伽羅の香りがふわっと香る。
「この部屋はしっかりと休めるように作られている。眠気を催す際は、無理せずに眠るのが良い。目覚めた時、しっかりと体力も気力も回復している筈だ」
あぁ、確かに。体が軽くなっている!
「伝えたい事があってな。例の愚か者三人は、そなたが望んだ通りの処遇となったそうだ。奴らがどのような道を歩むか、定期的に知らせが入る。その都度知らせよう」
「なるほど。そうでしたか、分かりました」
そうか、生まれながらにして恵まれ過ぎていた奴らが、今度は生まれながら不遇の境遇に置かれた場合どんな選択をしていくのか自分次第……。俺からしたら複雑な心境ではあるけれど、興味深いな。
「ラディウスが……」
その名を聞いただけで、トクンと鼓動が弾む。ほら、やっぱり忘れたりなんかする訳ないんだ。さっきは、ただ異常に眠かったから不安になっただけ、だよな。
「……寛大な処置に言葉もない程痛み入る、と言っていた」
「お伝え頂きまして、有難うございます」
うん、そうだよね。王子の実父に実母だし、アルフォンスは毒味役だったもん。王子の心境も、複雑だろうなぁ……。
不意に、王太子殿下の双眸に悲しみの影が差した。
「やはり、あやつの名を聞いただけで、顔付きが明るくなるのだな……」
「え? あ、その……大変に申し訳ございません」
拙いなぁ、そんなに分かり易かったのか。ホント、どうにかしないと。最近の俺、弛み過ぎ……
「いや、すまぬ。そなたのせいではない。私の一方的なつまらぬ嫉妬だ。忘れてくれ」
と笑顔を向ける。だが、どこか憂いを含む寂し気な笑みだ。
「ところで、少し外を歩いてみないか?」
王太子殿下は、気分を変えるように、明るく切り出す。
「はい、喜んで」
俺も朗らかに答えた。この部屋の外がどうなっているのか単純に興味がある。
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