その男、有能につき……

大和撫子

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第四十一話

異世界の異界? 異界の異世界?? 後編

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 その時、セディが着物越しに『オーロラの涙』に触れた。キャッキャとはしゃぎながら。そうだ、この子を無事に保護者の元へ送り届けないと。沢山の愛情をかけられて育まれている子だ、きっと保護者は死ぬほど心配している。この勝負、負ける訳には行かねーぞ!

 落ち着け、『バフォメット』は悪魔崇拝を代表するイメージだけど、その実歴史は意外に浅いんだ、確か。それに、悪魔や妖魔に弱みを見せたらいけなんだったな。怯むな! 強気で行け! キッと『バフォメット』を見据えた。虚ろな闇色の双眸はブラックホールのようで、少しでも気を抜くと吸い込まれちまいそうだ。

「お言葉ですが!」

 腹の底から声を出せ。演劇部の青春小説を書きたくて。少しだけかじった舞台俳優の基礎を思い出せ。我ながらよく通る声だ。魔物たちは驚いて俺に注目する。そうだ、それでいい。

「皆様、私の事を信じられないとおっしゃっているご様子ですが、皆様ほどのお力なら私の嘘などいとも簡単に見抜ける筈では?」

 途端にざわつく。望むところだ。

「更に言えば、私に聞かずともこちらの世界に迷い込んでしまった原因など簡単に判明してしまうのではないでしょうか。はっきりと言ってしまえば、私の方が教えて頂きたいくらいです。一体どのようになっているのでしょうか?」

……何? 挑発してるの?……
……生意気な!……
……やっちまおうぜっ!……

 うーん、短気短絡的というか。そういう意味では、シンプルに見えて複雑な人間の方が悪に近いのかもしれないなぁ。さて、頃合いかな。あまり長引かせて本気で向かって来られても困るからな。

「皆さまの先程からの反応を見て尚更思うのですが、私に知られたら拙い事でもあるのですか?」

 さらにざわつく魔物たち。だけど、中には絶対気骨のある奴がいる筈だ。

「ワッハッハッハッハッ」

 突如豪快に笑い声をあげるバフォメットに、その場の全員が何事かと注目した。

「吹けば飛ぶような弱々しい見掛けによらず、案外度胸あるなぁ。我らと対等に渡り合おうってか?」

 弱々しい……そうか、そう見えるよなぁ……

「恐れ入ります」

 内心で苦笑しつつも、と丁寧に頭を下げる。うん、だって『はったり』だもんな。

「まぁ、そうだな。お主の言う通り。わしらの力を持ってしたら真実を見抜く事などたやすいさ。では、何故それをしないかというと、見抜けるのはあくまでその対象となる者が自己一致している時のみだ。そう単純明快な人間ばかりでは無いというのはお主もよく分かっておろう」
「はい」
 
 あぁ、何となく分かる……

「人間というのは実に単純に見えて複雑怪奇でな。強い憧れの感情と共に嫉妬と憎悪、深い愛情と共に蹂躙支配欲求、などなど……相反する感情が複雑に絡み合っていて尚且つ本人にもそれがよく分かっていない。だから我々の力を持ってしてもその者のまことの心を見抜くのは難しいのさ。ま、格好つけて万能であるかのように見せてるだけっていうこった」

 やはり、そうか……

「更にお主の疑問に答えよう。我らは今回新たに魔術アイテムを開発してな。それが成功したんで、皆で祝っていた訳さ。何らかの方法で情報を得て、そのアイテムを狙ってお前がやって来たんじゃねーかと疑っていた訳よ。今までにも物質界の人間絡みでそんな例があったもんでな。アイテムを狙って来たのか偶然来た時に知ったかは知らんがな。ガキの方はともかくな。ま、大方たまたま異界の扉が開いた瞬間にガキとお主が居合わせた、てとこだろう」
「バフォメット、赤裸々にそのような事……」
「良いではないか。この者は何一つ嘘は言ってない。物質界からあの世界へ転移して来たって事は、物質界じゃ生き難かったんだと思うぞ、つまり純粋で優し過ぎたって事だ。相反する感情が複雑に絡み合ってる事も分かっているみたいだしな。因みに、我らのいう魔術アイテムというのは、神が作り上げた人間を自らの意思で堕落かつ自滅へと向かわせる系のアイテムさ。言わば神への復讐というか挑戦、てやつさ」

 バフォメットの左隣にいた魔物が、抗議の声をあげる。全身が深緑の獰猛そうなオーク、という感じか。けれどもバフォメットは軽く遮り退けた。

「聡明なお主の事だ。ここでの事は、例えどれほど深く愛情を捧げる相手が居たとしても他言無用である事は分かっているだろう?」

 出た! 一見優し気な言葉、しかしその言葉の裏には『約束破ったら命はねーぞ』ていう真実が隠れてるっていう……

「はい! 勿論でございます」

 バフォメットの目を真っすぐに見つめ、しっかりと答えた。そのアイテムが具体的に何なのか気になるけど、知らない方が幸せだろうな、きっと。人間自らの意思で堕落&自滅に導く代物なんて恐ろしくて。

……信用出来るかしら?……
……あたしなんてそれで別れないといけなくなったのよ?……
……雪女んとこはそうだったなぁ……
……俺なんて豆に変化させられて食われちまったんだぞ! あの後元に戻るのどれだけ大変だったか……

 あらら、なんだかあっちの世界の昔話が語られているような……信用されてないなぁ、人間。

「さてさて、どうしましょうかねぇ?」

 これまで沈黙を貫いていた山羊男はそう声を張り、一同に問いかけた。

……人間は嘘つきだしなぁ……
……土壇場で裏切るよね……

 そんな人間ばかりじゃないです! と言いたいところだけど、実際、狡賢い奴の方が生き易い世の中だったもんなぁ。

「良い案がありますよ」

 先頭の一番右端に座っていた男が、物静かながらもよく通る声でそう言って立ち上がった。上品な物腰の……道化師? だろうか? もじゃもじゃの赤毛に派手なオレンジのトンガリ帽子、真っ白な化粧、真っ赤に避けた唇、ピンポンボール大の赤い丸玉が鼻の頭についている。目の周りには赤い隈取りがされていて、素顔は不明だ。襟巻トカゲみたいな大きなオレンジ色の襟、ピエロが着そうな黄色いダボダボの衣装を身に纏っている。

「初めまして。私は『メフィストフェレス』と申します。あなたが元居た世界では『ゲーテ』の描いた『ファウスト』でお馴染みでしょうか?」

 一同が注目する中、彼はそう言って執事が主人に挨拶するように片足を引いて丁寧に頭を下げた。あぁ、あの策士メフィストフェレスか……て、あれ実話だったんかーーーい!!!

「はい、存じ上げております。極めて紳士的な悪魔様だと認識しております」

 だが落ち着いて対応する。で、その良い案って何だ? ちょっと、怖いなー……。

 彼は言葉を続けた。

「ただ一方的に約束だけしてお返ししたのではフェアじゃない。やっぱり我ら魔族の意地と誇りをかけてそれに見合う代償もこちらがお支払いしませんと。このままでは毛嫌いしている物質界の人間どもと変わらなくなってしまいます」

……言われてみれば、確かに……
……そうだなぁ……

 お! いいぞいいぞ!

「では、何を差し上げましょうか?」


 山羊男が淡々と問いかけた。皆、再びメフィストフェレスに注目する。彼はニタリと笑った。いや、実際には軽く笑みを浮かべただけなんだろうけど、分厚く真っ赤に裂けた唇だとそう見えるんだ。正直、ゾッとした。

「この方に、本日の祭りの元である魔術アイテムを差し上げれば良いんですよ。こちらは極めて使いこなすのは難しいアイテムですし、この方なら悪用しないでしょうからね」

……そりゃ駄目だろう!……
……何言ってるんだ!……

 途端に場は大いに荒れ、怒号飛び交う。そりゃそうだ、俺だってびっくりだ! どうなるんだ? これ……
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