刻印

文字の大きさ
上 下
199 / 232

-198

しおりを挟む
「匠さん! 僕です! 流です!!」

 その声に、苦しげな匠がゆっくりと首を回した。

「……流……さん……」
「そうです! 匠さん! 良かった! 生きてて!!」
「……流……っ……」

 匠は深月の声に、痛む体で反射的に起き上がろうとした。

「おっと……」
 老人が握ったナイフを匠の喉元から胸の傷へと滑らせた。
 ナイフの切っ先がプツリと胸を切る。

「……ンッ……!」
「ほらほら……急に起き上がるんじゃないよ。余計に血が無くなるよ」

 老人はニヤニヤと笑いながら、その手を再び倒れこんだ匠へと伸ばし、鮮血の浮かぶ胸を撫で始める。


「……ッ……。
 ……流さんっ……下の……子供達は……」
 そのヌルリとした手に顔を背けながら匠の苦しい声がした。

「匠さん! 大丈夫です! 下の人達はもう避難してます!
 子供達もみんな! だから安心して下さい!
 ……ジジィ!! 汚い手で匠さんの体に触んなっ!!」

 そう叫びながら老人に飛び掛かろうとした深月を、後ろからスタスタと歩いてきた秘書が再び羽交い絞めにした。

「やめろ! 離せよっ!!」
 宙に持ち上げられた深月が足をバタつかせ抵抗する。

「“タクミさんの体に”……か……」
 そんな深月を見ながらハルはクスリと笑った。


 
 視界を持たない匠の耳に、深月の抵抗し叫ぶ声が聞えた。

「その人に手を出すな……!」
 咄嗟に、倒れたまま、老人に突きつけられていたナイフの刃を握り締め、もぎ取っていた。

「ヒィっ……」 
 いきなりの匠の反撃に老人は小さく声を上げ、まるで虫のようにベッドの端までカサカサと後退る。

 ハァハァ……
 ハァハァ……

 小さく細かい息使いで体の痛みを凌ぎながら、奪ったナイフの刃を胸元で握ったままゆっくりと起き上がると、掌からツ――と血が手首へ伝い落ちる。
 左奥へ逃げた老人の気配と、右側にある三人の気配、二方向へ分かれた気に神経を集中させ牽制する。

 そんな匠の行動を面白そうに眺めながら、ハルは全くいつもと同じ……いや、いつも以上に楽しそうに笑いながら、ゆっくりと歩いてくると、深月の前で立ち止まった。

「下の人間を逃がした……。か……。
 なるほど、扉を開けたのは君だったのか。
 それほどの腕があるのなら、私の元へ来い。
 そうすればタクミとずっと一緒に居られるぞ。
 君もタクミの事を想っているんだろう?」 

「ば……馬鹿な! 誰がお前なんかと!」

「そうか……。
 タクミを奪った私は、さながら恋敵というところか」
 声をあげて笑うハルに、深月の背筋が凍りつく。


「それから……。
 その体とそのナイフ一本でどうする気だ? ……タクミ。
 人質を解放したと言っても、残念ながらここに飛び込んで来たのは、この仔ネズミたった一匹。
 それはまだ浅葱が自由になっていないからだろう?
 民間人は逃がしたが、まだ30階より上は開放出来ていない……違うか?」

 ハルは男に捕らえられたまま身動きできない深月の顔を、首を傾げて覗き込む。

「まだまだ人質は山ほどいるぞ?
 そんな事をしていいのか? 
 その中には浅葱も入っているが……」

 ハルの声が匠に近付いて来る。
 言い終える頃には、匠の視界にハルが入っていた。


 ハルはベッドへ上がると匠の側まで行き、ナイフを握る右手首を掴んだ。
 唇を噛みグッと睨み返す匠の指を一本ずつゆっくりと剥がしながら、深月に視線を向ける。
 そのまま匠の手からナイフを奪い取り、血が溢れる掌を舐めてみせると愉しそうに笑った。


「ンッ……やめっ……!」
 匠が咄嗟に手を引こうと抵抗した。

「どうした? まだ手……だけだぞ?」
 ハルはクスクスと笑う。

「友達の前でこんな事をされるのは恥ずかしいか……?
 そうだな……。
 どうせなら目の前で犯されてみるのも楽しいかもしれないな」

 ベッドの端まで逃げていた老人までもが、
「クククッ……」と、喉を鳴らし笑った。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

生意気な少年は男の遊び道具にされる

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

真・身体検査

RIKUTO
BL
とある男子高校生の身体検査。 特別に選出されたS君は保健室でどんな検査を受けるのだろうか?

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

隣の親父

むちむちボディ
BL
隣に住んでいる中年親父との出来事です。

処理中です...