その男、有能につき……

大和撫子

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第二十八話

マジでピンチ!!! こういう時、どうしたら良いんだ?

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 王太子殿下は、ゆっくりと俺の右の首筋から左胸に右手を這わせた。……だ、駄目だよ抵抗しないと、と。まるで他人事のようにぼんやりと思う。体は任せたまま、むしろこれから始まる未知なる体験にどこか期待している自分がいる。まるで洗脳されちまったように、王太子殿下のなすがままだ。

「……そう、いい子だ。そのまま、大人しくしていろ」

 そう囁くと、王太子殿下は少しずつ左胸から下半身へと右手を滑らせて行く。いや、その手はどこに向かっているんだ? や、辞めてくださいっ! そう言って逃れたいのに、まるで全身に麻酔がかけらたみたいに体が動かせない。それでいて、頭の奥ではその状況に陶酔している俺がいる。どうしちまったんだよ、俺。もしや危ない趣味に目覚めちまったのか? ……ひっ、ひぃーーーーーっ! そ、そこはっ!

「ふっふっふっふ。初心うぶな奴め」

 良かった。そこに到達する寸前で止めてくれた。もしかして揶揄からかわれているのか? けれども、王太子殿下の声に痺れ、陶酔する俺。本当に、どうしちまったんだよ!

「……もしかして、未開発なのか?」

 さながらご馳走を前にした蛇のようにペロリと紅い舌を出して唇を舐める王太子殿下。体が自分の意思で動かせない俺は首根っこを捕まれ、なすすべもなく呑み込まれるのを待つしかない獲物に同じだ。

……そ、それだけはお許しをっ!……

 そう懇願したいのに声も出せない。

「ならば私が開発してやろう」

 ニヤリと欲望に満ちた微笑みを浮かべると、殊更ゆっくりと俺の尻に向かって右手を……か、開発? いや待った、待って、辞めてくださいっ! 後生です! そ、そこは! 駄目ですって! くそっ、どうしたらこの場を逃れられる? マジでピンチだ! 過去の経験……ある訳ねーだろっ! じゃぁ小説……駄目だ、話にならん。そもそもBL自体書いた事も読んだ事もなかった、未開発分野だ……あ-もぅ、こんな時、どうしたら良いんだ? 

 心の叫びも虚しく、王太子殿下の手はそこに伸びていく。拙い、万事休すか? 嫌だ、それだけは! どうかご勘弁をっ! だ、誰か、助けてっ! ラディウス様----っ!!! 

 助けを求めるように、夢中でその名を心の中で叫んだ。神でも天使でもなく、夢中で助けを求めたのは他でもない、ラディウス殿下だった。それが聞こえたかのように、ピタリと王太子殿下の手が止まる。そしてそのままの姿勢で右を向き、後方を見ている。何だ? 何かいるのか? 何にせよ、操は守れたようだ。助かった……。

「……いきなり結界を破って侵入するなど、許し難い無礼者だな」

 その声に怒りを滲ませつつ、上体を起こしながら素早く直裾の前を合わせ、帯を結ぶ王太子殿下。何だかよく分からないけど、誰か助けに来てくれたみたいだ。俺もベッドの上で急いで乱れた浴衣を着直す。良かった、体が動くぞ! ……ていうか殆ど生まれたまままの姿じゃねーか。危ねーとこだった、良かったー……ホントに。だって、だってさ! 初めてはラディウス様に捧げたいもん。どなたか知らないけど、お礼言わなきゃ。

「兄上こそ、おふざけが過ぎているのではありませんか?」

 えっ? この声?! まさかっ! ドキッと鼓動が跳ね上がった。フルートみたいな柔らかく澄んだ癒しの声。けれども激しい怒りを含んで、鋭く響き渡る。

 王太子殿下は声の主に向かってゆっくりと歩き出した。……ラディウス様! 声の主は他でもない御本人だった。怒気を含み、鋭く王太子殿下を見つめる瞳はまるで燃える炎のように鮮やかなルビーレッドだ。

「フン、また父上に泣きついたのか?」

 王太子殿下は小馬鹿にしたように応じる。俺、どうしたら良いんだ? 何だか酷く気拙い。

「まさか! 子供でもあるまいし」

 ラディウス様は吐き捨てるように答える。ムッとしたように弟を見つめる王太子殿下。両者の間に火花が散ったように見えた。一気に場に緊張感が走る。
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