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異変、そして熱暴走

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ユアは秘密裏に早朝の外出を繰り返した。
トッドがそれとなくフォローして、ネイスには気付かれないようにとうまくいっていた。
やんごとない身分の彼がお付きの執事にまで内緒にして一体どこに行っているのだろうとトッドには不思議でならなかったが、ユアの望みを邪魔したり、詮索することすら自分には分不相応な気がした。あんなにも美しくて、お優しい坊ちゃんのやることに間違いなどあるはずはない、と盲信していた。

夜は夜で三人の爛れた関係は続いている。
トッドには何も問題などないように思えた。




「ああん‪……‬ネイスさぁん」


さら‪……

‬寝返りを打つと膝にシーツが擦れて気持ちがいい。トッドはしばらく朝の光の中で微睡んでいたが、やがて何か変だと感じて起き上がった。
大きな窓には上品なレースのカーテンが引いてあり、陽光をやさしく遮ってくれている。
ぼんやりと部屋を見渡して、トッドは唐突に気付いた。


ここは…………どこだ?


トッドの部屋よりかなり広々としている。何より今自分が眠っているベッドは特大で天蓋付きだ。こんな高級な部屋‪……‬そうだ、ユア様の自室以外にあり得ない。
自分以外に人はいない。トッドはまるで自分がこの部屋の主であるかのように、だだっ広いベッドの真ん中に堂々と眠っていたらしい。青ざめてすぐさま飛び退いた。

どうして‪……‬ええと確か昨夜はいつも通りネイスさんの部屋で三人で行為をして、それから、きちんと自分の部屋に戻ったはず‪……‬?


コンコン、ガチャ


ノックの音から間髪入れずにネイスが入ってきて対面する。
終わった‪……‬‪……‬
土下座をしようとその場にひれ伏すと、慌ててネイスが駆け寄ってくる。
「どうしました? 御気分がすぐれないのですか」
「い、いえ‪……‬あの」
「寝ぼけていらっしゃるのですか?」

すり……

頬に手を添えられてつい顔を上げてしまう。
そこにはトッドが見たこともないような甘ったるい笑みを浮かべるネイスの顔があった。

破壊力が強すぎる!
座った体勢のまま勢いよく後ろに飛び退いて、強かに壁に背中を打ち付ける。

「いっだ‪……‬」
「‪……やはり、寝ぼけていらっしゃるのですね」
くすり、と微笑むネイスに見惚れているうちに、そっと肩に手を添えられて姿見の前に座らされた。
意気揚々と櫛を取り出すネイスを背後に、中央に映し出された己の姿にトッドは驚愕する。


ユアなのだ。

トッドの見た目が、ユアになっている。


「ヒエ!?」
「はいはい、もう悪夢の中ではないんですよ」
落ち着かせるように大きな手と櫛で交互に頭を撫でてくるネイス。
だがそんなこと言われたってこれはきっと夢だ。自分はこの館の使用人、トッド以外の何者でもない。
それなのに、今はこうしてユア様の、姿で、執事長のネイスさんに朝の支度をしてもらっている、なんで!?
「それではお召し物を」
「え!?」
肩にかけられた手を反射的に振り払った。おとなしく着替えさせられるわけはいかない。
トッドは以前、偶然窓の外からそのシーンを目撃してしまうことがあった。

艶かしい雰囲気の中で、見つめ合いながら‪……‬それでも主従の仕草だけを貫いていた二人の姿は、宗教画のように尊く気高いものであった。
部外者の、自分が穢していいものではない。

「着替えは自分でやります‪……‬からっ‪……‬出ててください‪……!」
「はい‪……‬?」
「出てって!」
ネイスは今のトッドのことをユアとしか思っていない。それをいいことに不遜な口調で押し通した。
ドアに向けた人差し指に従って、ネイスは怪訝そうに部屋を出ていく。

バタン

「なんで‪……‬」
ひとまず不審がられないように着替えを済ませる。上等な洋服はどれも着心地が良く、またユアの端麗な容姿にしっくりきていて鏡を見ているだけで気分が良かった。
なんと美しい。
そして、凛々しい。
しばし見惚れるが、ネイスの催促のようなノックに我に返る。
これが夢か現かも判断がつかず、トッドはネイスの後をついて大人しく朝食の席へと向かった。

「あっ‪……‬」

廊下を出てすぐ、トッドは自分の姿をした誰かと目が合った。
「おはようございます、ユア様」
柔らかな笑みに確信した。


ユア様だ。

僕の身体にユア様が入っている。
ますますわけがわからない‪……‬!


深くお辞儀をしたまま顔を上げないので、トッドは話しかける機会を失った。小声で「おはよう」とたどたどしく返して、無言のネイスについていくのみだ。
ドッドッと心臓が高鳴る。
先を歩くネイスに気付かれないように後ろを振り返ると、トッドの姿をしたユアは、機嫌良さそうに朝の掃除に専念していた。






難解なテーブルマナー、食べたこともない高級料理の数々に目を回しつつも、トッドはなんとかユアを演じ切った。
食事後は「一人になりたい」とネイスに申し出て、すぐにユアの部屋に引きこもった。
トッドはずっとユアの心中について考えていた。

自分と違い、ユアに慌てた様子はなかった。むしろ機嫌良さそうにトッドを、一介の使用人を演じていた。
自分とユア様を比べても、僕がユア様に勝っていることなんて何一つない。それなのに何をあんなにも嬉しそうに‪……‬。


違う。

勝っているとか負けているとかではなく、トッドとユアはまるで違う。


ユアは生まれた時から聖女という重要な使命を持ち、清廉な日々を積み重ねてきた。
だから愛する人と心が通じ合っているにも関わらず、いまだに情を交わせてはいない‪……‬。

「ユア様‪……‬」

ユア様は、僕が羨ましかったのかも。
こんなことを思うのはおこがましいとトッドは今まで考えないようにしていた。
だけど、ネイスさんと唯一許された口づけを交わしながら、肉体的にはさらに深くネイスさんと繋がっている僕を見下ろしているあのお方の目はいつも‪……‬深い悲しみに沈んでいた。

ドッ

そこで唐突に鼓動が高鳴る。

そうだ、このまま夜が来れば、ユア様は僕の身体でネイスさんとはじめて交わり合うんだ。
そして、僕は‪……‬いつもユア様がそうしているように、ネイスさんと見つめ合って、愛を囁かれながら、何度も愛情深いキスをされる‪……‬。

ドッドッドッドッ

考えただけで熱が出そうだ。
僕らは互いにないものを持っていて、互いに羨んでいたのかもしれない‪……

‬目を背け続けていたけれど、こうなってはじめて、トッドとユアの本音が浮き彫りになった。
互いの存在になってネイスと愛し合えればどんなにいいだろう。
トッドは今夜は直接的に熱を発散できないと知り、葛藤しながらも、結局はユアの下半身をさらけ出して、何度も何度も燻る欲を擦り上げ、吐き出した。
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