その男、有能につき……

大和撫子

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第八十九話

夜の庭園

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 究極の紺色とはこういう色なのだ……。そう納得せざるを得ない程の、限り無く黒に近い紺色の夜のとばり。これが留紺とめこんという色彩なのかと、妙に納得する。今宵は新月。月の代わりに満点の星が煌き、庭の池に星屑を散らしている。

 ゆっくりと庭を散策する王太子殿下。暗闇の中でも、その抜けるような白い肌がボーッと浮かび上がって。銀の髪はまるで月の光を浴びたみたいキラキラしている。銀灰色の瞳は、本当にお月様みたいだ。普段の王太子殿下の瞳は、冷たく冴え冴えとした冬の月だけど、今は優しく柔らかな春の月だ。

 庭園には灯りは一つもなく、塗りつぶされたような留紺の闇に包まれているけれど、王太子殿下ご自身が月光のようにそこここの花木を照らし出す。花木だけではない、王太子殿下の紫色の直裾も俺自身も照らされている。

 ……俺はといえば、再び王太子殿下に抱え上げられて夜の庭園を散歩中だ。そう、つまりお姫様抱っこというアレである。はっきり言ってもの凄く恥ずかしかった。どうして過去形かと言うと……

「夜の庭を散策したい。付き合っては貰えないだろうか?」

 ドアノックの後に唐突にそう言って部屋に入って来た王太子殿下の、切羽詰まったようなそれでいてどこか照れ臭そうな姿に首を横に振る事は出来なくて。前回と同じように抱き上げられ、瞬間移動でやって来た、寝殿造りの庭園。夜の庭を照らす月の光のような王太子殿下に、ただただ見惚れている内に何も気にならなくなってしまったからだ。月の精霊が人型に具現化したら、こんな感じだろうか? いや、精霊というより神かな……月は確か女神だったけれど……

「……冥府の使いより聞いた。あの愚か者共に温情をかけたと」

 ぽつりと呟くように口を開く王太子殿下の声で、我に返る。

「そなたは、本当に懐が深く、慈愛に満ちているのだな」

 感じ入ったように言う声は、夜のしじまに静かに浸透して行く。ついつい、ファンタジーをリアル体験しているかのような、どこか現実離れした感覚に放心しがちだ。だって、王太子殿下のコントラバスみたいな深みと艶のある声質は、静かなる夜の庭園にピッタリとはまっていたから。けれども、かけられた言葉に意味を反芻し、嫌でも現実に立ち返らざるを得ない。

「い、いいえ。決してそのような崇高な精神の元にそうした訳ではございません! 思ったままをそのままま伝えただけで」

 そう、もうね。ホントこれで。深い意味合いは無いもんだから過剰な評価は焦っちまうよ。

「そう思える事は素晴らしいのだ。もし私がそなたの立ち場なら、『無間地獄で未来永劫苦しみ抜け!』と命じると思うぞ」
「確かに、彼らに対して許せない気もちは燻っています。正直に申し上げましてそれは今でも。ですが、彼らは恵まれ過ぎた環境に地位や才能、容姿も揃っていた為に、自己中心的で横暴になってしまった。それなら、人の痛みを理解せざるを得ない境遇に身を置いたら良いのでは? そう思ったんです。そうする事で、彼らがどう変わるのか? 少し自惚れた感情もあったと思います」

 とっくに伝え聞いているとは思うけれど、王太子殿下の前で変態女が俺をこの世界に呼び寄せたお陰で王子やリアン、央雅、レオ、ノアたちに巡り合えた……とは言えなかった。うん、こういう気の回し方自体も、俺の自惚れかもしれないのだけど。

「そうか……ラディウスがそなたに惹かれた理由の一つが、また一つ分かった気がするぞ」

 俺を見つめる双眸は、夜明けの月みたいに儚く見えた。
 
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