その男、有能につき……

大和撫子

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第七十九話

四面楚歌、剣ヶ峰……手立て無し! されど起死回生なるか?!・中編

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「……素敵。やっと手に入ったのね……」

 恍惚とした……いや、最早狂気の眼差しで見ながら俺の体を拭き取る変態女。俺の上体を起こして後ろから支えているアルフォンス。
 もう、自分の力では体を動かす事も敵わない為、されるがままにするしか手立てはない。今は、大人しくグッタリとしている姿を愛でたいとかで、呼吸も普通に出来る状態にされている。

「本当、蝋燭みたいに青白く透き通る肌って素敵……腕なんか細くて折れそうだし……」

 常軌を逸した言動にゾッとしながらも、頭の中では必死にアイテムたちに呼び掛けていた。フォルスは、打ち合わせ通り俺が頼んだ人にSOSを求めている筈だ。更にフォルスには、アグラの盾のペンダントに刻み込まれている守護神の一つ……水星の守護神でもあるヘルメスも共につけた。コミュニケーションと商才に長け、神々や人、精霊などの種族を越えて自由に行き来できるフットワークの軽さから、俺が今どこにいるか、居場所も突き止めてくれる筈だと感じたからだ。だが、それには俺の意識がハッキリしている内に、明確な意思を持って呼び掛けないと。

 どこに幽閉されているか俺自身が分からない今、精霊使いとしても魔術師としても初心者の俺には、精霊や神自らが自己判断して見つけ出して貰えるほどの術も無ければ密なコミュニケーションも取れていない。この変態二人も馬鹿じゃないから、幽閉場所は絶対に見つからないように複雑な術を施している筈だ。

 ……気持チデ負ケルナ、諦メナイ強イ意思ヲ持テ……

 という天使のアドバイスを思い出したのだ。言わば、少年漫画の定番のように勝利を信じて諦めない精神が必要という事だ。強力なアドレナリンが分泌され、かつ、今は通常に呼吸が出来る今がチャンスなのだ。俺の居場所を知らせ、そのサインをキャッチして助け出しに来てくれると信じて……

 皮肉な事に、アルフォンスの

 『……そのペンダント、余程気になるようだね。取ろうとしたけど、それだけは触れようとしただけで弾かれちまうんだ。相当、強力な結界が張られてるみたいだね。僕の分析力を持ってしても解析解除不可能だ。ま、それがあったからって形成逆転になんぞならんけどな』

 という台詞が、一度は諦めて死を受け入れようとした俺を奮い立たせたんだけどな。

「白いバスローブも、色っぽくて素敵だわ。さ、ベッドに運びましょう。この子専用のお部屋を用意したの」

 体と髪を拭き取った後、二人がかりでバスローブを着せられた。変態女の誘導の元、アルフォンスが俺を抱き上げて移動していく。こんな小柄で華奢な奴に軽々と抱き上げられるくらいに痩せ細っちまったのか。背は俺の方が遥かに高い筈なのに……。けれども、喀血し過ぎて血が足りなくなったせいか、酷い眩暈と吐き気、頭痛で目を開ける事すら出来ない。更に、異常な眠気が襲って来ている。恐らく、このまま睡魔に身を任せたら死に直結するだろう。

「ここよ。白い壁に白い床、白い天井に白いベッド。窓は無いけど飾りの窓に白いカーテン、白い布団……。病み衰えた美少年が、激しい咳の末で大量の喀血でバスローブも、布団も、床も鮮血に染めるの。ね? アル。想像しただけでゾクゾクするほど素敵でしょう?」

 俺をベッドに寝かせるアルフォンスに、変態女が恍惚として話しかける。おのれ、狂女め……

「ええ、純白に鮮血はさぞ映えるでしょう。ですがクレメンス様、こやつ、いささか血を失い過ぎて危険な状態です。少し寝かせて、同時に栄養を補給させないといけません」
「あらぁ、残念。まぁ、死んでしまっては元も子もないし。仕方無いわね。任せるわ」
「有り難き幸せ」

 生かすも殺すも、こいつらの思うがままというのは許し難いが、今は睡眠と栄養補給というのは有り難い。何だか体の中からポカポカして来たようだ。薄っすらと目を開ける。両手の平を俺の胸の前に翳しているアルフォンスの姿があった。手の平からクリアレッドの光が溢れ、俺の体全体を包み込むように光の膜が張られている。

「これで、一晩寝かせたら明日からまた弄れますよ」
 
 クソ、面従腹背め……だが、今は大人しく寝ているふりをした方が得策だ。

「楽しみにしとくわ。でも、こうして衰弱して眠っている姿も萌えるわぁ」

 と、俺の頭を撫でる感触。変態女め、好き勝手にしやがって……あぁ、眠い……でも、この二人の会話から情報収集しないと……

「失礼するよ」

 半分寝かけたその時、遠慮がちに話しかける男の声がした。誰だ? いきなり……。薄っすらと目を開ける。

「あら、あなた……」
「これはこれは、陛下。わざわざご足労頂きまして恐縮でございます。言って頂けましたら、お迎えにあがりましたのに……」

 気の無さそうに返事をする変態女に、慌てて跪くアルフォンスの姿。そして、彼らの視線の先には……国王陛下が立っていた。これは、もしや……にわかに鼓動が弾み出す。だが、ここは眠っているふりが妥当だろう。

「いや、どうしても今すぐ様子を見て来い、エライ剣幕で、その……ラディウスに言われてな」

 あぁ、やはり。王子……あなたも今必死で戦ってらっしゃるのですね。目頭が熱くなる。王子も今、俺を救い出す為に総力をあげているのだ。その事実が知れた、それだけで勇気が湧く。

「まぁ、あの子に? それで?」

 不服そうな変態女に、狼狽えるアルフォンス。アルフォンスめ、王子とも上手くやろうとするあたり、典型的な面従腹背、腹黒だ。

「恐らく、その子……惟光が監禁されている筈だから、すぐに救い出して来い、と。一緒に行くとまで言い出してな」
「ええ!? それで?」
「一先ずなだめて、わし単独で様子を見に行く事にしたんだ」
「さすが、あなた! 素敵よぉ」
 
 と王にしなだれかかる変態女。

「いやぁ、そなたの楽しみを奪うことなんか出来ないし、かと言ってあの子の願いを無下にも出来ないからな」

 鼻の下を伸ばしてデレデレする国王。駄目だ、こりゃ。話にならん。

 正直言って、国王陛下が乗り込んで来るとは思わなかったし、何よりも助け出してくれるなんて全く期待はしていなかったが……。こうも不抜けだと蹴りをくれたくなる。薄眼を開けて見ているのも馬鹿馬鹿しくて、目を閉じて会話だけ聞いている事にした。

 いや、待てよ? 今は、俺が衰弱していて無抵抗だと油断しているあいつらだけど、アルの奴は変身出来る上に王子の毒味役からクレメンスの情夫(多分、いいや、下僕か)までソツなくこなすコウモリ男だ。俺が聞き耳を立てて抵抗している事に気付かれちまうかもしれない。何らかの対策を立てておかないと。

……あらゆる健康、あらゆる危険からの保護、成功、拡大、発展を司る木星。影響力ある人の支持を獲得、成功と評判をもたらすと言われる太陽のマークを入れた……

 アグラの盾のペンダントに刻み込んだマークについて、王子の説明が思い起こされる。残るは木星、守護神はジュピターと太陽、守護神はアポロだ。そして五芒星か。今も強力な結界が張られているペンダントだ。きっと、力を貸してくれる筈だ!
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