124 / 186
第八十七話
王太子殿下の庭園・後編
しおりを挟む
ドキン、と心臓が飛び上がった。月の光を湛えた瞳が、燃えるように揺らめく。深みのある声は艶を含み、耳をゾクゾクとくすぐりながら胸に染み渡る。静かに、深く。
……ただ、夜の庭を一緒に見よう、て。ただそれだけの話じゃないか……
そう思うのに、酷く意味があるように解釈しちまう。それほど妖しい魅力を秘めていた。魅力? いや、最早魔力だ。
揺らめく炎は、月光を湛えた双眸から次第に弱くなり立ち消え、代わりに不安の影が深く浮かび上がる。
……王子……
波打つ金色の髪と、ロイヤルブルーの瞳が脳裏をかすめた。ほんの少し気が咎める。何故? 自意識過剰もいい加減にしろ、と自嘲しつつ。
銀灰色の瞳が、風に波打つ水面に浮かぶ月のように揺らめいた。
「……はい、ご一緒させて頂けるなんて光栄に存じます……」
考えるよりも早く、自然に言葉が飛び出していた。あまりにも寂しげな瞳を、放っておく事は出来なかった。
それは非常に思い上がったおこがましい感情なのかもしれないけれど。
瞬時に憂いの揺らめきが影を潜め、銀色に煌めき出す。水面が月の光に輝くように静かに。
「良かった……」
吐息のように呟く穏やかな深い声。銀灰色の瞳は喜びを秘めて輝き、口元は緩やかな弧を描いた。
「……幼い時より、己の願望を口に出す事は、大抵が拒絶されるか無視をされるかだった。孤独感や虚しさは、散々味わい尽くしてきた。その内、欲しいものは地位を利用して力尽くで奪えば良い、という事を覚えた」
王太子殿下の静かに語る声は、切ない思いを伴って胸に響いていく。俺と王太子殿下とではルックスも才能も地位も雲泥の差だけれど、気持ちは痛いほど理解出来る。
「……ラディウスは、私とは正反対の方法で望んだ事を手に入れてきた。望んだものは全て周りが叶えてくれたようだ。だから、それを力尽くで奪い去る事で、あやつに勝ったつもりでいた」
そして寂しそうな笑みを浮かべる。
「……手に入れて一時は満たされたような気持ちになるが、それはまやかしに過ぎぬ。空虚感だけが残った」
銀灰色の瞳は、優しく柔らかな光を湛えた。まるで障子越しに感じる月の光のように。
「そなたを前にすると、強引に奪い去る事は気が引けてな。不思議なものだ……。久々に、己の望みを素直に言葉にした。返事を待つ間、少し怖かった」
「怖かった……ですか?」
強引に奪い去る? 少し疑問に思いながらも、意外な言葉に気がそがれる。
「あぁ、拒絶されるのではないか、とな」
「そのような事は……」
答えながらも、はにかんだようにして語る王太子殿下が小さな子供のように可愛らしく見えた。
サヤサヤと花木が、色なき風に揺れた。
……ただ、夜の庭を一緒に見よう、て。ただそれだけの話じゃないか……
そう思うのに、酷く意味があるように解釈しちまう。それほど妖しい魅力を秘めていた。魅力? いや、最早魔力だ。
揺らめく炎は、月光を湛えた双眸から次第に弱くなり立ち消え、代わりに不安の影が深く浮かび上がる。
……王子……
波打つ金色の髪と、ロイヤルブルーの瞳が脳裏をかすめた。ほんの少し気が咎める。何故? 自意識過剰もいい加減にしろ、と自嘲しつつ。
銀灰色の瞳が、風に波打つ水面に浮かぶ月のように揺らめいた。
「……はい、ご一緒させて頂けるなんて光栄に存じます……」
考えるよりも早く、自然に言葉が飛び出していた。あまりにも寂しげな瞳を、放っておく事は出来なかった。
それは非常に思い上がったおこがましい感情なのかもしれないけれど。
瞬時に憂いの揺らめきが影を潜め、銀色に煌めき出す。水面が月の光に輝くように静かに。
「良かった……」
吐息のように呟く穏やかな深い声。銀灰色の瞳は喜びを秘めて輝き、口元は緩やかな弧を描いた。
「……幼い時より、己の願望を口に出す事は、大抵が拒絶されるか無視をされるかだった。孤独感や虚しさは、散々味わい尽くしてきた。その内、欲しいものは地位を利用して力尽くで奪えば良い、という事を覚えた」
王太子殿下の静かに語る声は、切ない思いを伴って胸に響いていく。俺と王太子殿下とではルックスも才能も地位も雲泥の差だけれど、気持ちは痛いほど理解出来る。
「……ラディウスは、私とは正反対の方法で望んだ事を手に入れてきた。望んだものは全て周りが叶えてくれたようだ。だから、それを力尽くで奪い去る事で、あやつに勝ったつもりでいた」
そして寂しそうな笑みを浮かべる。
「……手に入れて一時は満たされたような気持ちになるが、それはまやかしに過ぎぬ。空虚感だけが残った」
銀灰色の瞳は、優しく柔らかな光を湛えた。まるで障子越しに感じる月の光のように。
「そなたを前にすると、強引に奪い去る事は気が引けてな。不思議なものだ……。久々に、己の望みを素直に言葉にした。返事を待つ間、少し怖かった」
「怖かった……ですか?」
強引に奪い去る? 少し疑問に思いながらも、意外な言葉に気がそがれる。
「あぁ、拒絶されるのではないか、とな」
「そのような事は……」
答えながらも、はにかんだようにして語る王太子殿下が小さな子供のように可愛らしく見えた。
サヤサヤと花木が、色なき風に揺れた。
15
お気に入りに追加
605
あなたにおすすめの小説
某国の皇子、冒険者となる
くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。
転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。
俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために……
異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。
主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。
※ BL要素は控えめです。
2020年1月30日(木)完結しました。

ヒロイン不在の異世界ハーレム
藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。
神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。
飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。
ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?
勇者召喚に巻き込まれて追放されたのに、どうして王子のお前がついてくる。
イコ
BL
魔族と戦争を繰り広げている王国は、人材不足のために勇者召喚を行なった。
力ある勇者たちは優遇され、巻き込まれた主人公は追放される。
だが、そんな主人公に優しく声をかけてくれたのは、召喚した側の第五王子様だった。
イケメンの王子様の領地で一緒に領地経営? えっ、男女どっちでも結婚ができる?
頼りになる俺を手放したくないから結婚してほしい?
俺、男と結婚するのか?


主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。
小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。
そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。
先輩×後輩
攻略キャラ×当て馬キャラ
総受けではありません。
嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。
ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。
だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。
え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。
でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!!
……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。
本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

推しの完璧超人お兄様になっちゃった
紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。
そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。
ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。
そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

マリオネットが、糸を断つ時。
せんぷう
BL
異世界に転生したが、かなり不遇な第二の人生待ったなし。
オレの前世は地球は日本国、先進国の裕福な場所に産まれたおかげで何不自由なく育った。確かその終わりは何かの事故だった気がするが、よく覚えていない。若くして死んだはずが……気付けばそこはビックリ、異世界だった。
第二生は前世とは正反対。魔法というとんでもない歴史によって構築され、貧富の差がアホみたいに激しい世界。オレを産んだせいで母は体調を崩して亡くなったらしくその後は孤児院にいたが、あまりに酷い暮らしに嫌気がさして逃亡。スラムで前世では絶対やらなかったような悪さもしながら、なんとか生きていた。
そんな暮らしの終わりは、とある富裕層らしき連中の騒ぎに関わってしまったこと。不敬罪でとっ捕まらないために背を向けて逃げ出したオレに、彼はこう叫んだ。
『待て、そこの下民っ!! そうだ、そこの少し小綺麗な黒い容姿の、お前だお前!』
金髪縦ロールにド派手な紫色の服。装飾品をジャラジャラと身に付け、靴なんて全然汚れてないし擦り減ってもいない。まさにお貴族様……そう、貴族やら王族がこの世界にも存在した。
『貴様のような虫ケラ、本来なら僕に背を向けるなどと斬首ものだ。しかし、僕は寛大だ!!
許す。喜べ、貴様を今日から王族である僕の傍に置いてやろう!』
そいつはバカだった。しかし、なんと王族でもあった。
王族という権力を振り翳し、盾にするヤバい奴。嫌味ったらしい口調に人をすぐにバカにする。気に入らない奴は全員斬首。
『ぼ、僕に向かってなんたる失礼な態度っ……!! 今すぐ首をっ』
『殿下ったら大変です、向こうで殿下のお好きな竜種が飛んでいた気がします。すぐに外に出て見に行きませんとー』
『なにっ!? 本当か、タタラ! こうしては居られぬ、すぐに連れて行け!』
しかし、オレは彼に拾われた。
どんなに嫌な奴でも、どんなに周りに嫌われていっても、彼はどうしようもない恩人だった。だからせめて多少の恩を返してから逃げ出そうと思っていたのに、事態はどんどん最悪な展開を迎えて行く。
気に入らなければ即断罪。意中の騎士に全く好かれずよく暴走するバカ王子。果ては王都にまで及ぶ危険。命の危機など日常的に!
しかし、一緒にいればいるほど惹かれてしまう気持ちは……ただの忠誠心なのか?
スラム出身、第十一王子の守護魔導師。
これは運命によってもたらされた出会い。唯一の魔法を駆使しながら、タタラは今日も今日とてワガママ王子の手綱を引きながら平凡な生活に焦がれている。
※BL作品
恋愛要素は前半皆無。戦闘描写等多数。健全すぎる、健全すぎて怪しいけどこれはBLです。
.

物語なんかじゃない
mahiro
BL
あの日、俺は知った。
俺は彼等に良いように使われ、用が済んだら捨てられる存在であると。
それから数百年後。
俺は転生し、ひとり旅に出ていた。
あてもなくただ、村を点々とする毎日であったのだが、とある人物に遭遇しその日々が変わることとなり………?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる