その男、有能につき……

大和撫子

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第九十三話

残り香……

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 深く溜息をついた。仄かに薔薇とバニラの混じり合ったような残り香が、包み込むように室内を漂う。それを感じたくてつく溜息は、一種の深呼吸に近いかもしれない。王子がつい先程までこの部屋に居たのだ、という安心感を得たいのだ。

 部屋にはいつも、微かに香木の香りが漂っていて。王太子殿下の趣味なのかなとも思う。日々渡される衣装も、白檀とか沈香の香がほんの少し漂うから。お香であれ香水であれ、それほど強くなく心地良く感じられる香りなら特に拘りはない。

(……本当に、この決断で良かったのかな……)

 王子が部屋を後にするのを見送ってまだ一時間も経っていないのに、何度自問自答したろう。どうも、意識を取り戻して以来……来賓扱いでぬくぬくさせて貰ったせいか、ここ最近特に自己嫌悪……なんつーか、優柔不断ぶりというか女々しさぶりが悪化しているんだよなぁ。これがラノベなら即アウトなレベルというか……。

『……僕の口から言うのも変なんだけどね……』

 躊躇いがち切り出した王子の声が、頭の中をループする。

『兄上がね、もう少しだけ惟光と一緒に居たいんだって。僕は今すぐにでも連れて帰りたいところではあるけれど。惟光を助けて解決に導いてくれたのは他でもない、兄上だから。……それで、惟光はどうしたい?』

 そりゃ、今すぐに王子と帰りたい! て即答したかったけど。したかったけど……

『兄上の言うもう少しだけ、て。一カ月か半年か。それは分からないんだけど……』

 でも、だけど……

『それにね、このまま君を離したら、もう戻って来ないんじゃないかって……』
『そんな事は!』

 再び涙を浮かべ抱きついて来る王子を受け止めながら、即否定したんだ。だって、俺の心はもう何があっても、王子一筋で。帰る場所、て決めてあるから。だけど、王太子殿下の孤独の影……このままスルーしてのほほんと生きるには知り過ぎちまった。やっぱり、放っておく事は出来ない。物凄い傲慢で思い上がりも甚だしいと思うし、俺が傍にいからって何が出来るという訳でもないんだけど……。そして後一つ、

「……様っ! 惟光様っ!!」
「え? あ! はいっ!」

 呆れたように名を呼ばれている事に気付き、慌てて返事をする。何やら以前、リアンと似たようなやり取りをしたのを思い出しつつ。だが、今の名を呼んだのは、純白の髪に冷ややかな灰紫色の瞳の持ち主。ダニエルだった。やっべーなぁ俺。ただでさえ良く思われてはいないのに、気を抜き過ぎだろう! と思ってみても取り消せない。ここは正直に謝罪しないと。

「すみません、ちょっと色々と考え事をしていて……」
「別に構いません。私はあなたに関心はありませんから。御用があってドアをノックしてもお返事がなかったので入らせて頂いた。それだけですので」

 これ以上ないくらいにバッサリと冷酷に遮られちまった。左様でございますか、と。謝罪すらも受け取って貰えないのか……

「ただ、滞在期間が無期限延長になったと、王太子殿下より伺いましたので。お部屋の移動のご案内に参りました」
「え? 部屋の移動、ですか?」
「えぇ、王太子殿下のお近くに、あなた専用の部屋を作らせた、との事で伺っております」

 無期限延長? 俺専用の部屋?? ほんの少し違和感を覚えた。ダニエルの冷たい表情と凍えそうな程冷ややかな声に、居心地の悪さを感じながら。
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