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第三十七話
療養所の朝、朝食にまつわる追憶……
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慣れない、照れくさくて逃げ出したい。朝、二人が起こしに来る前に自然に目が覚めた。夢も見ずに熟睡出来て体が軽やかだ。この分だと、体の回復も早いんじゃないかな。
それで、顔を洗っていたら「「お早うございます」」と例の二人がやってきた訳だ。それで今、二人に着物を着付けして貰っている最中だ。前にレオナード、後ろにノア。生き生きと溌剌として仕事をする二人。着付けも出来るなんて凄いなぁ。薄浅葱色の地に細い藍色の縦線が入った着物に、淡いオレンジ色の帯だ。着物なんて着た事なかったから、何だか新鮮な気分だ。
「お疲れ様でございました」
とレオナード。良かった、終わったか。もうホント、照れくさくて敵わないや。
「これから、朝食をお持ちします。御髪はその後にやらせて頂きますね」
とノアが言うと、二人は揃って頭を下げて部屋を出て行った。ふー、自然に溜息が出た。勿論、嫌な意味の溜息じゃないけどさ。御髪なんて高貴の方に言う単語じゃん。着物用の下着から足袋に至るまで全部二人にやって貰うから。俺はベッドの端に腰を下ろしているだけで、等身大の着せ替え人形みたいに大人しくなされるがままにしていないといけないからさ。照れるし気拙いし。だけど、有り難いから無碍にも出来ない。要するに、どう接して良いのやら戸惑う、てやつだ。こんな風に俺の存在自体を大切にして貰った経験が少ないから。どっちかと言うと、仕えて貰う方じゃなくて仕える方が向いている気がする。こういう時、どうしたら良いか誰に聞いたら……
トントントン、おっとドアノックの音だ。反射的に「はい」と返事をしている俺。
「「失礼致します、朝食をお持ちしました」」
そう言って静かにドアを開け、白いワゴンに朝食を乗せて二人はやってきた。丁寧に盛り付けしてテーブルに置かれていく数々の料理。ワカメご飯にに赤魚の煮付け、南瓜とブロッコリーの蒸し野菜にキノコの味噌汁だ。蒸し野菜は酢味噌をつけて食べるんだけどこれ、俺が好きな組み合わせだ。「頂きます」と挨拶した後に、赤魚の煮付けを一口食べてみる。美味い! そう、この味だ。
……あれは俺が小4、弟が小学校上がったばかりの時だったかな。ある朝、これと同じメニューが食卓に並んだんだ。『僕、コレ嫌いなのばっかり』て、弟が駄々をこね始めた。俺は好みのメニューばかりだったから、喜んで食べてたんだけどさ、『あらあら、ごめんねみっちゃん』なんて言って母親が父親と共に弟の食事を下げて。母さんは急いで洋食メニューを作りにキッチンへ走って行ったっけ。みっちゃんてのは弟の愛称な。俺は光希としか呼ばないけど。俺はぺろりと完食して歯を磨いて。キッチンに自分が食べたものを運んで水に浸けると、歯磨きしてサッサと学校に行っちまったけど。
(へーんだ。そうやって我儘放題、好きなもんばかり食わせてたら将来人間関係で苦労するし、ひ弱な体に育っちまうんだからねーだ)なんて思ったっけ。でも実際は、弟は人間関係で苦労するどころか女の子にはモテまくりで教師には気に入られ、同性には憧れられられて。走り高跳びでは全国大会優勝。絵を描けば文部大臣賞……と、キリがないからこの辺にしとくけど。しょっちゅう風邪を引いていたのは俺の方で、対人関係で苦労したのも俺だったってオチ。王太子殿下の台詞をお借りして「何の冗談だ!」だよな。それ以降、このメニューの中のものはただの一度も食卓に上る事は無かったな。わかめご飯や蒸し野菜くらいいいじゃんなぁ? 試しに「母さん、俺はあのメニュー好きだよ」て言ってみたけど。「そう? でもみっちゃんが見るのも嫌だって言うから」だってさ。あっそ、俺の為だけに作ろう、なんて気はサラサラない訳だね。俺も一応はあんたの息子で長男なんですけどね……
「あの、申し訳ございません。お口に合いませんでしたか? す、すぐに別の物を用意致しますので……」
レオナードの心配そうな声で我に返る。見れば心配そうに覗く二人の姿が……やべっ、涙が溢れてるじゃねーか! 慌てて左手の甲で拭った。この二人に余計な心配かけて気を遣わせたらいけない! 何やってんだよ、俺。さぁ、この二人には関係のない話なんだ。気持ちを切り替えて、穏やかに優雅に微笑むんだ!
「ごめん、ちょっとあっちの世界での悲しい事を思い出してね。メニューとは一切関係ないよ。むしろ、これはとても美味しい。嬉しいよ、有難う。食事を下げるなんてとんでもないよ」
聞くや否や、頬を赤らめて恥ずかしそうに俯く二人。ん? 何で照れるんだ? 何か変な事言ったか?
「さ、さようでございますかっ! で、では何かありましたら、心の中で名前をお呼び下さませっ!」
「ご、ごゆっくりどうぞっ!」
二人はそそくさと逃げ出すようにしてその場を去っていった。 うーん、謎だ。何かおかしな事言ったかなぁ。まぁいいや。冷めない内にしっかりと味わって食べよう。
朝食が済んで、二人が食器を下げてくれた後、髪結いの時間だ。レオナードがアシスタントで、ノアが髪を梳いて縛る。髪結いといっても、両脇の髪をたゆませて首と肩の付け根辺りで一つに縛るだけなんだけど、緩く縛っているようにみせてこのままの状態が保たれるようしっかりと縛る。毎朝、王子の好みの髪型だからやってみてるけど、結構難しいもんだな。
「……本当にお綺麗な黒髪ですね」
梳かしながら、しみじみと言うノア。
「ええ、何度見ても溜息が出る程に」
とレオナードが続けた。確かに、漆黒ってこういう色なんだ! て思うくらい真っ黒で艶々している。でも……。
「二人のお手入れの賜物だよ。有難う」
と笑みと共に礼を述べる。本当にそうだと思うもん。
「い、いいえそんな……」
「め、滅相もない……」
あ、二人ともまた頬が赤くなって照れてる。何だかよく分かんないけど、ホントありがとな。央雅にも、こんな感じで接する事が出来たら良いんだけどなぁ。あと一時間ほどで、夢夜界散策の時間だ……。
それで、顔を洗っていたら「「お早うございます」」と例の二人がやってきた訳だ。それで今、二人に着物を着付けして貰っている最中だ。前にレオナード、後ろにノア。生き生きと溌剌として仕事をする二人。着付けも出来るなんて凄いなぁ。薄浅葱色の地に細い藍色の縦線が入った着物に、淡いオレンジ色の帯だ。着物なんて着た事なかったから、何だか新鮮な気分だ。
「お疲れ様でございました」
とレオナード。良かった、終わったか。もうホント、照れくさくて敵わないや。
「これから、朝食をお持ちします。御髪はその後にやらせて頂きますね」
とノアが言うと、二人は揃って頭を下げて部屋を出て行った。ふー、自然に溜息が出た。勿論、嫌な意味の溜息じゃないけどさ。御髪なんて高貴の方に言う単語じゃん。着物用の下着から足袋に至るまで全部二人にやって貰うから。俺はベッドの端に腰を下ろしているだけで、等身大の着せ替え人形みたいに大人しくなされるがままにしていないといけないからさ。照れるし気拙いし。だけど、有り難いから無碍にも出来ない。要するに、どう接して良いのやら戸惑う、てやつだ。こんな風に俺の存在自体を大切にして貰った経験が少ないから。どっちかと言うと、仕えて貰う方じゃなくて仕える方が向いている気がする。こういう時、どうしたら良いか誰に聞いたら……
トントントン、おっとドアノックの音だ。反射的に「はい」と返事をしている俺。
「「失礼致します、朝食をお持ちしました」」
そう言って静かにドアを開け、白いワゴンに朝食を乗せて二人はやってきた。丁寧に盛り付けしてテーブルに置かれていく数々の料理。ワカメご飯にに赤魚の煮付け、南瓜とブロッコリーの蒸し野菜にキノコの味噌汁だ。蒸し野菜は酢味噌をつけて食べるんだけどこれ、俺が好きな組み合わせだ。「頂きます」と挨拶した後に、赤魚の煮付けを一口食べてみる。美味い! そう、この味だ。
……あれは俺が小4、弟が小学校上がったばかりの時だったかな。ある朝、これと同じメニューが食卓に並んだんだ。『僕、コレ嫌いなのばっかり』て、弟が駄々をこね始めた。俺は好みのメニューばかりだったから、喜んで食べてたんだけどさ、『あらあら、ごめんねみっちゃん』なんて言って母親が父親と共に弟の食事を下げて。母さんは急いで洋食メニューを作りにキッチンへ走って行ったっけ。みっちゃんてのは弟の愛称な。俺は光希としか呼ばないけど。俺はぺろりと完食して歯を磨いて。キッチンに自分が食べたものを運んで水に浸けると、歯磨きしてサッサと学校に行っちまったけど。
(へーんだ。そうやって我儘放題、好きなもんばかり食わせてたら将来人間関係で苦労するし、ひ弱な体に育っちまうんだからねーだ)なんて思ったっけ。でも実際は、弟は人間関係で苦労するどころか女の子にはモテまくりで教師には気に入られ、同性には憧れられられて。走り高跳びでは全国大会優勝。絵を描けば文部大臣賞……と、キリがないからこの辺にしとくけど。しょっちゅう風邪を引いていたのは俺の方で、対人関係で苦労したのも俺だったってオチ。王太子殿下の台詞をお借りして「何の冗談だ!」だよな。それ以降、このメニューの中のものはただの一度も食卓に上る事は無かったな。わかめご飯や蒸し野菜くらいいいじゃんなぁ? 試しに「母さん、俺はあのメニュー好きだよ」て言ってみたけど。「そう? でもみっちゃんが見るのも嫌だって言うから」だってさ。あっそ、俺の為だけに作ろう、なんて気はサラサラない訳だね。俺も一応はあんたの息子で長男なんですけどね……
「あの、申し訳ございません。お口に合いませんでしたか? す、すぐに別の物を用意致しますので……」
レオナードの心配そうな声で我に返る。見れば心配そうに覗く二人の姿が……やべっ、涙が溢れてるじゃねーか! 慌てて左手の甲で拭った。この二人に余計な心配かけて気を遣わせたらいけない! 何やってんだよ、俺。さぁ、この二人には関係のない話なんだ。気持ちを切り替えて、穏やかに優雅に微笑むんだ!
「ごめん、ちょっとあっちの世界での悲しい事を思い出してね。メニューとは一切関係ないよ。むしろ、これはとても美味しい。嬉しいよ、有難う。食事を下げるなんてとんでもないよ」
聞くや否や、頬を赤らめて恥ずかしそうに俯く二人。ん? 何で照れるんだ? 何か変な事言ったか?
「さ、さようでございますかっ! で、では何かありましたら、心の中で名前をお呼び下さませっ!」
「ご、ごゆっくりどうぞっ!」
二人はそそくさと逃げ出すようにしてその場を去っていった。 うーん、謎だ。何かおかしな事言ったかなぁ。まぁいいや。冷めない内にしっかりと味わって食べよう。
朝食が済んで、二人が食器を下げてくれた後、髪結いの時間だ。レオナードがアシスタントで、ノアが髪を梳いて縛る。髪結いといっても、両脇の髪をたゆませて首と肩の付け根辺りで一つに縛るだけなんだけど、緩く縛っているようにみせてこのままの状態が保たれるようしっかりと縛る。毎朝、王子の好みの髪型だからやってみてるけど、結構難しいもんだな。
「……本当にお綺麗な黒髪ですね」
梳かしながら、しみじみと言うノア。
「ええ、何度見ても溜息が出る程に」
とレオナードが続けた。確かに、漆黒ってこういう色なんだ! て思うくらい真っ黒で艶々している。でも……。
「二人のお手入れの賜物だよ。有難う」
と笑みと共に礼を述べる。本当にそうだと思うもん。
「い、いいえそんな……」
「め、滅相もない……」
あ、二人ともまた頬が赤くなって照れてる。何だかよく分かんないけど、ホントありがとな。央雅にも、こんな感じで接する事が出来たら良いんだけどなぁ。あと一時間ほどで、夢夜界散策の時間だ……。
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