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山を上りきった頂上近く、立体駐車場になっている建物の中で浅葱は車を止めた。
コンクリートの駐車場は人の気配を全く感じさせず、ヘッドライトを消すと闇に近かった。
「着いたぞ、匠」
車を降りると、浅葱はあの日と同じように助手席のドアを開ける。
闇の中を歩く浅葱の後に匠も続き、カンカンと甲高い音の鉄の階段を上がっていくと、その先に古びた鉄の扉があった。
「帰ってきたんですね……浅葱さんの大切な場所」
「……ああ……行こう……」
一度深く呼吸をした後、浅葱がドアノブに手をかける。
軋んだ音をさせて扉が開くと、またあのつんざくような轟音が二人を包んだ。
そこで匠が見たのは、青い宝石を数千、数万……数えきれない程に、幾重にも散りばめたような、青く美しく輝く広大な工場夜景だった。
「……うわっ……」
その見事さに思わず立ち止まり息を呑む。
手を伸ばせば、その宝石が掴み取れるのではないかと思う程の近さだ。
まだ狭く暗い視界しかない匠の目でさえ、その美しさと迫力は充分過ぎるほど感じられる。
そこは、巨大な工業地帯を直上から見下ろし一望できる、丘の上に突き出た展望台のような場所だった。
まさに工場の真上と言っていい程の近さで、心臓に響く程の轟音は、この工場群の稼働音だった。
鳴り続け、迫り来るような工場の轟音。
陽が落ちた後の星空と青い灯りが繋がり、じっと見つめていると平行感覚を失い、クラクラと眩暈を起こしそうになる。
匠は時が経つのも忘れ、その圧巻ともいえる灯群の中に立ち尽くしていた。
「行くぞ……」
「あ……はい」
浅葱の声が轟音の中から微かに聞こえ、匠は置いて行かれまいと、速足で浅葱の後を追う。
展望台の照明はポツリポツリと数本あるだけで足元はかなり暗く、駐車場と同じく、ここも全く人の出入りは無いらしい。
そして目の前の夜景は、丘の端へ進むにつれ輝きを増した。
「すごい……!
こんなに綺麗な所、初めて見ました」
感嘆の声を上げ、匠が前へ行こうとした時だった。
「無闇に走るな!
そこは手すりが壊れている。
足を滑らせると崖下へ落ちる事になるぞ」
浅葱に手を掴まれ引き寄せられる。
目を凝らすと暗闇の中に、途中から不自然に壊れ、半ば崩れ落ちた金属の手すりがあった。
浅葱は黙ったまま匠の手を握り、慣れた足取りでその脇を抜け、先へと歩き続けた。
しばらく進むと、展望台の先端にポツリと小さな灯りが燈り、その下に何かが建っていた。
丘の陰に入ったのか、ずっと鳴り響いていたあの稼働音も、この場所だけは少し音量を下げた気がする。
浅葱はその場所まで匠の手を引くと、その像のような物の前で足を止めた。
それは台の上に建てられた、高さ1メートルほどの十字架に似た物だった。
「これは……」
人の気配の全く無い、こんな丘に……。
匠が不思議そうに呟いた。
「ここは、ジンが死んだ場所だ。
これは俺達仲間が建てた慰霊碑でもあり……ジンの墓でもある」
そう言いながら浅葱は、静かに手を伸ばし墓碑に触れた。
「ここで……ジンさんが……。
じゃあ、爆発の現場って、ここ……」
「ああ、ここはある会社の私有地だ。
さっきの駐車場は従業員用のものだったが、その先にあった夜景……つまりここが夜景スポットとして人気が出てな。
事件当時は開放されていた。
だがあの事件があってからは、関係者以外立ち入り禁止だ。
入口にいた守衛は当時のままの人で、俺の事も覚えていてくれている。
ここが荒れないように定期的に手入れもな……」
「さっきの手すりは爆発で……」
丈夫そうな金属の手すりが、グニャリと曲がり堕ちていたのも、大規模な爆発があったと言われれば頷けた。
「浅葱さん、俺も手を合わせていいですか?」
「ああ、きっとジンも喜ぶ」
浅葱は右手で自分の上着の左胸を握るようにして目を閉じる。
匠も浅葱の横で碑の前に跪き手を合わせた。
匠が祈り終え立ち上がると、浅葱はその左胸の内ポケットから何かを取り出した。
「それは……?」
尋ねる匠に、浅葱が掌を開いて見せる。
小さな灯りひとつで照らされた浅葱の手の中には、タグがのっていた。
コンクリートの駐車場は人の気配を全く感じさせず、ヘッドライトを消すと闇に近かった。
「着いたぞ、匠」
車を降りると、浅葱はあの日と同じように助手席のドアを開ける。
闇の中を歩く浅葱の後に匠も続き、カンカンと甲高い音の鉄の階段を上がっていくと、その先に古びた鉄の扉があった。
「帰ってきたんですね……浅葱さんの大切な場所」
「……ああ……行こう……」
一度深く呼吸をした後、浅葱がドアノブに手をかける。
軋んだ音をさせて扉が開くと、またあのつんざくような轟音が二人を包んだ。
そこで匠が見たのは、青い宝石を数千、数万……数えきれない程に、幾重にも散りばめたような、青く美しく輝く広大な工場夜景だった。
「……うわっ……」
その見事さに思わず立ち止まり息を呑む。
手を伸ばせば、その宝石が掴み取れるのではないかと思う程の近さだ。
まだ狭く暗い視界しかない匠の目でさえ、その美しさと迫力は充分過ぎるほど感じられる。
そこは、巨大な工業地帯を直上から見下ろし一望できる、丘の上に突き出た展望台のような場所だった。
まさに工場の真上と言っていい程の近さで、心臓に響く程の轟音は、この工場群の稼働音だった。
鳴り続け、迫り来るような工場の轟音。
陽が落ちた後の星空と青い灯りが繋がり、じっと見つめていると平行感覚を失い、クラクラと眩暈を起こしそうになる。
匠は時が経つのも忘れ、その圧巻ともいえる灯群の中に立ち尽くしていた。
「行くぞ……」
「あ……はい」
浅葱の声が轟音の中から微かに聞こえ、匠は置いて行かれまいと、速足で浅葱の後を追う。
展望台の照明はポツリポツリと数本あるだけで足元はかなり暗く、駐車場と同じく、ここも全く人の出入りは無いらしい。
そして目の前の夜景は、丘の端へ進むにつれ輝きを増した。
「すごい……!
こんなに綺麗な所、初めて見ました」
感嘆の声を上げ、匠が前へ行こうとした時だった。
「無闇に走るな!
そこは手すりが壊れている。
足を滑らせると崖下へ落ちる事になるぞ」
浅葱に手を掴まれ引き寄せられる。
目を凝らすと暗闇の中に、途中から不自然に壊れ、半ば崩れ落ちた金属の手すりがあった。
浅葱は黙ったまま匠の手を握り、慣れた足取りでその脇を抜け、先へと歩き続けた。
しばらく進むと、展望台の先端にポツリと小さな灯りが燈り、その下に何かが建っていた。
丘の陰に入ったのか、ずっと鳴り響いていたあの稼働音も、この場所だけは少し音量を下げた気がする。
浅葱はその場所まで匠の手を引くと、その像のような物の前で足を止めた。
それは台の上に建てられた、高さ1メートルほどの十字架に似た物だった。
「これは……」
人の気配の全く無い、こんな丘に……。
匠が不思議そうに呟いた。
「ここは、ジンが死んだ場所だ。
これは俺達仲間が建てた慰霊碑でもあり……ジンの墓でもある」
そう言いながら浅葱は、静かに手を伸ばし墓碑に触れた。
「ここで……ジンさんが……。
じゃあ、爆発の現場って、ここ……」
「ああ、ここはある会社の私有地だ。
さっきの駐車場は従業員用のものだったが、その先にあった夜景……つまりここが夜景スポットとして人気が出てな。
事件当時は開放されていた。
だがあの事件があってからは、関係者以外立ち入り禁止だ。
入口にいた守衛は当時のままの人で、俺の事も覚えていてくれている。
ここが荒れないように定期的に手入れもな……」
「さっきの手すりは爆発で……」
丈夫そうな金属の手すりが、グニャリと曲がり堕ちていたのも、大規模な爆発があったと言われれば頷けた。
「浅葱さん、俺も手を合わせていいですか?」
「ああ、きっとジンも喜ぶ」
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匠も浅葱の横で碑の前に跪き手を合わせた。
匠が祈り終え立ち上がると、浅葱はその左胸の内ポケットから何かを取り出した。
「それは……?」
尋ねる匠に、浅葱が掌を開いて見せる。
小さな灯りひとつで照らされた浅葱の手の中には、タグがのっていた。
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