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確認、そして再確認
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ネイスとトッドの奇妙な関係にユアが加わって、三月ほどが経とうとしていた。
ネイスは毎晩のように少年二人を相手に甘美な時を愉しんでいる。だが昼間はそんなことはおくびにも出さず、ユアともトッドとも適切な仕事上の関係を保っていた。
変わることのない関係……もう後にも先にもいくことはない。
行為の後に寝落ちしてしまったネイスを見下ろして、ユアとトッドは気まずそうに笑みを交わす。
実は二人は直接言葉を交わしたことはない。ユアの世話は全面的にネイスが請け負っているし、ネイスの補佐役でしかないトッドには、ユアと話す機会など与えられるわけもなかった。
「……あー」
突然気安く話すのは不敬かもしれない。だがトッドは不自然な沈黙に居た堪れなくなり、まずは声を宙に放る。ユアがニコニコしながら待ってくれているのを見ると、少し安心して口を開いた。
「珍しいですよね、ネイスさん……今日、裏庭の草むしりを先導してやっていらっしゃったからお疲れなのかもしれません」
「そうだったんだ……いつも僕とお父様のために働いてくれてありがとうね、トッド」
「もったいないお言葉です!」
ネイスのことを話題にしたかっただけなのに、主に気を遣わせてしまったかもしれない。トッドは恐縮して両手の平を顔の前で振る。
「トッドはネイスが好き?」
「え!?」
「正直な気持ちを聞かせてほしいな」
ベッドに隣同士に座っているだけでも恐れ多いのに、この上ユアはトッドと手を繋いで至近距離でニッコリと微笑んでいる。僥倖にトッドの胸が灼けた。
なんて、美しいのだろう……。
ネイスが夢中になるのも無理はない。いやむしろ、正常な男性なら虜になるのが普通だ。
聖女の血筋というだけあって、男子でありながらユアは中性的な魅力を称えている。パッチリとした瞳は見るたびに色を変えて、いつも光を反射しきらきらと輝いている。長い睫毛が肖像画で見た奥様にそっくりで、目を伏せた横顔を捉えるとその度にハッとさせられる。陶器のような白い肌、透き通る金の髪……そのどれもが高貴で、到底トッドの手に入るものではない。
今は一番近くで煌めくその存在に、トッドは完全に魅せられていた。
「トッド?」
ハッ
強く手を握られて我に返る。勢いで、「好きじゃなきゃあんなことできないです」と口走ってしまった。
ユアはそれを聞いてなんだか嬉しそうだ。
「あ、で、でもっ、ネイスさんはユア様のものです、わかっていますから……取ったりしようだなんて考えていません……僕、二人のお役に立ちたいだけで」
「わかってるよ。トッドはいい子だもん」
ああ。
自分はこんな美しい人に笑いかけられていい存在ではないのに。
トッドは罪悪感で胸が潰れる。もちろん今言ったことはすべて本心だ。だが下心だってある。
ユアの代用品でもいい。一度でも多く、一秒でも長く、ネイスと交わっていたい……。
「明日は早朝に一人で出掛けるよ。すぐ戻ってくるから、ネイスには気付かれないようにしてくれる?」
「え……いつもは必ずネイスさんも同行されていますよね……?」
「だから黙っててほしいんだよ。僕だってたまには一人でお散歩したいじゃない?」
そういうものなのか。自分なら片時も離れず傍にいたいが……。自分とユアを比べるような真似は失礼だと思い直し、トッドはぱちんと頬を叩く。そしてユアのささやかな願いを、快く引き受けた。
ユアは言った通り、ネイスに気付かれる前にきちんと戻ってきた。
トッドと目が合うとひらひらと親しげに手を振ってくる。
愛らしい笑顔に惚けて、トッドも思わず右手を振り返し…………ガシッ
そこで背後から突然伸びて来た手に手首を掴まれ、阻まれた。ネイスだ。
「弁えなさい。ユア様は誰にでもお優しいですが、あなたは調子に乗るべきではない」
「え、あ……スミマセン……」
確かにそうだ。以前の自分なら絶対にしなかった行動だ。
ユアとも夜を共にしていることでどこか慢心してしまっていたのかもしれない。トッドは深く反省した。
対してネイスはもうトッドなど眼中になく、ユアに会釈をして機嫌よさそうに微笑んでいる。
ネイスは薄情だ、と、心のどこかでトッドは思い始めていた。
ユアはトッドの身体に無理を強いることを、かなり気遣ってくれているようにトッドは感じている。しかしネイスはどうだ。何のフォローもなく、毎晩人の身体を好き勝手に使うだけ。
ああ、もう……。
考えていたら涙が浮かんできた。
俯いているうちに止めなければ。周囲に変に思われたら、三人の関係がバレてしまうかもしれない。それだけはあってはならない。
くしゃっ
ふいに頭に落ちてくる大きな手。優しい撫で方に、すぐネイスの手つきだと気付いた。
もしかして気落ちしているのを察されたのか。トッドはますます自己嫌悪に陥る。
だがネイスを好きな気持ちが後から後から何輪も芽吹いてきて、ああ、やはり、この恋は止められないと、絶望した。
「ごめんなさい、トッド。私も気が立って」
「いえ……グスッ……」
「ここはいいから落ち着いたら戻ってきなさい。仮眠を取ってもいいですからね」
「え……は、はい、ありがとうございます……」
こうして要所要所で欲しい言葉をくれるのだ。
彼はズルい。
大人に恋するのは、思ったよりも大変だ。
ネイスは毎晩のように少年二人を相手に甘美な時を愉しんでいる。だが昼間はそんなことはおくびにも出さず、ユアともトッドとも適切な仕事上の関係を保っていた。
変わることのない関係……もう後にも先にもいくことはない。
行為の後に寝落ちしてしまったネイスを見下ろして、ユアとトッドは気まずそうに笑みを交わす。
実は二人は直接言葉を交わしたことはない。ユアの世話は全面的にネイスが請け負っているし、ネイスの補佐役でしかないトッドには、ユアと話す機会など与えられるわけもなかった。
「……あー」
突然気安く話すのは不敬かもしれない。だがトッドは不自然な沈黙に居た堪れなくなり、まずは声を宙に放る。ユアがニコニコしながら待ってくれているのを見ると、少し安心して口を開いた。
「珍しいですよね、ネイスさん……今日、裏庭の草むしりを先導してやっていらっしゃったからお疲れなのかもしれません」
「そうだったんだ……いつも僕とお父様のために働いてくれてありがとうね、トッド」
「もったいないお言葉です!」
ネイスのことを話題にしたかっただけなのに、主に気を遣わせてしまったかもしれない。トッドは恐縮して両手の平を顔の前で振る。
「トッドはネイスが好き?」
「え!?」
「正直な気持ちを聞かせてほしいな」
ベッドに隣同士に座っているだけでも恐れ多いのに、この上ユアはトッドと手を繋いで至近距離でニッコリと微笑んでいる。僥倖にトッドの胸が灼けた。
なんて、美しいのだろう……。
ネイスが夢中になるのも無理はない。いやむしろ、正常な男性なら虜になるのが普通だ。
聖女の血筋というだけあって、男子でありながらユアは中性的な魅力を称えている。パッチリとした瞳は見るたびに色を変えて、いつも光を反射しきらきらと輝いている。長い睫毛が肖像画で見た奥様にそっくりで、目を伏せた横顔を捉えるとその度にハッとさせられる。陶器のような白い肌、透き通る金の髪……そのどれもが高貴で、到底トッドの手に入るものではない。
今は一番近くで煌めくその存在に、トッドは完全に魅せられていた。
「トッド?」
ハッ
強く手を握られて我に返る。勢いで、「好きじゃなきゃあんなことできないです」と口走ってしまった。
ユアはそれを聞いてなんだか嬉しそうだ。
「あ、で、でもっ、ネイスさんはユア様のものです、わかっていますから……取ったりしようだなんて考えていません……僕、二人のお役に立ちたいだけで」
「わかってるよ。トッドはいい子だもん」
ああ。
自分はこんな美しい人に笑いかけられていい存在ではないのに。
トッドは罪悪感で胸が潰れる。もちろん今言ったことはすべて本心だ。だが下心だってある。
ユアの代用品でもいい。一度でも多く、一秒でも長く、ネイスと交わっていたい……。
「明日は早朝に一人で出掛けるよ。すぐ戻ってくるから、ネイスには気付かれないようにしてくれる?」
「え……いつもは必ずネイスさんも同行されていますよね……?」
「だから黙っててほしいんだよ。僕だってたまには一人でお散歩したいじゃない?」
そういうものなのか。自分なら片時も離れず傍にいたいが……。自分とユアを比べるような真似は失礼だと思い直し、トッドはぱちんと頬を叩く。そしてユアのささやかな願いを、快く引き受けた。
ユアは言った通り、ネイスに気付かれる前にきちんと戻ってきた。
トッドと目が合うとひらひらと親しげに手を振ってくる。
愛らしい笑顔に惚けて、トッドも思わず右手を振り返し…………ガシッ
そこで背後から突然伸びて来た手に手首を掴まれ、阻まれた。ネイスだ。
「弁えなさい。ユア様は誰にでもお優しいですが、あなたは調子に乗るべきではない」
「え、あ……スミマセン……」
確かにそうだ。以前の自分なら絶対にしなかった行動だ。
ユアとも夜を共にしていることでどこか慢心してしまっていたのかもしれない。トッドは深く反省した。
対してネイスはもうトッドなど眼中になく、ユアに会釈をして機嫌よさそうに微笑んでいる。
ネイスは薄情だ、と、心のどこかでトッドは思い始めていた。
ユアはトッドの身体に無理を強いることを、かなり気遣ってくれているようにトッドは感じている。しかしネイスはどうだ。何のフォローもなく、毎晩人の身体を好き勝手に使うだけ。
ああ、もう……。
考えていたら涙が浮かんできた。
俯いているうちに止めなければ。周囲に変に思われたら、三人の関係がバレてしまうかもしれない。それだけはあってはならない。
くしゃっ
ふいに頭に落ちてくる大きな手。優しい撫で方に、すぐネイスの手つきだと気付いた。
もしかして気落ちしているのを察されたのか。トッドはますます自己嫌悪に陥る。
だがネイスを好きな気持ちが後から後から何輪も芽吹いてきて、ああ、やはり、この恋は止められないと、絶望した。
「ごめんなさい、トッド。私も気が立って」
「いえ……グスッ……」
「ここはいいから落ち着いたら戻ってきなさい。仮眠を取ってもいいですからね」
「え……は、はい、ありがとうございます……」
こうして要所要所で欲しい言葉をくれるのだ。
彼はズルい。
大人に恋するのは、思ったよりも大変だ。
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