その男、有能につき……

大和撫子

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第六十一話

防御は可能か?! 更に、身を守る為の攻撃は??

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 王子はしばらく考えた後、静かに口を開いた。

「ねぇ、惟光。今ね、無意識に風と土、火を司る根本の精霊たちの中の一体を呼び出したんだ。それが朱雀、玄武、白虎の形に具現化した訳だ。今度は森や湖や光の個体ではなく、植物、水、光、闇の根本を大きく捉えてイメージしてみて」
「はい」

 言われるまま、イメージしてみる。まずは植物だ。何となく密林が浮かんだ。すると、

『おやかた様ー』『おやかた様ー』『おやかた様ー』……と言いながら森の妖精たちが一斉に左側の森を目指して飛び立った。妖精たちの目指す先には、身の丈三メートルはあろうかと思われる大男がゆっくりと近づいて来た。足音が立たないのが不思議なくらいだが、歩いてこちらの近くにやって来て、静かに足を止めた。
 シダや蔦で出来たフード付きのローブに身を包み、深緑色の肌に木の幹のような色の大きな瞳の持ち主だ。よもぎ(多分な)の眉、同じく蓬で出来た立派な顎髭、彫の深い顔立ちは老賢者、という感じか。森の妖精たちは、彼の頭上や背後に嬉しそうに飛び回っている。

 次に、水をイメージしてみる。一言で『水』というと……湧き上がる泉、水の根源が思い浮かんだ。すると湖の中央あたりが波立ち、噴水のように水が吹き出した。同時に、水の妖精たちがそこを目がけて飛んで行った。『ウンディーネ様ぁ』『ウンディーネ様ぁ』『ウンディーネ様ぁ』……と口々に言いながら。
 ウンディーネ、まさに水の精霊か。噴水が少しずつおさまっていき、代わりに出現したのは……身長と同じくらい長い髪は、まさに川のように流れる青い水でできており、ローマ神話に出てくる女神のような白いドレスをまとっている。妖精たちはまるでウンディーネの翼になったかのように、彼女の背後に群れを作って飛んでいる。
 彼女は湖の上を浮くようにして畔までやってきた。透き通るような白い肌に、涼やかな目元は透き通るような淡いブルーで、まるでガラス玉みたいに綺麗だ。ほっそりとした楚々たる美女という感じか。

 次に光をイメージする。単純に太陽が思い浮かんだ。いつも地上に降り注ぐあの光だ。すると、あたりに取り巻いていた虹色の光が帯のように空を舞い、くるくると巻きながら衣装のように形作った。そして瞬時に太陽のようなまばゆい光に包み込まれ、その光は弾けるように霧散した。きらめきを残して現れたのは、虹色のローブに身を包んだ天使、だろうか。太陽のような光の翼を持ち、波打つ長い髪も太陽のように輝いている。それはゆっくりと俺たちの頭上に降り立った。ギリシャ彫刻のような顔だち……まさによく見かける天使の絵画そのままだ。画家や彫刻家たちは、天使が視えたのだろうか。光の天使という印象だ。

 ちょっと、息切れして来たかな……。いや、気のせいだ。さぁ、もうひと踏ん張りだ!

 いよいよ、闇だ。頼むぞ、フォルス。闇のイメージ……書いた字の如く、だよなぁ。あ! 渦を描くように飛んでいたコウモリのシルエットが、ちょうど光の天使の近くに集まり始めたぞ! 何が起こるんだ? シルエットはその場所に集まり切ると、少しずつ縦長になり次第に下に伸びて徐々に龍のかたちをとり始めた。……大きな黒龍のシルエットだ! 立派な髭と二本の長い角、鋭い爪を持つ二本の手を持つ……。サンキューな、フォルス。これで、全部かな……。

 やっぱり、ちょっと疲れたかな。もう息切れがして頭がフラつく。体力無いなぁ……ただイメージしただけじゃんか。息が切れて中腰になって肩で息してるし。何だかなぁ……もう今から体力作り始めた方が良いんじゃないだろうか。

「お疲れ様、惟光。疲れたでしょ? 座って休んでね」

 王子は立ち上がって俺の肩を支える。そのまま抱えるようにして腰をおろすように誘導した。

「すみません、たったこれだけの事で……」

 息切れがして普通に声が出せないや。しっかり背筋を伸ばして一人で座ろうにも、フラフラして支えがないと厳しいみたいだし、ホント情けないなぁ……

「ううん、イメージするのって結構体力使うんだよ。御免ね、もしかしたら倒れちゃうかも、て心配はあったんだけど。惟光が精霊達を全員召喚した時の体調と精神力が現時点でどのくらいか知っておきたかったんだ。精神力は、強靭だね、予想した通り」

 王子は俺の肩を抱いたまま話すと、右の頬を俺の左頬にすりつけた。王子の頬、すべすべしていて気もち良い。自然に口元が綻んで不安が消し飛んで行く。王子はリアンを見て頷いた。リアンも頷いて答えると、傍に近づく。

「ええ、以前から思っていましたが、精神力は誰にも負けませんね。その分、無理をしがちなのは心配ですが」

 申し訳ないっす……なんかそれって、『実力はないけど度胸はあります!』テヘペロ、て奴じゃん。俺じゃん……

「さて、代わらせて頂きますよ」

 リアンはそう断ると、俺を支えるように右手を伸ばした。王子はリアンの右肩に俺の上体を持たれさせると、スッと立ち上がった。そして集まった精霊達一体一体を見ながら話し始めた。

「皆、惟光に呼び出された訳だけれど、今この状態でもし惟光が攻撃されそうになったら守る事は出来るかい?」

 あぁ、裁判の判決を待つ被告ってこんな気分なのかなぁ……

『無論ダ』と玄武、『ソレハ可能ダ』と朱雀、『勿論出来マスワ』とウンディーネ、透明感のある澄んだ声だ。『造作モナイ』と炎に包まれた白虎、『主ヲ守ルノハ当タリ前デアルゾ』と森の老賢者、渋い声だな。そして……

『ソレハ可能ダガ、一時的ナモノダ。長クハ持タナイ。我々ハ主ノ「体力・精神力」ヲ媒体トシテイル為ダ』

 天上より響き渡る、パイプオルガンを思わせるような声。厳かに口を開いたのは光の天使だ。なるほどな……

『ソナタノ聞キタイ事ハ「防御ノ為ノ攻撃ハ可能ナノカ?」デアロウ?」

 コントラバスのように低く深みのある声、黒龍だ。これは、最大に気になる。王子はコクリと頷いた。

『コタエハ、否ダ!』

 黒龍はバッサリと切断するように言った。……やっぱり、駄目か……

 けれども王子は、怯む事も落胆を見せる事もなく、キッと黒龍を見据えている。まさ威風堂々としており、王の器を感じさせた。
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