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第14話 この男しか

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スウスウと風が通る。優しく僕の肌を撫でていく。
最初は心地よいまどろみに浸かっていたが、そのうちに冷えてきて小さく身じろいだ。

……なぜだ。指先の一つも動かせない。

「あ‪……‬?」

遅れて目を開く。マグカップを手にしたユーステン先生が立ち上がり、嬉しそうに僕に近寄ってきた。僕は‪……‬話の途中で眠ってしまっていたのか‪……‬?
手首が硬くて冷たいものでがちりと固定されている。足首も。そして首も動かせないので視線だけを巡らせ、背中に張り付いているのは鉄板、そして手首を固定しているのは金属の拘束具だと確認する。そこでようやく僕は、自分が立ったまま磔で拘束されているのだと知った。

「なん‪……‬!?」

もがくとガチャガチャと大仰な音が鳴る。まったく外せる気がしない。見せつけるように、ユーステンが小さな鍵を面長な顔の横に掲げた。

「無駄だよぉ。熊でも外せない拘束具だ」
「なんでっ‪……‬!? 先生! 冗談はやめてください!!」

しくじった。もっと用心するべきだった。フロストに忠告されたばかりなのに‪……‬平和ボケしてると揶揄われても仕方ない。こんな‪お手軽な罠に引っ掛かるなんて‪……‬!
せめて抵抗の意を示そうとガチャガチャ手首を揺らしていると、ユーステンが後ろに手を組みながらゆっくりと歩み寄ってきた。僕は怖れで動きを止める。一瞬、僕の視界を薄墨色が覆い――――だんだんそれが離れていき、ユーステンが構えているのがなんなのかわかった。
大きな、鳥の羽だ。

「君のために特注で誂えたんだよ。持ち手は真鍮製だ。こういうのは趣が大事だからねえ」

羽先が僕の鼻をくすぐり‪……‬頬を撫でると、首筋を辿って下に降りていく。それが胸元に差し掛かる時、思わず「ヒエッ!!」と大声が出た。
なぜって、羽の感触を直に肌に感じるのだ。

なんで? 服は‪……!‬?

その問いに応えるように羽は脇腹、内股と全身を這い回る。僕は服を着ていないのか。上も下も。もしや全裸にされて、磔にされている‪……‬!?

「やめろおお!! 無礼だぞ!! お前は!! 王族に対する侮辱を! このようなっ‪……‬!!」
「ふふ、状況がわかっていないようだねえ。このまま最後まで辱められても君はそのことを公にする覚悟があるのかい?」

最後まで。耳に吹き込まれたその恐ろしい宣言にゾクリと震え上がる。まさか‪……‬。今の状況に動揺しすぎて頭がまわっていなかったが、そうだ、ユーステンの魂胆は‪……‬この、シチュエーションは‪……‬。

「もう校内に生徒は残っていない。たくさん声をあげていいんだよ。たっぷりと弄んで、その後は……この科学の天才・ユーステンの優秀な精子で種付けしてあげよう」

そんな‪……‬‪……‬。
剥き出しの肌に隙間風があたる感触が絶望感を煽る。このままこの男に身体を弄ばれて、しかも性行為までされるだって? 冗談じゃない‪……‬!

「王子が孕める女体になっているなんて聞いてこの疼く好奇心を我慢できるわけがなかろう‪? ‬それともなにか、君は最初から私を誘っていたのかな‪……‬?」
「だっ‪……‬まれ‪……‬!!」

羽先が執拗に乳頭を抉る。なだらかな丘の中央に色づいたそこがピンと張り出すのを、よりにもよってユーステンのガサガサの指先に教えられて、僕は屈辱で暴れ倒した。しかし拘束具はビクともしない。嘲笑うように、ユーステンは僕の乳首を摘んでコネコネと揉み上げてくる。
そんなことされてもまだ完全な女人じゃないんだ、感じたりしない。ただただうっとおしくて、不愉快で、怒りのあまり腹の中が混ぜくり返る。

「オトメが英雄以外の子を孕んだらどうなると思う‪……‬? お前は死罪だ‪……‬死罪‪……‬!!」
「黙って産めばよろしい。どうせ英雄ともよろしくやっているのだろう? 誰の子どもかなんてバレやしないさ」

やっぱり‪……‬僕とジャオってそういう関係だと皆に思われているのか‪……‬。
いや、この際そんなことはどうでもいい。コイツ本気なのか。教師のくせに僕を犯して孕ませようとしている? 正気じゃない。こんな人間がいるだなんて、知りたくなかった。

「ほ~ら王子‪……‬女人というにはまだ、中途半端なものがついておいでですねえ‪……‬?」
「う、アッ」

ついに股間を羽でくすぐられる。日に日に萎んでいくそこは、もはや勃ち上がる力もなくしょぼくれたままひそかに硬度を増すだけだ。ユーステンはそれを触って確認すると、執拗に羽で撫でまわしてくる。

「私にはわかる‪……‬ここがクリトリスとなるのだな‪……‬? 先端を強く刺激すると気持ちがいいはずだ、ほら答えなさいベルっ」
「ア、ア、アーッ‪……‬‪……‬やめっ‪……‬」
「おお、汁が出てきたぞお‪……‬? どういう仕組みなのかなあ~?」

ユーステンが跪いて至近距離で覗き込んでくる。やめろ。見ないでくれ。自分でもそこがどうなっているのかわからないのに、こんな下衆な奴に弄ばれるなんて、絶対にイヤだっ‪……‬!!

「ああっベルくん‪……‬! ガマンできないよ、なんていやらしいカラダなんだっ‪……‬!」
「ヒッ‪……‬」

ユーステンが下半身をゴソゴソとさせている。ベルトの金具が床に当たる音がして、僕は恐怖に堪えきれず涙を流した。ユーステンは構わず己の露出した下半身を擦り付けてくる。上半身にもペロペロと舌を這わせてきて……気持ちが悪い、吐きそうだ。
もうやめてくれ。どうしてこんな目に遭わなきゃならない。確かに僕が悪い。自ら危険を誘うような真似をして、こういう輩を触発してしまった‪……。
‬だけど、もう十分だろう。解放してくれ。頼む。もう何もされたくない‪……‬!

「女人のカラダはすべすべで柔らかいなあ~‪……‬ヒヒッ」
「もお‪……‬やべで~~~~」
「泣いてる!? フヒヒッ、可愛らしいですぞっ、フヒヒッ!」

ユーステンはますます興奮して顔を近づけてくる。唇同士が触れた状態で‪……‬ズリズリと腹にアレを擦り付けられて、もう、なんだか目眩までしてきた。僕の全身がこの男を拒んでいる。叫び出したいが、それだとユーステンの唇に自分から食いついてしまう形になる。それだけはいやだ。僕はジャオを裏切れない。
ジャオ‪……‬付き合っているわけじゃ、ないけど‪……‬僕に好意を示してくれた。こんなふうじゃなく、ゆっくりと僕にアプローチしてくれて‪……‬何者からも守ってくれて‪……‬ああ、でも‪……‬もう諦めて家に帰ってしまっているだろうな‪……‬もう、無理なのかな‪……‬こんなにも、奪われて、穢されて‪……‬ジャオにも、軽蔑されてしまうかも‪……‬‪……‬。

「挿入するのは‪……‬後ろからしか無理か~? アアッ早く私のモノにしてあげたいよベルくんっ」
「いやあ‪……‬ンンッ‪……‬いやだああ~~‪……‬」

竿の先端が無遠慮に僕の後孔をつついてくる。こんなことになるなら‪……さっさとジャオに身体を許せばよかった‪……‬ジャオ、ジャオ、ジャオ‪……‬ああ‪……‬せめて、お前のことを想いながら犯されたら‪……‬こんな弱い僕でも、この理不尽な仕打ちに耐えられるだろうか‪……‬?

「グッ、グフッ、グフフフッ」
「ウウッ、いやあっ‪……‬!」

グリグリと捩じ込まれそうになり、僕は必死で尻を締めて身体を上に逸らす。
やっぱりいやだ。耐えられるわけない。好きでもない奴とこんな‪……‬たすけて、だれか。たすけてくれよ。

「ジャオおっ‪……‬‪……‬!!!!」

シュン。窓から飛び込んできた光の玉が目の前を横切る。ユーステンは驚いて後ろに倒れ尻もちをついた。続けて鍵がかかっていたらしい理科室の扉が派手な音を立てて外れ、まっすぐに倒れる。
ジャオだ。見なくてもその勢いで、荒々しい駆け足の音でわかった。

「ベル……!!」

見られたくない。そんなこと願っても叶わないのに。中途半端な女体の全裸を見せつけるように張り付けられ、男の体液で顔も下半身もベトベトだ。こんな姿、ジャオに見られたくなかった‪……‬動けない僕は、涙を流すしかできない。

「ベル‪……‬! ベルっ」
「鍵‪……‬ユーステンが、持ってる‪……‬」

力ずくで拘束具を外そうとするジャオにそっと告げる。するとジャオは眼光の紅い残像を残してユーステンに向き直り、そして。

――――ガンッ

怯える男の脳天に、踵落とし。一発で気絶させてしまった。

「よかった‪……‬」

息をついたのも束の間。ジャオは暴行をやめない。ユーステンの頭をかち割らんとばかりに何度も足を踏み下ろしている。呼吸がだいぶ荒い。我を忘れているのかもしれない。

「ジャオ!!」

ダメだ。何も聞こえていないようにジャオはユーステンの全身を激しく殴打し続けている。内臓を損傷したのか、ユーステンの口からガボッと赤い液体が吐き出される。
焦りで耳鳴りがする。警告音。止めなきゃ。ジャオがユーステンを殺してしまう。

「もういいから! これを外してくれ! ジャオッ!!」
「ふー!! ふー!! ふー!!」
「ジャオが罪人になっちゃうっ‪……‬いやだあっ‪……‬!!」

泣きながら大声を出したものだからみっともなく声がひっくり返った。それに反応したのか、ジャオはようやく殴るのをやめて僕を見てくれる。足元に落ちた鍵を拾って、こちらに来てくれた。

「ベル‪……‬ベル、ベル、ベル」
「これ、外して‪……‬僕は大丈夫だから、な‪……‬?」

ジャオも泣いていた。瞳のブルーが霞み褐色の頬に溶けていく。取り乱しながらも、引き締めた口元はまったく緩まない。泣き顔すら高潔だった。
僕に縋る彼をなだめてなんとか震える手で拘束を解いてもらった。身体にまったく力が入らなくて倒れ込むが、ジャオがしっかりと受け止めてくれる。
ジャオの体温。安心する‪……‬‪……‬。
僕からも縋り付く。気が抜けたと同時に、次から次へと涙が溢れ出してきた。

助かったんだ。
また、ジャオが助けに来てくれた。

「ああ‪……‬ベル‪……‬すまない‪……‬もっと早く‪……‬」
「大丈夫だよ、たいしたことされてない‪……‬間に合ったから‪……‬大丈夫‪」
「うう、」

しばらく互いを支えるように抱き合っていた。やがてジャオがおもむろに離れ、僕の服を見つけ出してきてくれた。

「早く着てくれ。風邪をひく」
「うん‪……‬」

ジャオ、一度も、僕の身体にいやらしく触ったり、見ることすら、しなかったな‪……‬。
僕はあらゆる意味で守られてきたんだと、今さらながら実感する。身なりを整えると少しだけマシな気分になれた。
血を吐いて倒れるユーステンを見やる。あんな男に、さっきまで‪……‬。

「ジャオ」

スッ。一度は解いた抱擁を、今度は僕から結び直す。ジャオは受け入れて抱き返してくれた。頬擦りしながら少しずつジャオの目の前に顔を寄せていく。そして鼻先がくっついた状態で、懇願した。

「キス、して」
「ベル‪……‬」
「上書き、してくれ‪……‬」

僕は穢れていないと、思いたかった。自分からこんなことを言い出すのがいかに恥知らずな行為か、きっと後悔するんだろうってのもわかっていたけど‪……‬今はもっと、ジャオを感じたい。舌の先っぽだけでいい、ジャオに体内に入ってほしい‪……‬。僕はなんて不埒なんだろう。

「ンッ」

ジャオの舌がぬるりと入ってくる。僕はドキドキと弾む胸をジャオに押し付けてそれに絡み付いた。
やっぱり‪……‬ジャオのキス、気持ちいい‪……‬ユーステンにされた時はあんなにも吐きそうだったのに‪……‬はあ、いい匂いがする……‬僕の好きな、男の匂い‪……‬やさしく慰めるように動く舌、愛しい‪……‬もっと絡み合いたい‪……‬。
甘えるように、僕からチュッチュッと吸い付く。

「もっと‪……‬」
「はあ、ベルっ‪……‬」

ジャオがグッと泣くのを堪えるような顔をして、僕の頭を抱え込む。ジュッジュッと強めに吸ってくれている。全然イヤじゃない。むしろ嬉しい。ああ好き。好きだよ、ジャオ‪……‬‪……‬。
どうか伝わるようにと抱き締める力を強くする。ジャオは僕を膝の上に抱え直して、舌が痺れるほどに何度も、何度も、キスを繰り返してくれた。
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