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第七十八話
絶望の淵
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ゴボゴボッゲボ……意識が少しずつ浮上していく。あぁ……何だか陸にいる筈なのに、水の中にいるみたいだ……呼吸がしたくても、肺が自分の血に溺れて激痛と血の絡んだ咳しか出ない……
「……ふふふ、ホント、よくやったわ。アルフォンス」
「光栄に存じます」
女の声とアルフォンスの談笑。
「周りのガードと、本人のガードでなかなか隙がなくて。今回を逃したら殆ど手が出せなくなりますから。バレずに安全に事を運ぶには、まさにこの度がラストチャンスでした」
くそっ、アルフォンスめ。得意気に話しやがって。ゴボゴボ……グッ、口から血が溢れ出る。こんなに苦しいのに、どうして意識を取り戻したりしたんだ。苦痛のあまり胸を掻きむしりたくても、両手首が鎖に繋がれて身動きが取れない。薄っすらと目を開ける。あちこち血に汚れた白い着物。着替えさせたのか……。もう、どうでもいい。苦しくて仕方無いからこのまま意識よ、飛んでくれ……。そう思うのに、意識だけはハッキリして来る。頭は冷たく感じるくらい冴えて……
「意識を取り戻したようです」
「あら、あらあら……」
アルフォンスと、嬉しそうに声を弾ませる女の声。こっちに来る。いよいよ、俺をこんな風にした黒幕が……。床も、天井も壁も、真っ白な八畳くらいの部屋だ。入口は鉄格子……鎖で繋がれた両腕が天井から吊るされているだけで、殺風景な部屋だ。監禁されているのか。来た、入り口の鉄格子を開けるアルフォンスと、その後ろに、白いフリルがゴテゴテについたふんわりしたピンクのドレスが見える……。
「おーやおや、お目覚めかい?」
白々しい……アルフォンスめ、やっぱり第一印象のまま腹黒だったか。ゴボゲボッガハッ……クッ。また、口から溢れ出る鮮血が、白い床に滴る。もういい加減、意識が飛んでくれないと激痛と苦しさで気が狂いそうだ……
「あらぁ。やっぱり血を吐くのなら鮮血が映えるわぁ! 白い部屋にして正解ね」
な、なんだこの女?! 喜々として声を弾ませやがって。タンポポ色の髪をアップスタイルにして、ピンクの薔薇の花冠を被った若そうに見える女。屈み込んで俺の顎に右手を伸ばす。そして俺の顔をとくと見るようにして軽く顎を引き上げた。菫色の大きな瞳……こんな状況でなければ、不覚にも花の女神のように美しい女だと感じたかもしれない。胸が耐え難いほどの痛みと苦しさでおかしくなりそうなのに、意識が鮮明なのはまさに生き地獄だ。
「凄く、苦しいでしょ? 病み衰えた美少年……素敵よ……」
ゾクッと背筋が寒く感じた。恍惚として俺を見つめるこの女、絶対におかしい!
「蝋燭みたいな青い肌に痩せ細った体。白い着物にしどけなくはだけた胸。両手が鎖で拘束されて、後ろに緩くまとめた長い黒髪が解れて……喀血する姿、ゾクゾクするほど色気があって素敵だわぁ。やっぱり、胃や腸からの吐血だとどす黒いから。鮮やかな深紅の喀血が映えるわぁ……」
女はアルフォンスを振り返る。
「ね、アル。この子、あんまり咳き込まないで喀血だけ口から流れているわ。苦しそうにゼイゼイヒューヒュー肺から音がしてるみたいだけど……」
な……何を言ってるんだ? この女?
「この男は、最早咳込めるほどの体力も無いのですよ。体も、何よりも気管支も肺も、弱り過ぎてしまって」
面白そうに答えるアルフォンス。二人とも、何を言ってるんだ?
「あらぁ。やっぱり、肺が破れそうなほど咳き込まないと、萌えないわぁ」
も、萌え??? ま、まさかこの女……
「なるほど、激しく咳き込んだ挙句の喀血が見たいと?」
稀にいる……咳、喀血フェチ……なのか?!
「ええ。せっかく念願の生で見られるのよ? この目で間近で見られるんですもの。少しばかりの喀血じゃ萌えないわ」
や、やはり……
「承知致しました。少し回復させて、激しく咳き込ませてみましょう」
「宜しくね、アル。あぁ……なんてワクワクするのかしらぁ」
そんなやり取りをして、女は後ろに下がり、アルフォンスが俺の前に屈み込んだ。
「悪く思うなよ? 殺しはしないさ。クレメンス様が満足されるまではな」
ニヤリと笑いつつ、右手を俺の胸に翳す。クレメンス? まさか、王子の……
「ほら、呼吸が出来るようになったろう?」
と囁く。あぁ、やっと空気が取り込める。そして溜まった二酸化炭素を吐き出せる……
「さて、せいぜいクレメンス様を楽しませな!」
と、強く胸を突いた。途端に、ゴホッ! ゴホゴホゴホッゲホッ……噴き出すように激しい咳の発作が起こる。
「ほほほほ、もっと、もっとよ!」
嬉しそうに笑い、歓声を上げる女。残虐な笑みを浮かべて俺を見下ろすアルフォンス。激しい痛みと苦しさに胸を押さえたくても拘束された両手。やがてゴボッと胸の奥から噴き出す鮮血。気を失えば、一時でも苦痛から逃れられるのに、はっきりしたままの意識。それはまさに、絶望の淵……
「……ふふふ、ホント、よくやったわ。アルフォンス」
「光栄に存じます」
女の声とアルフォンスの談笑。
「周りのガードと、本人のガードでなかなか隙がなくて。今回を逃したら殆ど手が出せなくなりますから。バレずに安全に事を運ぶには、まさにこの度がラストチャンスでした」
くそっ、アルフォンスめ。得意気に話しやがって。ゴボゴボ……グッ、口から血が溢れ出る。こんなに苦しいのに、どうして意識を取り戻したりしたんだ。苦痛のあまり胸を掻きむしりたくても、両手首が鎖に繋がれて身動きが取れない。薄っすらと目を開ける。あちこち血に汚れた白い着物。着替えさせたのか……。もう、どうでもいい。苦しくて仕方無いからこのまま意識よ、飛んでくれ……。そう思うのに、意識だけはハッキリして来る。頭は冷たく感じるくらい冴えて……
「意識を取り戻したようです」
「あら、あらあら……」
アルフォンスと、嬉しそうに声を弾ませる女の声。こっちに来る。いよいよ、俺をこんな風にした黒幕が……。床も、天井も壁も、真っ白な八畳くらいの部屋だ。入口は鉄格子……鎖で繋がれた両腕が天井から吊るされているだけで、殺風景な部屋だ。監禁されているのか。来た、入り口の鉄格子を開けるアルフォンスと、その後ろに、白いフリルがゴテゴテについたふんわりしたピンクのドレスが見える……。
「おーやおや、お目覚めかい?」
白々しい……アルフォンスめ、やっぱり第一印象のまま腹黒だったか。ゴボゲボッガハッ……クッ。また、口から溢れ出る鮮血が、白い床に滴る。もういい加減、意識が飛んでくれないと激痛と苦しさで気が狂いそうだ……
「あらぁ。やっぱり血を吐くのなら鮮血が映えるわぁ! 白い部屋にして正解ね」
な、なんだこの女?! 喜々として声を弾ませやがって。タンポポ色の髪をアップスタイルにして、ピンクの薔薇の花冠を被った若そうに見える女。屈み込んで俺の顎に右手を伸ばす。そして俺の顔をとくと見るようにして軽く顎を引き上げた。菫色の大きな瞳……こんな状況でなければ、不覚にも花の女神のように美しい女だと感じたかもしれない。胸が耐え難いほどの痛みと苦しさでおかしくなりそうなのに、意識が鮮明なのはまさに生き地獄だ。
「凄く、苦しいでしょ? 病み衰えた美少年……素敵よ……」
ゾクッと背筋が寒く感じた。恍惚として俺を見つめるこの女、絶対におかしい!
「蝋燭みたいな青い肌に痩せ細った体。白い着物にしどけなくはだけた胸。両手が鎖で拘束されて、後ろに緩くまとめた長い黒髪が解れて……喀血する姿、ゾクゾクするほど色気があって素敵だわぁ。やっぱり、胃や腸からの吐血だとどす黒いから。鮮やかな深紅の喀血が映えるわぁ……」
女はアルフォンスを振り返る。
「ね、アル。この子、あんまり咳き込まないで喀血だけ口から流れているわ。苦しそうにゼイゼイヒューヒュー肺から音がしてるみたいだけど……」
な……何を言ってるんだ? この女?
「この男は、最早咳込めるほどの体力も無いのですよ。体も、何よりも気管支も肺も、弱り過ぎてしまって」
面白そうに答えるアルフォンス。二人とも、何を言ってるんだ?
「あらぁ。やっぱり、肺が破れそうなほど咳き込まないと、萌えないわぁ」
も、萌え??? ま、まさかこの女……
「なるほど、激しく咳き込んだ挙句の喀血が見たいと?」
稀にいる……咳、喀血フェチ……なのか?!
「ええ。せっかく念願の生で見られるのよ? この目で間近で見られるんですもの。少しばかりの喀血じゃ萌えないわ」
や、やはり……
「承知致しました。少し回復させて、激しく咳き込ませてみましょう」
「宜しくね、アル。あぁ……なんてワクワクするのかしらぁ」
そんなやり取りをして、女は後ろに下がり、アルフォンスが俺の前に屈み込んだ。
「悪く思うなよ? 殺しはしないさ。クレメンス様が満足されるまではな」
ニヤリと笑いつつ、右手を俺の胸に翳す。クレメンス? まさか、王子の……
「ほら、呼吸が出来るようになったろう?」
と囁く。あぁ、やっと空気が取り込める。そして溜まった二酸化炭素を吐き出せる……
「さて、せいぜいクレメンス様を楽しませな!」
と、強く胸を突いた。途端に、ゴホッ! ゴホゴホゴホッゲホッ……噴き出すように激しい咳の発作が起こる。
「ほほほほ、もっと、もっとよ!」
嬉しそうに笑い、歓声を上げる女。残虐な笑みを浮かべて俺を見下ろすアルフォンス。激しい痛みと苦しさに胸を押さえたくても拘束された両手。やがてゴボッと胸の奥から噴き出す鮮血。気を失えば、一時でも苦痛から逃れられるのに、はっきりしたままの意識。それはまさに、絶望の淵……
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