その男、有能につき……

大和撫子

文字の大きさ
上 下
47 / 186
第三十六話

療養所での夜の過ごし方

しおりを挟む
「惟光様、お湯加減は如何でしょうか?」

 風呂場のドア越しに、澄んだテノールの声質。レオナードだ。

「あぁ、ちょうど良いよ、有難う」

 照れる、惟光様とか物凄く照れる。だけど余裕のふりをして答えてみせる。

「では、何かございましたらお声かけくださいませ」

 今度はビオラを思わせる声、ノアだ。

「うん、有難う」

 二人は「失礼します」と声を揃えて去って行った。何となく安堵する。そう、俺は今入浴中だ。本来なら着替えから入浴全てに至るその全てを二人にやって貰う手筈になっていたようだが。寝込んでいて体を拭いてもらう事態ならともかく、あちらの世界では全て一人でやって来た事だからと、リアンを通して丁重にお断りしたのだ。何やら張り切っている様子の二人に、少しだけ悪いかな……とは感じたが、やはり風呂は一人でのんびりと入りたい。正直あの二人とどう接していいのか戸惑うし、眠るまでリアンに居て欲しい……なーんて絶対言えないけどさ。

 しかし、一人用の風呂にしては広いなぁ。バスタブだけで四畳分はありそうだ。洗い場は六畳くらいかな。天然ハーブ、ラベンダーを入れたお湯が心地よい。思い切り手足を伸ばして風呂に浸かった。シャンプーも、トリートメントもボディーシャンプーも、天然ハーブを主成分としているらしい。これ、あっちの世界で作ったら幾らくらいいの価格なんだろう? きっと、セレブしか手に入らない代物になるんだろうなぁ。保湿効果抜群の湯質だから、ボディーローションやら化粧水やらも不要なんだって。良かったよ、あの二人にボディーローションをつけられたら照れくさくて逃げ出しちまいそうだったもんな。……エへ、王子にならいいけど。つけて差し上げたいし。……エヘッじゃねーよ何考えてんだよ俺。

 そうそう、夕飯は豆乳鍋に餅麦入りご飯だった。なんでも、あっちの世界での俺の好みをリサーチして再現したんだって。野菜も肉も新鮮で高級で美味かったぜ! あっちの世界じゃ、肉も野菜もスーパーの見切り品をよく利用してたし。味付けもお鍋の元を使用してたから余計美味く感じたなぁ。実家だと、食卓は弟中心で俺は蚊帳の外だったもんだから、何を食べても味気なかったっけな……。ホント、有り難いよなぁ。

 それにしても、あのパクリ男……何とか選択肢①か③を選んでくれたら良いなぁ。アイツにプロデュースされた子は売れるぞ、きっと。俳優でも、作家でもさ。だから選択肢、間違えるなよ。

 あっちの世界の話だけど、もし人間に……一人一人異なる才能という名のギフトが与えられていて。それをくまなく活かす事が出来る世の中だったらきっとさ、もっと人にも動物にも植物にも物にも優しくて平和な世の中になるんだろうな。そしたら俺も、『ムササビの五能』に光が当たるかも……なーんてな。そういやリアン、俺の特性を活かして活躍をーなんて言ってたけど。俺に務まる職種(?)ってこの世界であるんかなー。あるといいな。早く王子の役に立ちたいよ。

 さて、そろそろ上がろう。支度が済んだら、夕飯だってさ。俺、なんか罰当たりな程の特別待遇だよな。早く恩返し出来るように、体を回復させるぞ!

 明日は、この世界の事を少しずつ知って貰う為、とかで。あの二人とリアンが夢夜界の散策に連れて行ってくれるらしい。楽しみだ。……王子は休日でゆっくり過ごされるらしくて。あの近衛兵大将、西園寺央雅も付添人でやって来るんだとさ。リアン、何だか意味あり気な視線で俺を見たけど。もしかして見透かしてるのかな、俺の醜い嫉妬心。正直、弟を思い出して気後れしちまうんだよな、央雅を見ると。弟とはタイプは真逆だけど、何だか端から相手にされずに格下に見られているような気がして、避けたいというか。でも、これは俺の一方的な思い込みだし。それに過去に向き合って受容し、負の感情を手放して昇華する事で体が回復するなら、逃げる訳にはいかないよな。話してみれば案外気が合うかもしれないし、あっちの世界での話もしたいし、ここでの生活とか、聞いてみたい事は沢山……

「「惟光様! お疲れ様でございます」」

 うわっ! びっくりしたー。レオナードとノアが頭を下げて、脱衣所の外で待ってたみたいだ。脱衣所の部屋の境目は、ミントグリーンのカーテンで仕切られている。

「「失礼致します! お着換えを手伝わせて頂きます!」」

 レオナードがタオルを、ノアが着替え一式を持って入って来た。頬を紅く染めて目をキラキラさせて。断るのは、悪いよな。それに、ここは俺の威厳を保つべき場面だ。余裕の笑みで応じないとな。

「有難う。宜しく頼むよ」

 パッと嬉しそうな笑みを浮かべる二人。

「「はい! 失礼します!」」

 嬉々として背中にタオルをかけるノア。着替えを棚に置き、背中にかけられたタオルで前を拭き始めるレオナード。可愛いじゃないか、一生懸命で。俺も、二人の夢とやる気を削ぐ事がないように振る舞わないとな。着替えも、髪を乾かすのも二人にやって貰って。照れ臭くて仕方ないけど。

「消灯の時間は十時です。それまではごゆっくりお過ごし下さいませまた、消灯時間にやって参ります」

 とレオナード。え? ていうか消灯時間とかあったのか!

「明日の起床は朝七時となります。その際はお知らせに参ります。もしその間、体調が優れない事がございましたら、私たちのお名前を心の中で呼べばすぐに参ります!」

 と、ノア。そしてレオナードが、うやうやしく両手で俺に小さな白い笛に似たものを差し出した。

「万が一の際にお使い下さい」

 あー、吸入器みたいなやつだ。

「有難う」

 余裕の笑みで対応して、と。二人は頭を下げて部屋後にした。さーて、パソコンで何か調べものでもしようかなー。本棚を漁って読書もいいな。……あれ? 何だか急に眠くなってきた……消灯まで、あと二時間はある……のに。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

某国の皇子、冒険者となる

くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。 転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。 俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために…… 異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。 主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。 ※ BL要素は控えめです。 2020年1月30日(木)完結しました。

ヒロイン不在の異世界ハーレム

藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。 神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。 飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。 ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?

勇者召喚に巻き込まれて追放されたのに、どうして王子のお前がついてくる。

イコ
BL
魔族と戦争を繰り広げている王国は、人材不足のために勇者召喚を行なった。 力ある勇者たちは優遇され、巻き込まれた主人公は追放される。 だが、そんな主人公に優しく声をかけてくれたのは、召喚した側の第五王子様だった。 イケメンの王子様の領地で一緒に領地経営? えっ、男女どっちでも結婚ができる? 頼りになる俺を手放したくないから結婚してほしい? 俺、男と結婚するのか?

異世界召喚チート騎士は竜姫に一生の愛を誓う

はやしかわともえ
BL
11月BL大賞用小説です。 主人公がチート。 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。 励みになります。 ※完結次第一挙公開。

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

マリオネットが、糸を断つ時。

せんぷう
BL
 異世界に転生したが、かなり不遇な第二の人生待ったなし。  オレの前世は地球は日本国、先進国の裕福な場所に産まれたおかげで何不自由なく育った。確かその終わりは何かの事故だった気がするが、よく覚えていない。若くして死んだはずが……気付けばそこはビックリ、異世界だった。  第二生は前世とは正反対。魔法というとんでもない歴史によって構築され、貧富の差がアホみたいに激しい世界。オレを産んだせいで母は体調を崩して亡くなったらしくその後は孤児院にいたが、あまりに酷い暮らしに嫌気がさして逃亡。スラムで前世では絶対やらなかったような悪さもしながら、なんとか生きていた。  そんな暮らしの終わりは、とある富裕層らしき連中の騒ぎに関わってしまったこと。不敬罪でとっ捕まらないために背を向けて逃げ出したオレに、彼はこう叫んだ。 『待て、そこの下民っ!! そうだ、そこの少し小綺麗な黒い容姿の、お前だお前!』  金髪縦ロールにド派手な紫色の服。装飾品をジャラジャラと身に付け、靴なんて全然汚れてないし擦り減ってもいない。まさにお貴族様……そう、貴族やら王族がこの世界にも存在した。 『貴様のような虫ケラ、本来なら僕に背を向けるなどと斬首ものだ。しかし、僕は寛大だ!!  許す。喜べ、貴様を今日から王族である僕の傍に置いてやろう!』  そいつはバカだった。しかし、なんと王族でもあった。  王族という権力を振り翳し、盾にするヤバい奴。嫌味ったらしい口調に人をすぐにバカにする。気に入らない奴は全員斬首。 『ぼ、僕に向かってなんたる失礼な態度っ……!! 今すぐ首をっ』 『殿下ったら大変です、向こうで殿下のお好きな竜種が飛んでいた気がします。すぐに外に出て見に行きませんとー』 『なにっ!? 本当か、タタラ! こうしては居られぬ、すぐに連れて行け!』  しかし、オレは彼に拾われた。  どんなに嫌な奴でも、どんなに周りに嫌われていっても、彼はどうしようもない恩人だった。だからせめて多少の恩を返してから逃げ出そうと思っていたのに、事態はどんどん最悪な展開を迎えて行く。  気に入らなければ即断罪。意中の騎士に全く好かれずよく暴走するバカ王子。果ては王都にまで及ぶ危険。命の危機など日常的に!  しかし、一緒にいればいるほど惹かれてしまう気持ちは……ただの忠誠心なのか?  スラム出身、第十一王子の守護魔導師。  これは運命によってもたらされた出会い。唯一の魔法を駆使しながら、タタラは今日も今日とてワガママ王子の手綱を引きながら平凡な生活に焦がれている。 ※BL作品 恋愛要素は前半皆無。戦闘描写等多数。健全すぎる、健全すぎて怪しいけどこれはBLです。 .

物語なんかじゃない

mahiro
BL
あの日、俺は知った。 俺は彼等に良いように使われ、用が済んだら捨てられる存在であると。 それから数百年後。 俺は転生し、ひとり旅に出ていた。 あてもなくただ、村を点々とする毎日であったのだが、とある人物に遭遇しその日々が変わることとなり………?

処理中です...