刻印

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 静かに銃を構え直し、慎重に部屋の奥へと歩みを進める浅葱とオヤジの足が同時に止まった。
 二人は視線とわずかな指の動きだけで、それぞれの意思をはかる。

 ……いる……。
 ……ああ、少なくとも二人は確実にな……。

 血の匂いと共に、薬品臭さえも立ちこめる部屋のかなり奥、そこには確かに人の気配があった。


 匠の横に座り、額にかかる柔らかな髪にそっと触れていたハルの指が一度ピクリと動き、止まった。
 匠も何かを感じ取ったのか、荒く息をしながらもゆっくりと目を開け首を廻らせる。

 ……浅葱……さん……。
 朦朧とする意識の中でタグを握り締めたままの匠の左手にも、わずかに力が入る。


「……来たか。恭介」
 ハルが小さな声で呟いた。

 その声に俯いていた深月が驚いたように顔を上げた。

 恭介……。
 浅葱さん……が……来てくれた……?

 深月にはまだ浅葱の気を感じ取ることはできない。
 だが動きを止めたハルと、薄っすらと目を開けた匠は同じ方向を見ている。
 深月も二人の視線を追い、部屋の入り口を見つめるが、そこは今までと同じ景色があるだけのように見えた。
 今までと何も変わらない部屋……。
 そんな何も無い空間に向かって、ベッドに腰を掛けたままのハルが話し掛けた。

「もうお遊びは終わりだ、恭介。
 出て来ればいい。
 私もタクミもここにいる」


 コツ……

 意図的に音を立て、執務室の奥から浅葱が歩み出る。
 その足音に、荒かった匠の呼吸が一度だけ、深くゆっくりと吐き出された。

「……あ……浅葱さん! ……よかった……!
 ……やっと……。
 匠さん! 見えますか! 浅葱さんが!」
 浅葱の姿に、深月も思わず叫んでいた。


「時間はまだあると思っていたが、思ったより早かったな。
 お前は、私の掛けたロックを予想以上に外していたらしい。
 ……やはり、こちらに来い。
 こんな腐った組織にその頭脳、置いておくのは勿体無い」
 ハルは、後ろ手に手錠で繋がれ跪く深月をチラリと見ながら笑った。


「深月、無事か?
 ……匠は……?」

 浅葱は銃を構えたまま、ハルの後ろに横たわる全裸の匠を見つめた。
 身体の下のシーツは血で赤く染まり、身動きさえしない。

「僕は大丈夫です! 
 匠さんは刺されて出血が……だけど生きてます! ちゃんと!
 ……でも……!」

「……でも?」

「……薬を……!
 匠さんが僕を庇って薬を一度に……」

「薬……」 

 “薬” と聞いて浅葱の表情が曇る。



 匠の後ろに座る白髪の老人……。
 オヤジのファイルで見た若い頃の顔とはやはり違っていたが、それはあの医者に間違いなかった。
 匠に薬物を打ち、刻印を施し、ボロボロにした男だ。

 いきなり現れた浅葱に驚きの目を向ける老人の顔をクッと一度睨むと、射すくめられたようにその老人の首がフルフルと横に振れる。

「わ……私は何も知らんぞ……。
 この男が勝手に……自分で薬を握り割って入れたんだ……。
 ……や、やめてくれ……見るな! ……そんな目で見るな!!」

 浅葱の鋭く冷たい怒りの眼光に老人は恐怖し、武器になりそうな物を探そうと、鞄に手を突っ込み必死に中を探り始める。
 その姿はすでにパニックを起こしかけていた。
 そんな老人を歯牙にもかけず、浅葱はハルへと視線を戻した。

「わかった、深月。
 匠も……もう少し待っていろ」

 そのままハルから視線を外す事無く、じっと見据えたまま短く答える。
 その声が聞こえたのか、匠もわずかに頷いていた。
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