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第16話 アシスト?

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城に戻ると、衛兵がフロストの部屋に行くように伝えてくる。うんざりだ。まあユーステンの件はあの男にも伝わっているだろうし‪……‬きちんと報告するのが筋ってもんか。

「ジャオ、ここまででいいよ。今日はありが」
「フロストというのは男か?」

え。思いもよらない速度で言葉を遮られ、つい反射的に「うん」と頷いてしまう。解かれた手がふたたびかたく結ばれた。

「俺も一緒に行く」
「ええ? いいよ、一応父上も認めている祈祷師だし‪……‬」
「ダメだ。ついていく」

頑なだ‪。普段は見せない強引さがこんな時に発揮されるのが嬉しい。ジャオ、すごく心配してくれてる。城の中でまで護衛してくれるなんて‪……
‬ウウッ、ときめくな僕‪‬! これ以上好きになってどうするんだ!? 子作りする勇気もないくせに‪……‬!

「どこだ? 案内してくれ」

場所を知らないはずのジャオが先立って僕を引っ張っていく。またも貝殻のようにかたく手を繋いでいるので、城の者たちには舐めるように見られた。そういう関係だと絶対に思われた。クソッ‪、‬どんどん外堀が埋められていく。勘弁してくれ‪……。

「ここ‪だ‬」
「邪魔するぞ」

コンコン、行儀良くノックをするが少々横柄な物言いでジャオは扉を開けた。フロストが白ローブを引きずっていつもの笑顔で出迎えてくれる。いや、ジャオの姿を認めた途端、垂れている目尻がさらに下がって‪……‬いつもよりだいぶ‪、下世話な笑顔だ。

「ジャオ様! お会いできて光栄です。ルアサンテ王国の祈祷師・フロストと申します」
「‪……‬ああ」

警戒心むき出しのジャオ。あんなことがあった直後だからかなり過敏になっているようだ。フロストもそれを察したのか、いつも以上に丁重に僕らをもてなした。椅子を二脚並べ、テーブルにティーカップを置いてくれる。香ばしい香り、透き通った色の濃い茶に白が混じるビジュアルは馴染みがなく、僕はつい首を傾げてしまう。

「フロスト、これは?」
「ほうじ茶ラテという飲み物です。是非」
「‪……‬はじめて見る‪……‬」

コクリと一口。覚悟していた苦味はほとんどなく、鼻からふわんとやさしい茶葉の香りが抜ける。まろやかなミルクの味わいとのハーモニーは絶品だ。

「‪……‬美味しい」

フロストは満足そうだ。ジャオは言葉もなく飲んでいた。反応を見ているが何も言わない。‪……‬無愛想すぎる。いや、これが本来のジャオだったな。

「王国では普及していないものだな。フロストのオリジナルか?」
「いえ、師匠に教わりました」
「ふうん‪……‬ジャオ、どうだ?」
「‪……‬いつもと同じ味だ」
「えっ、ジャオ、これ飲んだことあるのか?」
「母の好物だからな」
「へええ~‪っ……‬」

つくづく、ミヤビさんは美味しいものをよく知っている。ジャオは王族の僕よりも舌が肥えていそうだよな。

「それではお話を聞かせていただきましょう。あの国賊の動機は?」
「国賊って‪……‬学校の先生なんだけど」
「ベル様を襲う輩は皆国賊です。大切なお身体なんですから」

こういうことをさらっと言うところが苦手なんだよなあ‪……‬。
ちらりと隣を見ると、ジャオも顔をしかめて気分を害しているようだ。僕はもう慣れたけど‪……‬ジャオがいつ怒り出すかと考えると気が気じゃない。

「アイツは‪……‬理科の教師なだけあって、僕の身体を詳しく調べたかったみたいだ‪」
「ほほう。それだけですか?」
「え。あーいやまあ‪……‬あとは、王座を狙っていたみたいで‪……‬」
「ユーステンが? そう言ったのですか?」
「いや‪……‬」
「困りますねえベル様。言われたことをありのまま私に教えていただかねば。彼の処遇にも関わることです」
「グッ‪……‬」

言いたくない。アイツに投げかけられた汚い言葉。実験、観察‪……‬種付け。ジャオの子のフリをして自分の子を育てろとも‪……‬。

「ベル」

隣のジャオがギュッと手を握ってくれる。心強い温もりに、心が忘れたい過去から帰ってくる。

「顔色が悪いぞ。無理しなくてもいい」
「ああ、うん‪……‬サンキュな‪」
「あなたはベルの世話係だろう。少しはベルのことを気遣ったらどうだ。無神経すぎる」

ついにジャオが仕掛けた。立ち上がって、ビシッとフロストに人差し指を突きつける。その意見は正当だが‪……‬僕としては、このギスギスした空気のほうが居た堪れない‪……‬。

「‪……‬大丈夫だよジャオ。あの男、ゲスな言葉で僕を侮辱した。僕だけじゃない。国家そのものを侮辱していた」
「なるほどぉ~‪……‬やっぱり死罪が妥当ですかねえ」
「そこまでは望んでいない」
「とはいえこれでは示しがつきませんよ。今後もベル様の貞操を狙う者は必ず現れます。その抑制のため、見せしめは必要です」
「見せしめ‪……‬」

確かに、未然に防げる危険があるなら僕だってそうしたい。だが命を奪ってしまっては終わりな気がする。もうこの国に関わって欲しくはないが‪……‬死んで欲しくもない‪‬。

「では、国外追放はどうだろう?」
「‪……相変わらず、‬ベル様は甘いですねえ。わかりました。では一応王にはそう進言しておきましょう」

これでいい。僕にやれることはやった。ジャオもフロスト同様不満そうだったが、口を出さないでいてくれるのは僕の気持ちを尊重してのことだろう。ありがたい。

「ところでベル様。まだ身体をお浄めになっていらっしゃらないでしょう」
「お浄めって‪……‬大袈裟だよ」
「いけません。邪悪は肉体に浸透します。すぐ浴場へ」
「ああ、わかったよ。ならジャオ、ここで――――」

「ジャオ様もよろしければ一緒にどうぞ」

「‪……‬‪……‬は?」

時が止まったようだった。僕もジャオも訳がわからなくてあんぐりと口を開けている。当のフロストはといえば、善意百パーセント(を装った)スマイルでニコニコと僕らの返答を待っている。

「ご一緒に、って‪……‬」
「私は深く反省しました。ベル様は今深く傷ついていらっしゃる。ここは許嫁のジャオ様に心身ともに慰めていただくのが最良と判断したのです」
「で、一緒にお風呂に‪……‬ってこと‪……‬?」
「はい♪」

ジャオと、お風呂‪……‬?
想像しただけで、全身の毛穴が開いてブワッ……と汗が吹き出してくる。身体が燃えるように熱い。だって一緒にお風呂って。全裸を見せ合うってこと? そんなの気が休まるわけがないのに‪……‬!
ジャオは何か考える素振りをしている。ああ、嫌な予感がしてきた。

「今はお一人になるのもおつらいでしょう‪? そうだ、ついでに今夜はベル様のお部屋に泊まっていただけませんか!? すぐに衛兵を使いにやります、ご家族にはそれで伝わりますので」
「‪……‬そうだな。俺は、ベルがいいなら」
「ええ~っ‪……‬!?!?」

ちょっと待ってよ。なにこの状況。飲み込めない。飲み込めるはずがない。

「僕は大丈夫だ‪‬! 風呂くらい一人で‪……‬」
「ジャオ様のベル様を想う気持ちには感服いたしました。どうか一晩、ベル様の不安な気持ちを癒やしていただきたい‪‬」
「おいっ‪……‬!」
「……ベル‪。俺がいたら迷惑か‬?」
「ウッ‪……‬」

フロストはともかく、ジャオは間違いなく善意の塊だ。城の中まで護衛についてくるくらいだし、きっと純粋に僕を心配してくれている。こんなの‪……‬断れない‪……‬。

「‬えーと、ね……‬じゃあ、と、泊まっていく……?」
「ああ。では今夜は世話になるぞ」
「うん‪……‬」
「わーよかったですねベル様!」

フロスト、あとで覚えとけよ。
ジャオに見えないように視線で威嚇するが、それ以上に圧のある笑顔で押し切られてしまう。クソッ、絶対これ僕に対する嫌がらせだ‪……‬!

「ベル様、入浴後お気が向いたらまたいらしてください。女性化の検診をいたしますので」
「きょ、今日はいい‪……‬!」

また余計なことを。ジャオに聴こえていなかったことを願うが、部屋から出かけていたジャオはぐるりと首をこちらに向け、戻ってきてしまった。

「検診‪……‬? 貴様ベルの裸を見たのか?」
「それはもちろん。私はベル様のすべてを記録する身ですので」
「フロスト!!」
「お胸の触診もさせていただきました」
「フロスト~!?」

なぜわざわざそんなジャオを煽るような真似を。割って入ろうと思ったが、一歩遅かった。ジャオはフロストの首根っこを掴んで持ち上げている。フロストも結構な体格なのに、ヒエエ‪……‬笑顔のまま宙吊りにされてる‪……‬。

「ベルの女性化した胸に‪……‬触っただと?」
「ジャオ違う! 一瞬だけだから!!」
「触ったんだな?」

グッ。首を絞めるようにさらに持ち上げるが、フロストは涼しい顔をしている。何か魔力で防御してるな。ジャオの腕力が通じない相手となると、厄介だ。

「もういたしませんよ。ジャオ様がきちんとお役目を果たしてくださるのでしたら」
「‪【オトメ】と【英雄】のか? ……‬それはベルが決めることだ。お前に指図される謂れはない」
「そんな寝ぼけたことを言ってて、本当に他の男に寝取られても知りませんよ?」
「ジャオ、こういう奴だから‪……‬ほっとこう。行こうぜ」

少し強めにジャオの肩を揺すって二人を引き離す。
ジャオはまだ敵意むき出しにフロストを睨みつけていたが、僕に背中をさすられてしぶしぶ一緒に部屋を出てくれた。
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