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第九十二話
再会と迷い・前編
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水面に映し出される無数の蛍。飛び交う柔らかな光と夜空の星屑とが相まって実に幻想的な夜の庭だ。篝火が、足元を優しく柔らかく照らす。そんな中をゆったりと歩く王太子殿下そのものが、月の光のようで……
正直言ってあの時間は、どこからどこまでが夢だったのかはっきりしない。だって、その晩はそっくりそのまま同じ夢を見ちまったから。あれら二日も経つ今も、何だかぼんやりとした感覚が抜けずにいた。
救い出されてから意識を取り戻して以来、この部屋では寝るか食事をするかテレビを見るか、または棚に置かれた本棚から選んでの読書か……そんな感じで安全に守られ至れり尽くせりの生活をさせて貰っている。もう、一週間ほど経つだろうか。
このどこか夢現で現実離れした感覚は、そこそろ動き出さないと怠け者になっちまうぞっていう体のサインなのかもしれない。うん、きっとそうだ。だって、これからラディウス王子が会いに来てくれるっていうのに、嬉しくてソワソワする気分と同時に少しだけさんてほんの少しだけどこか気後れする感覚もあって。そんな事あり得ないもん。
有り難い話でさ、お付きの人は王太子殿下の近衛兵四天王が日替わりで担当してくれていて。食事を運んでくれたり、着替えや入浴のサポートとかしてくれるんだ。この世界に来たばかりの俺なら、着替えも入浴も自分一人で出来るしやらせてくれ、と恥ずかしさでいっぱいだったろう。だけどもう、それが当たり前で、慣れてしまっている自分に驚く。慣れとは恐ろしいものだ。以前交流のあったサイラス以外、必要最低限の言葉しか交わさずよそよそしい感じだけれど、それは王太子殿下とラディウス王子の確執を見れば致し方ない事だ。むしろ王太子殿下への忠誠心の現れで立派だと思う。
自分の衣装に目を向ける。鮮やかな青紫色の着物に薄紫色の帯の着流しだ。何となく、以前見た夢を思い出す。咲き乱れる紫色のヒアシンスの中を、溶け込むようにして消えて行っラディウス王子。俺から離れようとしているのではないか? という不安を感じ取ったあの夢……。単なる夢を片付けるには、生々しい程の感情が揺さぶられた記憶。思い出すと訳もなく不安に駆られる。妄想で不安になるなんて、やっぱりどう考えても暇な証拠なのかもしれない。もう体は随分良くなって来ているし、王子と再会したら相談してみようか。それとも……
コンコンコン、とドアをノックする音が響き、思考が中断した。王子だ! 自然に口元は綻ぶ。「はい」と声を張った。「失礼します」と冷たく無機質な声と共にドアが開く。艶やかな純白の髪を後ろで一つに束ね、漆黒のスーツを隙なく着こなした男が足を踏み入れた。
「ラディウス王子殿下がお見えになりました」
と声をかける。切れ長の双眸が冷ややかに俺を見つめた。その色は灰紫色。粋な色だ。だが、俺を見る時だけは氷のように冷たくなる。ミルク色の肌と冷たく整った顔立ちの美形だ。王太子殿下の一番の側近で、代理なんかもこなすらしい。建国記念日は近衛兵総指揮官と共に影からエターナル王家を守っていたんだとか。名前はDaniel、『神は私の審判』という意味があるらしい。
「有難う」
そう答える俺を冷ややかに見つめると、一礼して静かにドアを閉めた。まだ数回、王太子殿下の伝言を伝える役目で会うだけなんけど、どうやら俺の事が気に入らないらしい。それはそうだろう。なんたって俺は第二王子側の人間なんだ。王太子殿下の側近中の側近なら、警戒されて当然だ。声質と視線が冷ややかなだけで、物腰は丁寧だし、特に実害はないから、俺も軽く流しておこうと思う。
やっと、王子に会える。自然に鼓動が弾んだ。コンコンコン、と軽やかなノックの音。あぁ、いよいよ……
「惟光! 会いたかったよ!」
俺が立ち上がるのと、王子がドアを開けるのがほぼ同時に行われた。波打つ金色の髪、真珠みたいな肌、ロイヤルブルーの煌めく瞳……全身が宝石で出来たような美しさにクラクラする。そして、フルートみたいな癒しの声。一目見た途端、夢の不安が消し飛んだ。
「自分もです、殿下」
声も鼓動も、ゴム鞠みたいに弾んだ。
正直言ってあの時間は、どこからどこまでが夢だったのかはっきりしない。だって、その晩はそっくりそのまま同じ夢を見ちまったから。あれら二日も経つ今も、何だかぼんやりとした感覚が抜けずにいた。
救い出されてから意識を取り戻して以来、この部屋では寝るか食事をするかテレビを見るか、または棚に置かれた本棚から選んでの読書か……そんな感じで安全に守られ至れり尽くせりの生活をさせて貰っている。もう、一週間ほど経つだろうか。
このどこか夢現で現実離れした感覚は、そこそろ動き出さないと怠け者になっちまうぞっていう体のサインなのかもしれない。うん、きっとそうだ。だって、これからラディウス王子が会いに来てくれるっていうのに、嬉しくてソワソワする気分と同時に少しだけさんてほんの少しだけどこか気後れする感覚もあって。そんな事あり得ないもん。
有り難い話でさ、お付きの人は王太子殿下の近衛兵四天王が日替わりで担当してくれていて。食事を運んでくれたり、着替えや入浴のサポートとかしてくれるんだ。この世界に来たばかりの俺なら、着替えも入浴も自分一人で出来るしやらせてくれ、と恥ずかしさでいっぱいだったろう。だけどもう、それが当たり前で、慣れてしまっている自分に驚く。慣れとは恐ろしいものだ。以前交流のあったサイラス以外、必要最低限の言葉しか交わさずよそよそしい感じだけれど、それは王太子殿下とラディウス王子の確執を見れば致し方ない事だ。むしろ王太子殿下への忠誠心の現れで立派だと思う。
自分の衣装に目を向ける。鮮やかな青紫色の着物に薄紫色の帯の着流しだ。何となく、以前見た夢を思い出す。咲き乱れる紫色のヒアシンスの中を、溶け込むようにして消えて行っラディウス王子。俺から離れようとしているのではないか? という不安を感じ取ったあの夢……。単なる夢を片付けるには、生々しい程の感情が揺さぶられた記憶。思い出すと訳もなく不安に駆られる。妄想で不安になるなんて、やっぱりどう考えても暇な証拠なのかもしれない。もう体は随分良くなって来ているし、王子と再会したら相談してみようか。それとも……
コンコンコン、とドアをノックする音が響き、思考が中断した。王子だ! 自然に口元は綻ぶ。「はい」と声を張った。「失礼します」と冷たく無機質な声と共にドアが開く。艶やかな純白の髪を後ろで一つに束ね、漆黒のスーツを隙なく着こなした男が足を踏み入れた。
「ラディウス王子殿下がお見えになりました」
と声をかける。切れ長の双眸が冷ややかに俺を見つめた。その色は灰紫色。粋な色だ。だが、俺を見る時だけは氷のように冷たくなる。ミルク色の肌と冷たく整った顔立ちの美形だ。王太子殿下の一番の側近で、代理なんかもこなすらしい。建国記念日は近衛兵総指揮官と共に影からエターナル王家を守っていたんだとか。名前はDaniel、『神は私の審判』という意味があるらしい。
「有難う」
そう答える俺を冷ややかに見つめると、一礼して静かにドアを閉めた。まだ数回、王太子殿下の伝言を伝える役目で会うだけなんけど、どうやら俺の事が気に入らないらしい。それはそうだろう。なんたって俺は第二王子側の人間なんだ。王太子殿下の側近中の側近なら、警戒されて当然だ。声質と視線が冷ややかなだけで、物腰は丁寧だし、特に実害はないから、俺も軽く流しておこうと思う。
やっと、王子に会える。自然に鼓動が弾んだ。コンコンコン、と軽やかなノックの音。あぁ、いよいよ……
「惟光! 会いたかったよ!」
俺が立ち上がるのと、王子がドアを開けるのがほぼ同時に行われた。波打つ金色の髪、真珠みたいな肌、ロイヤルブルーの煌めく瞳……全身が宝石で出来たような美しさにクラクラする。そして、フルートみたいな癒しの声。一目見た途端、夢の不安が消し飛んだ。
「自分もです、殿下」
声も鼓動も、ゴム鞠みたいに弾んだ。
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