その男、有能につき……

大和撫子

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第八十七話

王太子殿下の庭園・後編

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 ドキン、と心臓が飛び上がった。月の光を湛えた瞳が、燃えるように揺らめく。深みのある声は艶を含み、耳をゾクゾクとくすぐりながら胸に染み渡る。静かに、深く。

 ……ただ、夜の庭を一緒に見よう、て。ただそれだけの話じゃないか……

 そう思うのに、酷く意味があるように解釈しちまう。それほど妖しい魅力を秘めていた。魅力? いや、最早だ。

 揺らめく炎は、月光を湛えた双眸から次第に弱くなり立ち消え、代わりに不安の影が深く浮かび上がる。

 ……王子……

 波打つ金色の髪と、ロイヤルブルーの瞳が脳裏をかすめた。ほんの少し気が咎める。何故? 自意識過剰もいい加減にしろ、と自嘲しつつ。

 銀灰色の瞳が、風に波打つ水面に浮かぶ月のように揺らめいた。

「……はい、ご一緒させて頂けるなんて光栄に存じます……」

 考えるよりも早く、自然に言葉が飛び出していた。あまりにも寂しげな瞳を、放っておく事は出来なかった。

 それは非常に思い上がったおこがましい感情なのかもしれないけれど。

 瞬時に憂いの揺らめきが影を潜め、銀色に煌めき出す。水面が月の光に輝くように静かに。

「良かった……」

 吐息のように呟く穏やかな深い声。銀灰色の瞳は喜びを秘めて輝き、口元は緩やかな弧を描いた。

「……幼い時より、己の願望を口に出す事は、大抵が拒絶されるか無視をされるかだった。孤独感や虚しさは、散々味わい尽くしてきた。その内、欲しいものは地位を利用して力尽くで奪えば良い、という事を覚えた」

 王太子殿下の静かに語る声は、切ない思いを伴って胸に響いていく。俺と王太子殿下とではルックスも才能も地位も雲泥の差だけれど、気持ちは痛いほど理解出来る。

「……ラディウスは、私とは正反対の方法で望んだ事を手に入れてきた。望んだものは全て周りが叶えてくれたようだ。だから、それを力尽くで奪い去る事で、あやつに勝ったつもりでいた」

 そして寂しそうな笑みを浮かべる。

「……手に入れて一時は満たされたような気持ちになるが、それはまやかしに過ぎぬ。空虚感だけが残った」

 銀灰色の瞳は、優しく柔らかな光を湛えた。まるで障子越しに感じる月の光のように。

「そなたを前にすると、強引に奪い去る事は気が引けてな。不思議なものだ……。久々に、己の望みを素直に言葉にした。返事を待つ間、少し怖かった」

「怖かった……ですか?」

 強引に奪い去る? 少し疑問に思いながらも、意外な言葉に気がそがれる。

「あぁ、拒絶されるのではないか、とな」
「そのような事は……」

 答えながらも、はにかんだようにして語る王太子殿下が小さな子供のように可愛らしく見えた。

 サヤサヤと花木が、色なき風に揺れた。
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