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婚姻、そして大団円

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ひと月が過ぎた。
幸せな結婚式が盛大に屋敷で行われ、ネイスとトッドは今も変わらずユアとユアの父親に仕えている。

ユアの部屋の扉が開いて、朝支度を終えたユアその人とお付きの執事であるネイスが出てきた。たまたま廊下を清掃していたトッドが気付いて深々と頭を下げる。
「おはようございます、ユア様」
「おはようトッド」
ユアから気安く歩み寄り、トッドの手をギュッと握る。気恥ずかしそうにしながらも、トッドもそれを握り返しはにかんだ。もはやネイスも咎める筈はなく、ひたすらにその様子を幸せそうに見守っている。
「トッド、お父様のところまで一緒に行こう?」
「はい! あ、でも‪……‬ネイスさんは?」

「ネイスは彼女をお願い。あの人、低血圧だからまだ寝てると思う」

「承知いたしました」
ネイスは恭しくお辞儀をして、ユアの隣にある客室をノックし、入室していった。
少年二人はそれを見送って、仲良さげに歩き出す。





「ユア様。最近はいかがですか?」
「いいカンジだよ。ネイスからひどく扱われるの、癖になっちゃって‪……‬♡」
「はわわ、そんなエッチな顔、朝からダメですっ」
誰かに見られたらと焦ってユアの前に立ち塞がるトッド。ユアは他人事のようにカラカラと笑う。
「大袈裟だよ。誰にもバレないって。そういうトッドのほうは?」
「はい、僕も‪……‬ネイスさん、今までの関係が嘘のように大事にしてくれるんです‪……‬家での移動は基本お姫様抱っこだし、夜は‪……‬好き好きって言いながらずっとスリスリしてくれて‪……‬♡」
「トッドのほうがエッチな顔だよ♡」
ツン、と頬をつつかれて赤面する。
つい惚気てしまった。ユア様にはなんでも話してしまう。
「ネイスって僕たちの求めてるモノわかってるところがニクいよね」
「本当に‪……‬でもユア様があんなふうにサレたいなんて、意外でした‪……‬」
「自分でもビックリしたよ。でもネイス、僕より僕のことを知ってくれてるんだなって嬉しかった♡」
「……あの。度を越えたプレイは気をつけてくださいね‪……‬?」
「うんわかってるよ。家でトッドがいつも心配してくれてるってネイスから聞いてる。ありがとね」
「滅相もない‪……‬!」
目的地に着いた。
二人は手を振って別れ、ユアは朝食に、トッドは持ち場に戻る。




「朝ですよ、起きてください」
「うわっ」
シャッ、とカーテンの開く小気味良い音に続いて、ベッドの主が布団に潜り直す。ネイスはため息をついて覗き込んだ。
「旦那様と一緒にお食事していただかなくては困ります、奥様」
「‪……‬だから奥様って呼ばないでよ。まだ十代よ? 私」
「失礼いたしました、ルーズお嬢様」
そう呼ばれた少女は、それでも不服そうにようやく身体を起こした。


彼女こそ先日の盛大な結婚式の主役となった花嫁。
この屋敷の跡取り、ユアの正式な結婚相手である。




ユアもルーズもまだ結婚をするような年齢ではないが、是が非にでも彼女を、とユアがどこからか連れてきた。
後にトッドは、連日早朝にユアが屋敷を抜け出していた、あの日々がユアが彼女にアプローチをしに行っていた期間なのだと気付くことになる。
ルーズは一般の家庭に産まれた、ごく一般的な少女である。幸いユアの隣に並んでも劣らない美貌を持ち、ユアの母親によく似た美しい翡翠の長い髪を持っていたので、ユアの父親にも快く迎え入れられた。
少女は良家に輿入れしても気取らず、いつでも自然体で振る舞うので屋敷の皆から愛されている。
そんな彼女だがただ一つ、嘘をついていることがあった。
「今日は里帰りするわ。ママに会いたい」
「ルーズ様。‪……‬そのお話は屋敷内では」
「じゃあ屋敷の外でお話しましょう? あなたかトッドがついてきてよ。ねえいいでしょう?」
「‪……‬仰せのままに」

ルーズの母親は亡くなったことになっている。
それは彼女が、実はこの屋敷から失踪したユアの母親だからだ。

つまりユアとルーズは異父兄妹。公になれば血縁関係がある二人の婚姻は祝福されないであろう。
そうでなくとも、母親の存在が屋敷の主人に勘付かれたら、まだ妻のことが忘れられない彼は連れ戻そうと躍起になるに決まっている。するとルーズの母と、幼い妹の穏やかな生活は脅かされてしまう……。
それを気遣って秘密にしてやっているというのに、まったくこのお嬢様はわかっているのか。
「それはお互い様でしょう? 色欲魔のネイス」
しまった。
ルーズは容易く人の心を読む。そのことを忘れてネイスは己の迂闊な思考に後悔したが、彼女はさほど気にも留めていないらしい。
自分の要求が通ったことに上機嫌で、ネイスの前にも関わらず明け透けに着替えを始めている。
「私のおかげでユアとの関係を続けていられること、忘れないでよね」
「‪……‬大変失礼いたしました。ルーズ様には永遠の忠誠と私めの生涯を捧げます」
「いらないわよ。アンタは可愛い男の子二人で手一杯でしょ?」
ネイスが少年趣味であるから着替えも目の前で出来て便利だ、と憚らずに宣う彼女に、ネイスは苦笑いを浮かべるより他なかった。

さて、ルーズはユアと異父兄妹。つまり聖女の血を引く者である。本国でユアただ一人だと思われていた聖女の後継は本家の預かり知らぬところですでに二人も産まれていたのだった。
だが屋敷の誰もその事実を知らない。知らなくていい。要は「この屋敷に聖女がいればいい」のだ。
ユアとルーズが婚姻すれば、ルーズは誰にも気付かれず聖女の役割を果たせる。特別な儀式などはいらない。ただ存在するだけでいいのだ。
もちろん純潔は守らないといけないが、幸いルーズは性愛に興味がない、根っからの聖女であったので何もかもがユアにとっては好都合だった。
「聖女はきっと僕ではなく君なんだ」と何日もかけて彼女の家に通い、熱心に口説き落とした。その時の副産物が、母親に教えてもらった身体入れ替わりの魔法だ。
母はまだ幼いユアに聖女の重圧を押し付けて一人逃げてしまったのを気に病んでいたので、ユアの望む聖女の魔法はすべて渡したし、一緒になってルーズを説得もしてくれた。
金銭的にもユアの家柄は嫁入り先として申し分ない。気楽な生活を望むルーズだったが最終的には根負けした。
そして今や、堅苦しい屋敷の空気を自分好みに塗り変えるかのように、自由気ままに暮らしているというわけである。
公式の場で聖女として顔を出すのは今まで通りユアの役目であるし、ルーズはお飾りの相手だ。美しい男女のプラトニックな関係に、屋敷の者達のみならず国中の民が陶酔した。


ユアの計画は、すべてうまくいった。
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