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第四十八話
真夜中の発作
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風空器は、一見すると小型扇風機みたいだ。色は藍色でシックな感じだ。五段階に切り替えられるスイッチで、①東風②西風③南風④北風⑤偏西風と、風空界の風が楽しめる。童心にかえったように風を切り変えて微妙な違いを楽しむ。まぁ北風は冷たいし、偏西風は気まぐれな感じで分かり易いけど。全ての風は、微かに蓬の香りがしてすがすがしい。
「風に当たり過ぎは体に毒ですよ」
央雅はやんわり辞めるように促す。
「うん、そうだよね」
素直に従う事にした。
「お疲れになったでしょう?」
「うーん、少しだけね」
「今日は早めに眠る事にしましょう。準備が整い次第、レオとノアがやって来ますから。そしたら自分は一旦外に出て来ますね。終わる頃また戻って参ります」
「分かった」
そんなやり取りをしている内に、ドアノックと共に移動式の黒いワゴンにタオルやハーブオイルを乗せて運ぶレオとノアがやって来た。これから二人にオイルエステとやらをして貰うのだ。正直言って非常に照れる。けれども二人からエステを受けてみたい気もちが勝った。蛍光縦ロール頭兄弟とのやり方の違いを知りたかったのだ。いつか王子にオイルエステをして差し上げたくて、その参考の為に受けてみようかな、て。
「では」と言ってすぐに部屋を後にする央雅。「それでは、始めさせて頂きます」と待機するレオとノア。照れくさいけど……「宜しく」とこたえて目を閉じた。やっぱり、服の脱がせ方からしてとても丁寧だ。大切にして貰っているのが伝わる。蛍光縦ロール頭兄弟は腕は一流だったけど、自分の技術に酔って肝心の王子が置き去りに見えた。やっぱり、何をするにしても真心を込めるって大事なんじゃないかな、と思う。
Fergusはしきりに恐縮しっ放しで気の毒になってしまった。他にもセディの世話役はいるだろうけど、毎日ヘトヘトになるのは分かる気がする。けれど、とても将来が楽しみにな子だ。人懐こいし可愛らしい。皆に愛されて伸びやかに育っている。このまま元気で真っすぐに成長して欲しいな。
結局Fergusは一時間ほどでセディを連れて帰っていった。ちょうど、俺の即興物語が終わったところを見計らって。まだ居たい、と駄々をこねていたセディだったけど、Fergusが『まだ惟光様はお体の調子が戻っておられません。これ以上はお体に障ります故、今日はこの辺りでお暇しましょう』と言い含めると、素直に従った。なんだかんだ、しっかりと飴と鞭の使い分けがきっちりなされているのだろう。何にせよ、俺が即興で作った物語をセディが気に入ってくれて良かったと思う。
あ……何だかオイルエステのせいか眠くなって来た……。二人係りでオイルエステ、とっても贅沢だよな……。有り難いなぁ……。
「……様、惟光様」
呼びかけられて目を覚ました。いつの間にかぐっすり眠ってしまったようだ。
「あ、ごめん。すっかり寝入っていたみたいだよ」
「いいえ、それだけ気を許して頂けたという事ですから、私どもも嬉しい限りです」
「少し、お体の疲れが根本から抜けたと思われるので、本日は消化の良い食事をご用意致します。夜は早めに休んでぐっすりとお休み下さい」
「水分はいつもより多めに取られた方が宜しいので、今温かいお飲み物をお持ちしますね」
そんな会話を経て、食べて寝て入浴して。何だか心地良い眠気というか、終始ポーッとしていた感じだ。央雅も食事を一緒にしながら「今夜はゆっくり休むと良いよ。やっと、こっちの世界に慣れて来たんじゃないかな」なんて言われて。傍から見ても眠そうだったんだと思う。だけど、何だか自分がここに居ても良いんだ、て。存在価値を認めて貰った事を実感したというか。ちょっとくすぐったい感じがして。嬉しかったんだ。そんな訳で、夜はもう九時頃には眠ってしまった。
だけど……。ゴホゴホゴホッゲホゴホ……真夜中に激しい咳で目覚める。薄灯りのシャンデリアが仄かに部屋の中を照らしていた。隣のベッドで眠っている筈の央雅が、目が覚めちまったんじゃないかと焦る。良かった、眠っている。コイツ、仕事で明日の朝早いって言ってたから。このまま治まってくれ……。左手で口元をギュッと抑え、極力咳の音が小さくなるように努力する。渡されていた吸入器を取るべくベッドの頭に備え付けられている棚に手を伸ばした。苦しい、苦しい、早く! あっ! しまった! 胸の奥から込み上げるようにしてとめどなく出る咳。早く止めようと焦ったのが拙かったのか、吸入器は右手から滑り落ちコロコロと床に転がって、運悪く央雅の寝ているベッドの近くで止まった。
ゴボゴボゲボッ……咳は益々酷くなる一方で、とてもじゃないけれど拾いには行くのは無理だ。でもこのままじゃ央雅を起こしちまう。苦しい……ゴホッ、耐え切れず大きな咳の音。慌ててて布団の中に潜り込んだ。屈み込んで両手で口元を抑え、なるべく小さい音で咳き込もうと力を振り絞った。苦しい、全然息継ぎが出来ない。溺れたみたいに空気が取り込めない……このまま窒息……しちまうのかな……駄目だ、頭の芯がボーッとしてきた……
バサッ、突如乱暴に取り払われる布団。驚く間もなく央雅に抱き起されると、有無を言わさず口元に吸入器を突き出された。飛びつくようにして受け取ると早速口の中に入れる。けれども咳き込んで上手く吸い込めない。央雅は左手で俺の上体を支え、右手で背中を叩きながら言った。
「慌てる必要は無い。大丈夫、ゆっくりでいい。少しずつで……」
魅惑のバリトンボイスは、確実に癒しの力もあるらしい。半ばパニック状態だった事に気付いた俺は、ほの少しだけ息継ぎが出来るタイミングに気付いた。その時を見計らって吸入器を吸い込む。少しずつ、少しずつ。息苦しい中にも、漸く呼吸が出来るようになって来た。全身が汗でびっしょりな事に気付く。
「今、レオ達に白湯と着替えを用意させる。このままでは風邪を引く」
そう言って、ゆっくりと俺を枕に寄りかからせた。結局、迷惑かけちまったな……
「しゃべるな! 何も言わなくて良い。お前の事だ、俺を起こしたら悪いと思ったんだろう?」
図星だ……力なく微笑む事しか出来ない。もう、さっきの発作で体力を使い果たしちまった。
「だけどな、近くにいるのに声もかけられず一人で苦んでいた姿を見るの、結構傷つくぞ。俺はそんなに信用されていないのか、てな。レオもノアも同じだ。お前の役に立ちたくて仕えているのに声をかけて貰えないなんて。……何でも一人で抱え込むな、少しは俺達を信じて頼ってくれ。下手したら死ぬところだったんだぞ!」
あぁ、そうか。央雅の言葉が、胸に静かに浸透して行く。結局は俺の独りよがりだったんだ……。そんな風に考えた事なかったな。彼の瞳は、俺への怒りと、そして一抹の寂しさを含んでいた。そんな俺の頭に、央雅は右手を伸ばした。殴られる! と目を閉じる。けれども次の瞬間、その手はゆっくりと頭を撫で始めた。顔はプイッと横を向いている。
「間に合って良かった……」
ボソリと呟く彼。彼なりの、俺へのフォローなんだと気付いた。ごめんな……有難うな。
トントントンとドアのノック音。レオとノアだ。
「風に当たり過ぎは体に毒ですよ」
央雅はやんわり辞めるように促す。
「うん、そうだよね」
素直に従う事にした。
「お疲れになったでしょう?」
「うーん、少しだけね」
「今日は早めに眠る事にしましょう。準備が整い次第、レオとノアがやって来ますから。そしたら自分は一旦外に出て来ますね。終わる頃また戻って参ります」
「分かった」
そんなやり取りをしている内に、ドアノックと共に移動式の黒いワゴンにタオルやハーブオイルを乗せて運ぶレオとノアがやって来た。これから二人にオイルエステとやらをして貰うのだ。正直言って非常に照れる。けれども二人からエステを受けてみたい気もちが勝った。蛍光縦ロール頭兄弟とのやり方の違いを知りたかったのだ。いつか王子にオイルエステをして差し上げたくて、その参考の為に受けてみようかな、て。
「では」と言ってすぐに部屋を後にする央雅。「それでは、始めさせて頂きます」と待機するレオとノア。照れくさいけど……「宜しく」とこたえて目を閉じた。やっぱり、服の脱がせ方からしてとても丁寧だ。大切にして貰っているのが伝わる。蛍光縦ロール頭兄弟は腕は一流だったけど、自分の技術に酔って肝心の王子が置き去りに見えた。やっぱり、何をするにしても真心を込めるって大事なんじゃないかな、と思う。
Fergusはしきりに恐縮しっ放しで気の毒になってしまった。他にもセディの世話役はいるだろうけど、毎日ヘトヘトになるのは分かる気がする。けれど、とても将来が楽しみにな子だ。人懐こいし可愛らしい。皆に愛されて伸びやかに育っている。このまま元気で真っすぐに成長して欲しいな。
結局Fergusは一時間ほどでセディを連れて帰っていった。ちょうど、俺の即興物語が終わったところを見計らって。まだ居たい、と駄々をこねていたセディだったけど、Fergusが『まだ惟光様はお体の調子が戻っておられません。これ以上はお体に障ります故、今日はこの辺りでお暇しましょう』と言い含めると、素直に従った。なんだかんだ、しっかりと飴と鞭の使い分けがきっちりなされているのだろう。何にせよ、俺が即興で作った物語をセディが気に入ってくれて良かったと思う。
あ……何だかオイルエステのせいか眠くなって来た……。二人係りでオイルエステ、とっても贅沢だよな……。有り難いなぁ……。
「……様、惟光様」
呼びかけられて目を覚ました。いつの間にかぐっすり眠ってしまったようだ。
「あ、ごめん。すっかり寝入っていたみたいだよ」
「いいえ、それだけ気を許して頂けたという事ですから、私どもも嬉しい限りです」
「少し、お体の疲れが根本から抜けたと思われるので、本日は消化の良い食事をご用意致します。夜は早めに休んでぐっすりとお休み下さい」
「水分はいつもより多めに取られた方が宜しいので、今温かいお飲み物をお持ちしますね」
そんな会話を経て、食べて寝て入浴して。何だか心地良い眠気というか、終始ポーッとしていた感じだ。央雅も食事を一緒にしながら「今夜はゆっくり休むと良いよ。やっと、こっちの世界に慣れて来たんじゃないかな」なんて言われて。傍から見ても眠そうだったんだと思う。だけど、何だか自分がここに居ても良いんだ、て。存在価値を認めて貰った事を実感したというか。ちょっとくすぐったい感じがして。嬉しかったんだ。そんな訳で、夜はもう九時頃には眠ってしまった。
だけど……。ゴホゴホゴホッゲホゴホ……真夜中に激しい咳で目覚める。薄灯りのシャンデリアが仄かに部屋の中を照らしていた。隣のベッドで眠っている筈の央雅が、目が覚めちまったんじゃないかと焦る。良かった、眠っている。コイツ、仕事で明日の朝早いって言ってたから。このまま治まってくれ……。左手で口元をギュッと抑え、極力咳の音が小さくなるように努力する。渡されていた吸入器を取るべくベッドの頭に備え付けられている棚に手を伸ばした。苦しい、苦しい、早く! あっ! しまった! 胸の奥から込み上げるようにしてとめどなく出る咳。早く止めようと焦ったのが拙かったのか、吸入器は右手から滑り落ちコロコロと床に転がって、運悪く央雅の寝ているベッドの近くで止まった。
ゴボゴボゲボッ……咳は益々酷くなる一方で、とてもじゃないけれど拾いには行くのは無理だ。でもこのままじゃ央雅を起こしちまう。苦しい……ゴホッ、耐え切れず大きな咳の音。慌ててて布団の中に潜り込んだ。屈み込んで両手で口元を抑え、なるべく小さい音で咳き込もうと力を振り絞った。苦しい、全然息継ぎが出来ない。溺れたみたいに空気が取り込めない……このまま窒息……しちまうのかな……駄目だ、頭の芯がボーッとしてきた……
バサッ、突如乱暴に取り払われる布団。驚く間もなく央雅に抱き起されると、有無を言わさず口元に吸入器を突き出された。飛びつくようにして受け取ると早速口の中に入れる。けれども咳き込んで上手く吸い込めない。央雅は左手で俺の上体を支え、右手で背中を叩きながら言った。
「慌てる必要は無い。大丈夫、ゆっくりでいい。少しずつで……」
魅惑のバリトンボイスは、確実に癒しの力もあるらしい。半ばパニック状態だった事に気付いた俺は、ほの少しだけ息継ぎが出来るタイミングに気付いた。その時を見計らって吸入器を吸い込む。少しずつ、少しずつ。息苦しい中にも、漸く呼吸が出来るようになって来た。全身が汗でびっしょりな事に気付く。
「今、レオ達に白湯と着替えを用意させる。このままでは風邪を引く」
そう言って、ゆっくりと俺を枕に寄りかからせた。結局、迷惑かけちまったな……
「しゃべるな! 何も言わなくて良い。お前の事だ、俺を起こしたら悪いと思ったんだろう?」
図星だ……力なく微笑む事しか出来ない。もう、さっきの発作で体力を使い果たしちまった。
「だけどな、近くにいるのに声もかけられず一人で苦んでいた姿を見るの、結構傷つくぞ。俺はそんなに信用されていないのか、てな。レオもノアも同じだ。お前の役に立ちたくて仕えているのに声をかけて貰えないなんて。……何でも一人で抱え込むな、少しは俺達を信じて頼ってくれ。下手したら死ぬところだったんだぞ!」
あぁ、そうか。央雅の言葉が、胸に静かに浸透して行く。結局は俺の独りよがりだったんだ……。そんな風に考えた事なかったな。彼の瞳は、俺への怒りと、そして一抹の寂しさを含んでいた。そんな俺の頭に、央雅は右手を伸ばした。殴られる! と目を閉じる。けれども次の瞬間、その手はゆっくりと頭を撫で始めた。顔はプイッと横を向いている。
「間に合って良かった……」
ボソリと呟く彼。彼なりの、俺へのフォローなんだと気付いた。ごめんな……有難うな。
トントントンとドアのノック音。レオとノアだ。
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