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 深月は動きにくい上着を脱ぐと、肩から下げた銃のホルダーにタブレットを挟み込み、準備を整えていた。

「じゃあ……透さん、僕の居場所はタブレットから発信するので、判る範囲の情報で結構ですから誘導お願いします。
 おやっさん……。
 どうせ上がるなら、できる限り各フロアをチェックしながら行きます。
 もしかしたら途中で匠さんを見つけられるかもしれないし……。
 僕が上でエレベーターと扉を解除できたら、匠さんを助けに行ってあげてください」

「ああ、わかってる。
 流、絶対に無茶だけはするなよ」

 オヤジは図体のデカい自分を “オレもこんなんじゃなきゃな……” と苦笑いをして見せ、
「頼んだぞ……」と、深月の肩に手を乗せた。

「はい、行って来ます」
 深月はそれに大きく頷いた。


「おい、あったぞ。ここだ」

 廊下に置かれていた花を飾ったテーブルキャビネットに上がり、格子模様の装飾が施された天井を隈無くチェックしていた浅葱が、深月に声をかけた。
 天井と同一色の格子で繋ぎ目をカモフラージュし、一見しただけでは気が付かないが、その天井の一角が上に押し開けられる仕組みになっているらしい。

「来い、深月」
 台の上から差し出された浅葱の手を、深月がしっかりと掴む。

 浅葱は同じ台上に深月を立たせると、天井まで手が届かない深月の体を抱き上げた。
 浅葱の力強い腕は、深月を軽々と持ち上げダクトへと滑り込ませる。

「行って来ます、浅葱さん」
 そう言って振り返った深月の手を、浅葱は強く握り返した。


 そこは狭い空間だった。
 三人のうちで一番小柄な深月でさえ、両肩を左右の壁に擦って匍匐ほふく前進するしかできない程だ。
 深月はホルダーからタブレットを取り出し、両手で持つと目の前にかざした。
 そこは真っ暗な空間だったが、タブレットの明かりのおかげで不自由はしなくて済みそうだ。

「よし……」
 深月は自分に言い聞かせるように声に出すと、蜘蛛の巣と埃と、大小様々な太さのケーブルだらけのダクトを進み始めた。

 時折、自分が上がって来たのと同じような “出入り口” らしく、下から明かりが差し込む場所がある。
 そこから覗くと、下の部屋の様子がよく見えた。

 ……こんなにハッキリ見えるなんて……。
 控え室のあの窓と同じ仕様なのか……?

 廊下から……下から見上げた天井は何の差異も無かった。
 いや、そもそも違和感さえ感じなかったのに、こんなダクトにマジックミラーとは……。

 きっとどこかの省庁のお偉い高級官僚が、派閥争いや裏情報の収集の為に、権力に物言わせ作らせたのだろう。

「なんて胡散臭きなくさいビルだ……」

 それは勝手な想像の範疇はんちゅうだったが、あながちハズレでも無さそうで、深月は一人の不安を打ち消すように、ブツブツと文句を呟いた。

 だがそれは逆に、今の深月にとっては願ってもない事だった。
 このダクトが何らかの裏工作に使われるとしても、それならば、人が通れるように設計されている。
 必ずどこかに通じ、きちんとした出入り口もある通路と言う事になる。


「行かなきゃ……」
 深月は狭さと息苦しさに喘ぎながらも、少しずつ前進して行く。

 灯りが差し込む “窓” からは、必ず下の部屋を確認した。
 部屋に閉じ込められた人々は一様に憔悴しきっていたが、匠へ繋がるヒントは、まだ見つける事はできなかった。


 しばらく進んだ所で、深月はふと前方からの風を感じていた。
 それは空調などと言うより、いわゆるビル風に近い吹き返しだ。

 もうすぐどこか、大きな通路に出るはずだ……。
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