その男、有能につき……

大和撫子

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第三十一話

ついに、瞬間移動を体感!

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「惟光、良かった……無事で」

 ラディウス様は、近づくなりそう言って俺の肩を抱き寄せた。ふわっと香る薔薇とバニラの甘さ。まだ数日しか経ってないのに、とても懐かしい感じがする。凄くおこがましい事思っちゃうけど、『俺の帰る場所』。そんな風に実感した。

「殿下、感動の御対面はそのくらいにして、先ずはサッサとこの場を離れた方が宜しいかと」

 リアンは眼鏡のエッジに右人差し指をかけながら言った。

「そうだね。取りあえず戻ろう、ここでは全て兄上に筒抜けだ」

 ラディウス様は真顔になって立ち上がった。なるほど、ここは王太子殿下の手の中、という事か。殿下やリアンに改めてお礼とか言いたいけど、落ち着いてからにしよう。

「さてと」

 というと、リアンは右手を軽くあげて親指と人差し指をこすり合わせてパチンと鳴らした。すると部屋の中央あたりに、アンティーク調な車椅子が出現した。まさに、音も色もなく突然にそこに出現、という表現が的確だ。うわぁ! 魔術間近体験だぁ!!

「え? あ、あの!」

 しかし次の瞬間、戸惑いの声をあげる。リアンが何のためらいもなくベッドの上にいる俺を抱え上げたからだ。そのままお構いなしに車椅子を目指す。まさか、車椅子で移動するつもりか? いやいや、歩けるし元気になったし……

「えーとあの……」
「ではこのままの状態で行きますか? それとも大人しく車椅子に乗りますか?」

 泡食っている俺の事を見透かしたようにバッサリと遮るリアン。無表情で問いかけてこえーっつーの。何て言える訳もなく、

「えーと、あの……はい、車椅子でお願いします」

 と選択肢を述べる俺。相も変わらず情けないけど車椅子か、リアンにお姫様抱っこか。この二者択一なら、車椅子を選ぶよなぁ。

 そんな訳で、俺は大人しく車椅子に乗った。車椅子の後ろにリアンが立ち、俺の前にラディウス様が立った。このまま部屋を出るのかな?

「行こうか」

 ラディウス様が声をかけると……え??? 一瞬にして俺達を中心に半径1m程の部分が円錐白い光に包まれた。まるで光の柱みたいな感じだ。

「さて、今後のスケジュールですが……」
「え? あ……」

 目を開けたら光は消えていて、話しかけながらリアンに抱え上げられる。唐突過ぎて思考が追いつかないぞ?

 そして運ばれた先は、この世界に来てからずっと寝ているベッドの上だった。慌てて辺りを見回す。いつもの部屋だった。結構眩しくて俯いて瞬きをすること十数回ほど。あれって言う間に場面転換、て感じだったなぁ。

 白い光に包まれてから十数回瞬きをしただけ瞬間移動テレポート、という感じかな。

「先ずはね、本格的に体調を回復させた方が良いと思うんだ」

 笑顔で俺を覗き込むラディウス様。自然に口角が上がるのを覚える。

「はい!」
「それでね、ここ彩光界さいこうかいは光とか炎も管轄分野でもあるから、やる気や情熱、向上心も司るんだよね。だから必然的に好戦的になり易いという負の部分も秘めているんだ。誰もがそうなる訳じゃないけど、傾向としてね。物事は陰と陽、光と影は表裏一体だからさ。勿論、惟光がいた世界と比べたら少ないし陰湿過ぎるたぐいのものは無いんだけどね。そこで色々考えたんだけど、療養中は安らぎやヒーリングを司る夢夜界ゆめやかいでして貰おうかな、て。勿論そこでも好戦的な人は皆無って訳ではないけど、ここの国の中では一番少ないから。少しでも療養に専念できた方が良いと思うんだ」

 なるほど、何事にも光の部分があれば闇の部分もあるのは必然、てやつか。夢夜界、なるほど。だからサイラスの奴、彩光界に来た影響で攻撃的な影響を受けたのかもなぁ。元々は穏やかな奴に見えたもの。

「私どもの行き来は、先程体験して頂いた瞬間移動のように一瞬で来れますからご心配無く。訪ねて来れるのは殿下と私、そして厳選された者のみとなっています。しっかりと結界を貼ってありますので、庭の散策あたりまではしても大丈夫でしょう」

 え? リアン、サラッて言ったけど庭って?

「庭、ですか?」
「説明するより、行ってしまった方が早いですね」
「うん、そうだね。もう準備は出来ているし、行こうか」

 二人の会話に反応する暇もなくリアンに抱え上げられ、車椅子へと運ばれる。そして先程と同じような位置に着くと、三人とも白い光に包まれた。今度はあんまり瞬きしないでどうなるか、観察してみよう。白い光はクリスマスツツリーに飾られる白い電気の飾り、あれに似ている。光の柱の中にいる感じで、外は見えない。見えたら面白そうなんだけどなぁ。何て思っている内に……

「着いたよ!」

 ラディウス様がそう声をかけたと同時に、いきなり緑豊かな場所に到着した。

「ここが庭だよ」
「少し狭いですが、強力な結界を貼るにはこのくらいの広さが適当かと」

 ラディウス様とリアンが口々に言った。狭い? いやいや、十分広いでしょう!

「これが、庭……」

 広さで言うと三十畳くらいありそうか。地面は肥沃な土、英国庭園風で女子が喜びそうな作りだ。ピンクの薔薇のアーチや、庭を囲むようにして植えられている白樺。中央あたりにはこじんまりした白いオベリスクが。白や青のクレマチスがお洒落に絡まっている。植物がセンス良く植えられていて、恐らく四季折々の花々だと思われる。今は白や紫のオータムクロッカスや純白のアナベルなどが咲き誇っている。品よく花の香りが辺りを包み込んでいて心地良い。

「素敵です!」
「気に入って貰えたなら、良かったよ」

 ラディウス様の瞳が、薄紫色に変わった。あー、タンザニアの夕暮れ時の色、タンザナイトみたいで素敵だ。自然に口元綻ぶ。

 それからリアンが車椅子を押し始めた。俺達瑠璃色の屋根の建物を目指した。あれが療養先かな? そこは平屋、木製の白い壁、洒落た出窓に……あれ? 玄関に誰か居る? 三人ほど、深々と頭を下げて。俺たちが到着するのを待っていたみたいだ。
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