王子の僕が女体化して英雄の嫁にならないと国が滅ぶ!?

蒼宮ここの

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第45話 王子ジャオ

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鬱蒼と茂る深い緑の中。旅の一団には老爺が多く目立つ。その中に一際目立つのが長い赤髪の青年である。纏う服も高貴で、周囲の者とは一線を画する身分であると知れる。

「ここまで来れば悟られまい」
「ジャオ様を討ったと勘違いして浮かれておったからな。あれが影武者とも知らずに」

老人たちは意気揚々と話す。しかし赤髪の男はその美しいかんばせにありありと憂いを滲ませて隠さない。

「多くの犠牲を払ってまで、我らがこの地に辿り着いた意味などあるのか‪……‬」
「ジャオ様の高貴な血統を絶やしてはなりません! 我々ルアサンテの民の唯一の誇りなのです!」
「血など‪……‬」

そこで赤髪の男はふと、テントから啜り泣く声に気付く。真っ直ぐにそこに向かい、中を見て絶句した。

「おい! 拘束はするなと言っただろう!」

二人の女が、ボロボロの服を身に纏い、首輪と腕の手錠で拘束されている。見張りの男が今しがたまで女の身体を撫でまわしていたのをひた隠すように、己の手を背中に隠す。
赤髪の男は見張りから鍵を奪い取り、まずは金色の髪の少女を助ける。次に黒髪の婦人を。二人は怯えるように赤髪の男の後ろに縋り付いた。

「困りますぞ、ジャオ様。貴重な子作りの道具を」
「道具だと‪……‬? 私の妹をお前は道具だと‪……‬そう言ったのか?」

抱き寄せたのは金髪の少女だ。兄と揃いのグレーブルーの瞳に深い怒りと悲しみを称えている。

「そうです。女人は本来生きていてはならない穢らわしい存在‪……‬ですがすべて殺してしまえば我々の血は絶えてしまいます。ですから選別して連れ出したのです」
「お前‪……‬! 死ぬ覚悟はできているか!!」

少女が赤髪の男に縋り付く。妹が必死で、兄が人殺しになってしまうのを止めているのだ。老人らはそれをいい事に、まるでここが愉快な宴の席であるかのように朗らかに笑う。

「ジャオ様にはまず妹君と子作りをしていただきます。高貴な血を掛け合わせれば、必ずや良き跡継ぎが産まれる筈です」
「は‪……‬?」

近親相姦など‪……‬元いた国では禁忌とされていた行為だ。それをものともせず、老人らは深く頷く。

「我々はその後で構いません。女人は何度でも産めます。たくさん産ませて、この地で新しいルアサンテ王国を築きましょう」

何を言っているんだ。しばらく呆然として反応できなかったが、好色な視線が妹をつけ狙っていると気付くと、慌てて妹を背中に隠す。

「そんなことは許さない。私も妹を抱く気などないぞ‪……‬!」
「そう仰ると思いましてえ」

老爺の声がいやらしく間伸びする。そしてその下卑た視線を黒髪の婦人に移した。

「この女人も貴族の出です。姫君には敵いませんが、高貴な血の持ち主でございます。この者と子作りなさいませ」
「君は‪……‬」

赤髪の男が何かに気付いたように黒髪の女を振り向く。黒髪の女は何かを訴えるように、唇を噛んで赤髪の男を見つめている。

「家で酷い迫害を受けて我々の一団に逃げ込んできたと聞いたが‪……‬そうではなかったのか‪……‬?」

黒髪の女は長い髪を振り乱す。その痛々しい様に、彼はすべてを悟ってしまった。ふたたび老爺を振り返り、強い嫌悪を眉間に刻む。

「貴族の家から、無理やり攫ってきたのか‪……‬!?」
「国の再建のためなのです。ご理解ください」
「もう我慢ならない‪……‬!」

怒りに震え立ち上がった。老爺らはどよめくが、その中でも一番若い初老の男がおもむろにロケットペンダントを取り出した。

「ベルが見ておりますよ」

小さな器の中に収まった、花を抱えて微笑む少女の姿に‪……‬赤髪の男は愕然とする。途端に、すべての生気を吸い取られてしまったかのように剣を落とし、その場に膝をついてしまった。

「あなたのために犠牲になったベルの、最期の願いを無下にするおつもりか?」
「ベル‪……‬ベル‪……‬ああ‪……‬」

赤髪が長い指にかき乱される。震える声はおよそ今まで娘らを守っていた王子らしくなく、泣きじゃくる子どものように頼りない。

「何が‪……‬犠牲だ‪……‬お前たちが‪……‬殺したんだ‪……‬」
「下賎な娼婦の血は王族に相応しくない。いい加減我々民の声を聞き入れていただきたい」
「ジャオ様は妹君はいらないと仰られましたな。さあこっちに来るんだ」
「いやあ! 兄様! 兄様!」

少女が老爺らに奪われる。それでも赤髪の男は我を失ったかのように、連れ去られた妹にも寄り添う黒髪の女にも目をくれず、投げ捨てられたロケットペンダントを見つめている。


――――人の子らよ


森の空気の流れが止まる。その場にいる全員が、頭の中に響く声に息を呑む。

――――愚かな人の子らよ、我に何を望む?

明らかに人の声ではない。動物とも違う。声には魔力が滾りすぎていて、免疫のないものは一人、二人と倒れていく。姫の腕を掴んでいた初老の男がパッと手を離してその場に跪いた。

「精霊様‪……‬!? 精霊様だ! お前達ひれ伏せ!」

その言葉に老爺たちは一斉に地に伏せる。姫君ですら、精霊と聞いて座り込み地面に額をつけている。

――――国の復興か? 叶えよう、我が守護してやる

「おおっ‪……‬」
「精霊様、ありがとうございます!」
「精霊様ー!!」

もはや誰もがこの声に心酔していた。森の奥深くに宿る精霊は祖国で言い伝えとして受け継がれてきたが、その姿や声を聞いた者は歴史上誰もいない。だが、実在したのだ。
魔力を有する古き一族として敬遠されてきたルアサンテの民にとって、この出来事はまさに復興成功への確信であった。彼らの永きに渡る精霊信仰が、身を結んだ瞬間であったのだ。

――――引き換えに何を捧げる

声が問う。民らの頭は沸騰してよく物を考えられない。だから気付けなかった。その声がひどく怒りに満ち、憎悪を孕んだ声であったかを。

「なんでも捧げます! 女人などどうなっても構いません! 子さえ儲けられれば!」

初老の男がふくよかな腹を打ち付けて狂ったように吠える。女二人が怯えで息を荒くする中、赤髪の男はうろ、うろと視線を彷徨わせていた。

「ベル‪……‬ベル、いるのか‪……‬?」

上げた頭を見えない力によってふたたび地に擦り付けられる。そうされる刹那、赤髪の男は確かに見た。森の奥に佇む最愛の人を。

――――よかろう、では

声が降り注ぐ。愚かな人間らに、裁きを言い渡すかのように。

――――もう二度とお前たちに邪魔な女人が産まれないようにしてやる

「は!? そんな!」

誰かが叫ぶ。そして地面に頭を押しつけられる。衝撃に痛みを訴える同胞の声が恐ろしく、もう誰も顔を上げられない。



――――滅びの時を待て










ハッ。唐突に意識が覚醒する。離れていた魂が身体に還ったような恐ろしい感覚に、僕は思わず自分の身体を抱きしめた。
今の悲惨な光景はなんだ。ただの夢だと思うには現実味を帯びすぎていて……。

「トルテ‪……‬」

その名を呼ぶ。もう来てはくれないのだと知りながら。あの邪悪な精霊の声が、トルテのものだと確信してしまった。たとえ声を聞いたことがなくたって、僕らはずっと一緒にいたのだから、わかる。そうだ、ほんとうに、ずっと、一緒に‪……‬‪……‬。

「トルテ‪……‬許して‪……‬‪……‬」

それでもこの身にトルテが宿っているような気がして、ひたすらに身体をさすった。そして許しを乞い続けた。何も思い出せないのに、途方もない喪失感と罪悪感に心が捻じ切れそうになる。
できることならすべてを思い出したいのに‪……‬思い出すのが、こわい。
前世の僕は、ジャオと結ばれることを許されず、何の意義もない、無慈悲な、差別感情によって……殺されたんだ‪……‬‪……‬。
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