その男、有能につき……

大和撫子

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第四十一話

異世界の異界? 異界の異世界?? 前編

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「なぁに、病気なの? 咳、煩いわねぇ」

 あからさまに不機嫌そうな女の声が群衆の方より響く。

「だけど仮病じゃないみたいだし、そのままじゃ話も出来ないだろ」

 今度は男の落ち着き払った声。その間ずっと、セディは「にいたん、にいたん」と一生懸命に肩を叩いている。

……ごめん、俺、もう……

 激しい咳で息もつけず、酸欠で意識が飛びそうだ。もう、体の感覚がなくなって来た。

「確かに、正論ですね。このままでは会話は出来ぬ上に、祭りの席で異界の者の病気による死者は出したくない」

 背後から山羊男の声……にわかにパンパンパンと三回手拍子の音。ん? あれ? 咳が止まった。嘘みたいに呼吸が普通に出来る。まずは上体を起こしてセディに笑顔を向け、頭を……いや、頭を撫でるのは避けた方が良いな。以前、頭は神聖な場所だから親でも触れない、という民族がある話を聞いた事がある……背中をトントン軽く叩き、「ありがとな、セディ」と声をかけた。パッと輝くような笑顔を見せる。あぁ、この子は生まれて来ただけで無条件に愛され、大切に育てられてきてるんだな……。

「コホン」

 背後より山羊男がわざとらしく咳払いをする。やべっ、お礼を言う相手を間違えてませんか? てか? 慌てて立ち上がって山羊男に向き合った。体が軽くて腹の底から力がみなぎる。これは有り難い。

「有難うございました」

 と丁寧にお辞儀をした。先手必勝! 恩を着せられる前にしっかりと礼を述べよ! 借りは出来れば作りたくない。

「あ、いえ。あのままでは会話も出来ませんから。大した事はしていませんよ。制限時間はざっと一時間ほどです。それを過ぎればどっと反動が来ますんでね」

 うわぁ、症状を取り除いただけじゃなくて一時的に抑えただけだったのかぁ、さすが魔物だ……甘かった……

「なるほど、一時間も猶予を与えて下さったのですね。有難うございます」

 だが、チャンスでもある。逃すもんか! リアン達を早く自責の念から解放してやらないと。それに、それに……王子にも会いたいだもん。このまま会えないなんて絶対に嫌だ! それにしてもこの山羊男、少しおねぇキャラ入ってるかもしれん。ここだけの話だけど。

「ほほう、そう来ましたか」

 山羊男は意外そうに言った。セディが右袖を引っ張っている。どうした、さすがに不安に……なってねーな。嬉しそうに「だっこ」と両手を広げてるし。はいはい、素直に抱き上げる。皆心配している。一緒に戻ろうな、セディ。さて、いざ、勝負!

「では、時間を無駄にしない為にもなんなりとご質問を。こちらに行き着いた経緯は、先ほどお話しした通りです」

 そうだ、何もビクつく必要はない。……怖いけど、怖がったままでは何も変えられない。俺の必殺技『はったり』と、もう一つの必殺技を発動させてやるぞ! 成功するかしないかは……取り合えず今は考えない。

「じゃまず聞くけど、そもそもどうして私たちが視えた訳? ガキはともかく、あんたが視えた、てのがよく分かんないのよ。視えただけじゃなく、この場に入って来ちゃったのがね」

 群衆の方から女の声、さっき不機嫌そうに真っ先に声をあげたヤツかな。声の主を振り返る。腕組みをして偉そうに立つ女の姿があった。腰のあたりまで波打つ黒髪、青い肌、禍々しいほどの赤黒い瞳(王子の澄んだルビーレッドとは大違いだ)に、人を喰らったかのようなぽってりと赤い唇。豊かな胸を露わにして(オイオイ)、黒いロングスカートをはいている。顔立ちや容姿だけみればセクシーな美女と言えるんだろうけど……

「魔女のリリスよ」

 あぁ、魔女か。性愛の女神リリス、本当に居たんだ! 当然のように名乗る彼女。だからしっかりと魔女の目を見てま真っすぐに向き合う。

「リリス様、それは先ほど申し上げた通り、この子を追って来たら炎が見えて。そのままこちらに」
「本当? あんた、物質界の人でしょ? 今まで視えた事とかないの?」
「いいえ、一度も」

 物質界ってのはあっちの世界の事だよな、きっと。リリス、すげー疑ってるし。こっちは訳分からんのに。今度は先頭の右端に座っていた魔物が立ち上がった。例えていうなら身の丈二メートルほどの鶏、だろうか。鶏の頭が三つついている。リリスは相変わらず不服そうに俺を睨みつけていた。

「どの世界に居ても、異界の扉は存在する。普段はぴたりと閉まっていて出入り不可能なのだが。ごくたまに霊的に敏感、または純粋過ぎる魂の持ち主……主に子供が……たまに波長が合って扉を開けてしまう事はある少数だがない事もない。だからこそ、今までそういった兆しが無いのだとしたら、解せないのだ」

 あ、神隠しみたいな感じだろうか。俺も、神隠し……という事になっているだろうけど。落ち着いて理由を説明するあたり、少しは話が通じそうな奴とみた。そいつに真っすぐに向き合う。目を合わせるのは、三つの内一番真ん中の顔で良いかな。

「ですが、本当に申し上げた通りなのです。逆にお訪ねする事をお許し下さい。自分がこの世界に来たら何か拙い事でもあるのでしょうか?」

 一瞬にしてざわつく。まさか、地雷だったか? いや、でもこれを知らないと交渉出来ない。さて、どう出る?

……ホントに知らないのかしら?……
……わかんねーぞ、カマトトぶって上前をはねようとするのが物質界の人間の特徴だしなぁ……
……奴らは我々悪魔・妖魔を凌駕するほど腹黒いの居るからなぁ……
……でもあの子、物資界から転移して来たみたいじゃない?……

 静かに耳傾けていると、そんな感じで騒いでいるようだ。それにしても、物質界の人間の事毛嫌いしてねーか?

……やっぱり狙って来てるんじゃないかね?……
……あたいもそー思う……

 何だ? なんか盗まれたら困るものでもあんのか? もっと落ち着いて聞いてみよう。突破口はいくつあっても良いもんな。

……もうメンドクセ―から皆で食っちまおうぜ。子供もろとも……
……そーだ、後片もなく食っちまって証拠を残さなけりゃいい……
 
 何? それは勘弁、食われてなるもんか!

「あーもう議論するまでもない。我らに生贄として捧げる事にしちまえばいいだろう」

 その地を這うような低い声に、一同はシーンとなった。群衆の一番後ろの中央辺りに立ち上がった大柄な二足歩行の黒い山羊。いや、首から上は黒い牡山羊、上半身は人間の女、下腹部に黒い蛇が二匹絡みつき、下半身は黒い獣姿の……『バフォメット』だ。ほら、タロットカードでお馴染みの。目があった途端、恐怖に凍りついた。
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