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第二十三話
王太子殿下のお気に入り・前編
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ゴボゴボッゲボッ……
咳は止まるどころか益々激しくなって、息を吸う事も吐く事も出来ない。まるで溺れちまったみたいだ。なんとか呼吸を確保したくて、うずくまったまま両手で胸を掻きむしった。
ゴホゴホゴホッゲホッゴボッ……
苦しくてのたうち回るしか出来ない。まさに陸の上に打ち上がった魚のようだ。
「おい、大丈夫か?」
そう言って、第一王子が目の前にしゃがみこむ。申し訳ないけど、声が出せない。
「大丈夫……な訳ないか。まぁ、何も話す必要はない」
そう言って、左手で俺の右肩を支え、右手で背中を軽く叩き始めてくれた。何て、恐れ多い……。だけど咳は鎮まらない。にわかにゼロゼロゴロゴロ胸から異音がし始めた。猫が喉を鳴らすみたいな音。そしたらグッと胸の奥から喉に何か熱い物が付き上げた。しかも鉄臭い。まさか、吐くの……か? 駄目だ! 第一王子に吐しゃ物がかかったら!
ゲボッゲボッゴボッグッ
己の意志に反して一際激しく咳き込む。咽から込み上げて来た感触に慌てて両手で口元を抑えた。
「……え?」
指の隙間からポタリ、ポタリと滴り落ちるソレは真っ赤な液体だった。まさか……血? 俺? 死ぬのか? そう思った途端、更に喉の奥から鮮血が溢れ出た。
「おい!」
焦ったように声をかけ、背中をさする第一王子。その膝に滴り落ちる鮮血。これは、拙い……
「かっ……かはっ、お、お……」
苦しい、目が霞む。(お召し物を汚してしまい申し訳ございません)と伝えたいのに、空気が漏れたような声しか出せない。
「何? どうした?」
「……め、し、も……よ、よ……ご……」
耳を傾けてくれる第一王子。必死に伝えようともがく。
「馬鹿な! どんな噂を聞いているのか知らんが、私は虫の息の病人より自分の衣装を大事にするような極悪非道な男ではないぞ!」
半ば呆れたとように言うと、両手で俺の肩を抱き自らの右肩に上体を寄りかからせた。もう、考える事も抵抗する力もない。目の前が灰色にかすみ始める。
「応急処置だ。少し眠れ」
と右手の平を俺の胸の前に翳した。すると淡い緑色の光が手の平から溢れ出し、同時にあれほど困難だった呼吸が少しずつ空気を取り入れ始め、急速に訪れる眠気。そのまま意識が遠のいていく。それは死への誘いではなく、生きる為に必要な眠り……。
突如近づいて足音。あ、何だか抱え上げられたみたいだ……第二王子様が、困った……立ち場に、なりませんように……
「王太子殿下! 何故このようなところに!?」
リアン……。やっぱり、この方は第一王子だったか……
「こやつにお忍びで会いに来てみたら、散々咳き込んだ挙句喀血して虫の息だ」
喀血?
「な!? 惟光殿?」
リアン、ごめん、迷惑、かけた……
「こんなになるまで気づいて貰えなかったとはなぁ。転移者の病の根本治療は禁じられているとは言え、まるで玩具ではないか。また哀れな……」
俺の事? 転移者の病気が、何だって? 玩具か、そうかも……あぁ駄目だ。酷く、眠い……リアン、何か反論してる……
……あーぁ。弟が生まれて以降、『駄目兄貴』『カス兄貴』『弟の引き立て役』とレッテル貼られて蔑まれて生きてきた俺。でも、大学入学と同時に親や弟から離れて東京で暮らし始めたら、彼女も出来て、サークルもバイトも楽しくて。平凡だけど充実してるなー、なんて思ってたら。実は彼女だと思っていたら他に本命の彼氏が居て。ツマミ食いされただけだった上に、仲間の一人だと思っていた文芸サークルの奴に、プロットを盗まれてまんま小説にしたのが受賞して書籍化……。激しく落ち込んだ俺は人生初の酒で急性アルコール中毒で生死を彷徨い中。その間、異世界の夢を見ていた。そんな、二十歳の誕生日……多分、こんなとこだ。
文字にしてみると、恐ろしいほどつまんねー人生だなぁオイ。
少し前に意識を取り戻した俺は、人生を振り返っていた。多分目を開けたら、どこかの病室だ。生死を彷徨っている間に見ていた夢オチ。あるあるな結末というか。使い古され過ぎてるわな。なんだかなー。しかし、続きが気になる終わり方だったな。やたらリアルだったし。
何度か肺炎や気管支炎を起こした時に咳き込んで血痰吐く事はあったけど、喀血は初体験だ。もう二度と経験したくないなぁ。窒息するかと思ったもん。昔の小説に、薄幸の美少女とか美少年の定番が結核だったりするけど、あれ、実際は壮絶に苦しむから淡雪みたいな儚げな最期にはならないんだよなー。
さて、いつまでも夢の余韻に浸ってても仕方無い。俺が意識を取り戻したら、ここを使いたい患者もいるだろうし。ベッドを空けてやらないとな。俺なんかに使う治療費も勿体無いしな。また、『ムササビの五能』&モブキャラ人生の再開と行くか! 本音は戻りたくないけど……
えい! と思い切って目を開けた。
「気がついたか? 良かった」
冴え冴えと感じるほどに冷たく澄み切った声共に、心配そうに俺を覗き込む銀灰色の双眸が目に飛び込む。え? え?
「ひっ! お、王太子殿下っ!」
「こら、大人しく寝ていろ! また、喀血したいか? 今咳き込めば大量喀血で命の保証はないぞ!」
慌てて追きあがって平伏そうとする俺を、ガシッと両手で俺の両肩を押さえつける第一王子。どういう事だ? まだ夢の中なのか? いや、それにしてはすぐに息切れして胸がゼーゼー鳴っている音がリアルだ。まだ、異世界か。
「あ……申し訳、ございません」
さすがに、もうあんな体験は真っ平だ。
「まぁ、良い。しばらくは絶対安静だな。悪いが色々と元の世界のそなたを調べさせて貰った」
面長の輪郭に背筋がゾクリとするほど冷たく整った顔立ち。両耳の先端が少し尖っているのもあって何だか一種の妖魔めいた魅力を覚える。銀髪ストレート長髪、月光を湛えたような瞳、月光に照らされた雪明りみたいな肌。これらを総称して何か的確なキャラがいた気がする……て、ん? 俺の過去なんか調べたってつまらないだろうに。駄目だ、まだ意識がハッキリしない……。
「実に、興味深い」
形の良い桜色の唇が、ゆっくりと弧を描いた。あぁ、そうだこの『氷の美貌』……
「具合が落ち着いたら、色々話を聞かせて貰おう。今は、休め」
『魔王』だ! 迫りくる睡魔の誘惑に耳を傾けながら、そう確信した。
咳は止まるどころか益々激しくなって、息を吸う事も吐く事も出来ない。まるで溺れちまったみたいだ。なんとか呼吸を確保したくて、うずくまったまま両手で胸を掻きむしった。
ゴホゴホゴホッゲホッゴボッ……
苦しくてのたうち回るしか出来ない。まさに陸の上に打ち上がった魚のようだ。
「おい、大丈夫か?」
そう言って、第一王子が目の前にしゃがみこむ。申し訳ないけど、声が出せない。
「大丈夫……な訳ないか。まぁ、何も話す必要はない」
そう言って、左手で俺の右肩を支え、右手で背中を軽く叩き始めてくれた。何て、恐れ多い……。だけど咳は鎮まらない。にわかにゼロゼロゴロゴロ胸から異音がし始めた。猫が喉を鳴らすみたいな音。そしたらグッと胸の奥から喉に何か熱い物が付き上げた。しかも鉄臭い。まさか、吐くの……か? 駄目だ! 第一王子に吐しゃ物がかかったら!
ゲボッゲボッゴボッグッ
己の意志に反して一際激しく咳き込む。咽から込み上げて来た感触に慌てて両手で口元を抑えた。
「……え?」
指の隙間からポタリ、ポタリと滴り落ちるソレは真っ赤な液体だった。まさか……血? 俺? 死ぬのか? そう思った途端、更に喉の奥から鮮血が溢れ出た。
「おい!」
焦ったように声をかけ、背中をさする第一王子。その膝に滴り落ちる鮮血。これは、拙い……
「かっ……かはっ、お、お……」
苦しい、目が霞む。(お召し物を汚してしまい申し訳ございません)と伝えたいのに、空気が漏れたような声しか出せない。
「何? どうした?」
「……め、し、も……よ、よ……ご……」
耳を傾けてくれる第一王子。必死に伝えようともがく。
「馬鹿な! どんな噂を聞いているのか知らんが、私は虫の息の病人より自分の衣装を大事にするような極悪非道な男ではないぞ!」
半ば呆れたとように言うと、両手で俺の肩を抱き自らの右肩に上体を寄りかからせた。もう、考える事も抵抗する力もない。目の前が灰色にかすみ始める。
「応急処置だ。少し眠れ」
と右手の平を俺の胸の前に翳した。すると淡い緑色の光が手の平から溢れ出し、同時にあれほど困難だった呼吸が少しずつ空気を取り入れ始め、急速に訪れる眠気。そのまま意識が遠のいていく。それは死への誘いではなく、生きる為に必要な眠り……。
突如近づいて足音。あ、何だか抱え上げられたみたいだ……第二王子様が、困った……立ち場に、なりませんように……
「王太子殿下! 何故このようなところに!?」
リアン……。やっぱり、この方は第一王子だったか……
「こやつにお忍びで会いに来てみたら、散々咳き込んだ挙句喀血して虫の息だ」
喀血?
「な!? 惟光殿?」
リアン、ごめん、迷惑、かけた……
「こんなになるまで気づいて貰えなかったとはなぁ。転移者の病の根本治療は禁じられているとは言え、まるで玩具ではないか。また哀れな……」
俺の事? 転移者の病気が、何だって? 玩具か、そうかも……あぁ駄目だ。酷く、眠い……リアン、何か反論してる……
……あーぁ。弟が生まれて以降、『駄目兄貴』『カス兄貴』『弟の引き立て役』とレッテル貼られて蔑まれて生きてきた俺。でも、大学入学と同時に親や弟から離れて東京で暮らし始めたら、彼女も出来て、サークルもバイトも楽しくて。平凡だけど充実してるなー、なんて思ってたら。実は彼女だと思っていたら他に本命の彼氏が居て。ツマミ食いされただけだった上に、仲間の一人だと思っていた文芸サークルの奴に、プロットを盗まれてまんま小説にしたのが受賞して書籍化……。激しく落ち込んだ俺は人生初の酒で急性アルコール中毒で生死を彷徨い中。その間、異世界の夢を見ていた。そんな、二十歳の誕生日……多分、こんなとこだ。
文字にしてみると、恐ろしいほどつまんねー人生だなぁオイ。
少し前に意識を取り戻した俺は、人生を振り返っていた。多分目を開けたら、どこかの病室だ。生死を彷徨っている間に見ていた夢オチ。あるあるな結末というか。使い古され過ぎてるわな。なんだかなー。しかし、続きが気になる終わり方だったな。やたらリアルだったし。
何度か肺炎や気管支炎を起こした時に咳き込んで血痰吐く事はあったけど、喀血は初体験だ。もう二度と経験したくないなぁ。窒息するかと思ったもん。昔の小説に、薄幸の美少女とか美少年の定番が結核だったりするけど、あれ、実際は壮絶に苦しむから淡雪みたいな儚げな最期にはならないんだよなー。
さて、いつまでも夢の余韻に浸ってても仕方無い。俺が意識を取り戻したら、ここを使いたい患者もいるだろうし。ベッドを空けてやらないとな。俺なんかに使う治療費も勿体無いしな。また、『ムササビの五能』&モブキャラ人生の再開と行くか! 本音は戻りたくないけど……
えい! と思い切って目を開けた。
「気がついたか? 良かった」
冴え冴えと感じるほどに冷たく澄み切った声共に、心配そうに俺を覗き込む銀灰色の双眸が目に飛び込む。え? え?
「ひっ! お、王太子殿下っ!」
「こら、大人しく寝ていろ! また、喀血したいか? 今咳き込めば大量喀血で命の保証はないぞ!」
慌てて追きあがって平伏そうとする俺を、ガシッと両手で俺の両肩を押さえつける第一王子。どういう事だ? まだ夢の中なのか? いや、それにしてはすぐに息切れして胸がゼーゼー鳴っている音がリアルだ。まだ、異世界か。
「あ……申し訳、ございません」
さすがに、もうあんな体験は真っ平だ。
「まぁ、良い。しばらくは絶対安静だな。悪いが色々と元の世界のそなたを調べさせて貰った」
面長の輪郭に背筋がゾクリとするほど冷たく整った顔立ち。両耳の先端が少し尖っているのもあって何だか一種の妖魔めいた魅力を覚える。銀髪ストレート長髪、月光を湛えたような瞳、月光に照らされた雪明りみたいな肌。これらを総称して何か的確なキャラがいた気がする……て、ん? 俺の過去なんか調べたってつまらないだろうに。駄目だ、まだ意識がハッキリしない……。
「実に、興味深い」
形の良い桜色の唇が、ゆっくりと弧を描いた。あぁ、そうだこの『氷の美貌』……
「具合が落ち着いたら、色々話を聞かせて貰おう。今は、休め」
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