その男、有能につき……

大和撫子

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第三十八話

夢夜界散策・前編

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 庭先でレオナードとノア、そして俺でリアンと央雅の到着を待つ。俺は車椅子だ。歩いて行けると思ったら、笑顔で二人に車椅子に誘導され、断るのは憚られてそのまま素直に乗らざるを得なくなった。

 待っていると程なくして、タッタッタッタッと軽快な音が近づいて来る。見えて来たのは……二頭の栗毛の馬と御者席で手綱を引くリアン、そして箱馬車だった。すげー! 多分あれ、英国貴族が乗るような奴じゃん! これに乗っていくのかぁ。楽しそうだ。英国貴族の気分を味わえそうだ。

 そして続いて到着したのは、漆黒の馬に乗った央雅だった。颯爽と登場、ヒラリと馬から降りる姿はなんだか騎士様、という感じで酷くサマになっている。足長っ。いやリアンも美形で足長いけど、やっぱり同じ世界、同じ国しかも同時期にいた奴だと思うとどうしても気になっちまう。こういうのがきっと、対抗心というか。ライバルとして互いに切磋琢磨し続ける関係になれたら良いんだろうけど……大半が段々歪んだエゴが剥きだしになって、蹴落としあったり出し抜こうとしたりとか不健全な方向に傾いて争い事へと発展して行くんだろうな。これが個人レベルか国レベルか世界レベルかによって争い事の規模が変わってくるだけで。それだけが原因じゃないけどさ。ま、俺は端から勝負にすらならないからその例には当てはまらないけどな。

 リアンも御者席から降りて、央雅と共に連れ立ってこちらにやって来る。二人とも硬派なイケメンて感じだな。同じ硬派でもタイプがちがうけど。簡単に言えばリアンは智将タイプ、(うん、参謀タイプとも言えそうだ)央雅はやはり大将……て感じだろうなぁ。あ、あくまで見た目の例えな。

「「お早うございます!」」

 レオナードとノアが元気よく挨拶をした。俺も二人に合わせて笑顔で頭を下げる。リアンも央雅も会釈で応じた。

「お待たせ致しました。お天気に恵まれて何よりです。夕べはよく眠れましたか?」

 リアンは開口一番、俺にそう声をかけた。

「はい、お蔭様で熟睡出来ました、二人にはとても良くして頂いて」

 笑顔でそう答える。あ、また二人とも照れてる。可愛いなぁ。

「そうですか。それは何よりです。では、早速出掛けましょうか」

 リアンは右人差し指で眼鏡のエッジを弾きながら応じた。央雅はリアンより一歩下がって控えている。

「はい。宜しくお願いします。お二人とも今日はお忙しい中、有難うございます」

 しっかりと二人の目を見て挨拶した。

「いいえ、どうぞお気遣いなく。私どもはあなたにお仕えする身なのですから」

 リアンはソツなく答えると、レオナードとノアに頷いてみせた。すると、ノアが俺の車椅子を押して一同は馬車に向かう。栗毛の二頭の馬、見事な艶と体格だ。馬車はシンプルにダークブラウン。屋根の部分にはブロンズ色で家紋……かな、きっと。薔薇の花をかたどってデザインされた模様が等間隔に彫られていた。

 レオナードがドアを開ける。当然の事のようにリアンが俺を抱え上げ、軽々と車内に乗せられた。もうさ、恥ずかしいけど大人しく従うしかないよな。早く元気にならないと。車椅子はノアが畳んで後ろの荷台へと乗せた。てっきり魔法でしまうのかと思ったら現実的だった。ノアはそのままレオナードと共に御者席へと乗り込む。リアンはそれを見届けると、馬車の後ろで漆黒の馬の手綱を手に持ち控えていた央雅に頷く。それを合図のように央雅は馬に乗り、リアンは俺の斜め向かい側に乗り込んだ。そして馬車はゆっくりと走り出した。そうか、央雅はわざわざ警護役で来てくれたんだな。王子の命令かな、きっと。

 リアンが一緒に乗ってくれた事にホッとする。だってレオナードとノアだったら会話に困るし、央雅だったら尚更気拙い。

「本来なら、先に彩光界さいこうかいにご案内すべきなのですが、療養中なのでこの世界の中で最も穏やかな性質を持つ人々が住む夢夜界が良いだろうと思いましてね」

 リアンは出発するとすぐに話始めた。中は思ったより広くてそうだな、山登り用のゴンドラを乗り心地良く広くした感じに近いかな。座席は深緑、結構ふかふかする。壁はクリーム色の地に藤色の薔薇の花模様だ。

「有難うございます。ええ、お任せします」
「一時間ほどで目的地に着きますから、のんびり景色でも眺めて行きましょう。そうそう、私の事はリアンとお呼び下さいね。彼の事も、央雅と呼び捨てにして構いませんので。先程も言いましたが、私たちはあなたにお仕えしているのですし、レオとノアの前で私や央雅に敬称をつけて呼んでいては変ですからね」

 あぁ、俺が実際にはリアンさんとか、西園寺さん、とか呼びそうな事をよくご存じで。苦笑を浮かべちまう。

「レオナードとノアは、あなたの事を殿下から伝え聞いてとても楽しみにしていたようですよ」
「え? あ……」

 俺、大丈夫か? 幻滅されてないか? 王子に恥をかかせてしまったんじゃ……

「あぁ、大丈夫ですよ。車内の会話は外には漏れないようになっていますから」
「あ、はい。その……彼らは大丈夫でしょうか?」
「大丈夫とは?」

 眼鏡のエッジを右人差し指で弾くリアン。あー、絶対意味を分かっていて聞いているな。

「自分なんかに期待して、幻滅していないかな……と」
「あぁ、むしろ余計に憧れたらしいですよ。ご心配無く」
「そう……ですか」

 一先ず安心したけど、でも凄いプレッシャーだ。偶像崇拝って幻滅されるのが早い上に今までと180度手の平返されるからなぁ。

……お前って何をやらせてもそこそこに出来るけど、それ以上に突き抜ける事は出来ないんだな。弟とは大違いの出来損ないだな。その他大勢に埋もれて誰にも顧みられないタイプだ……

 最初は俺に期待してくれていた父親も、俺が小学校を卒業する頃には匙を投げてたっけ。学校の教師にも似たような事言われたな。さすがに出来損ないとかその他大勢とかは直接は言わなかったけど。ムササビの五能、て意味を教えてくれたのは小五の時の担任だったな。母さんなんて俺が小学校に上がる頃にはすっかり無関心になっていたし。

「だからって、気負わなくて大丈夫ですよ。人に惹かれるって理屈じゃないんです。何が出来たから、とか才能があるから、とか。そういう条件つきの理由で惹かれる方も中にはいるのでしょうけど、あの二人は違いますよ。それに、そういった条件付きで惹かれるタイプはあなたに必要なご縁ではありせんよ」

 えっ? リアン……胸の奥がツ-ンと痛い。

「そういう人が過去にいたとしても、気にする必要はありません。あの二人はあなたのその人柄や何気ない雰囲気、そのままで惹き付けられているんです。殿下もそうですよ。ですから、どうかあなたはあなたのままで」

 あれ、何だ……勝手に涙が……。だって、

『あなたはあなたのままで』

 ずっと……誰かに、言って欲しかった言葉……駄目だ、ちゃんと目を見て返事しないと、お礼言わないと。透明の膜が眼球いっぱいに張って、リアンの顔が霞む。でも、眼鏡の奥のハシバミ色の瞳はとても優しく見えた。

「有難う……ございます。そういう事、言って貰ったの、その……初めてで、すみません、その……」

 くそっ、胸が痛いや。涙で上手く言葉が出ない……。リアンは軽く右手をあげ、手の平を天に翳した。するとその手の平に、畳まれた薄紅色の布が音もなく突然出現した。それを両手で素早く広げ、静かに立ちあがると俺を頭から隠すようにすっぽりと被せた。丁度大型バスタオルくらいの大きさだ。

「あなたの場合は泣くのを我慢するのも、体に障ります。悲しみを溜め込み過ぎる肺に負担がかかりますから。泣くのを我慢すると、先ずは胸が痛くなるでしょう? 気が済むまで、泣いてしまうのも良いと思いますよ」

 リアンの声が、別人みたいに優しく柔らかく響いた。

「すみ……ません、有難う……ございます……」

 涙がとめどなく溢れ、そう答えるのが精一杯だった。
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