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 審議会場左上の扉が開いたそこは、ソファーセットだけの、先程まで自分達がいた部屋と全く同じ造りの控え室だった。
 四人が入ると、後ろで静かに扉が閉まる。

 
 これで完全に浅葱さん達とは隔離された。
 ここからは自分ひとり……。
 自分のメッセージは気が付いてもらえたのだろうか……。
 少しでも伝わっただろうか……。

 背中も腕も激しく痛む。
 特に背中は熱を持ち、ドクドクと脈打っている。
 左腕は全く力が入らなかった。
 それでも……朝の、あの可愛い子供達を危険に曝すような真似はできない。 
 ……絶対に。
 その為には一人でも戦う……。


 匠は上着の内ポケットにある注射器をそっと手で確認した。
 全て没収された今、使えそうな物はこれぐらいしかない。
 だが、セットされているカートリッジはただの鎮痛剤だ。
 いくら強い薬とはいえ、まず効力はないだろう。

 ただ、わずかな望みがあるとすれば、おやっさんが言っていた『打つとショック症状が出るかもしれない』という言葉。
 それがどれほどの物か……どこまで通用するか……。


 その時だった。
 耳の側……正確には耳の中で、あの男……ハルの声がして、匠はハッと現実へと引き戻された。

「委員長。少しタクミと二人だけで話がしたいのだが……」

 その声に、委員長は露骨な不快感を表した。
 だが “またいつもの我儘わがままを……” とでも言うように、何一つ言い返そうともせず「勝手にしろ」とだけ答え、そのままドカリと匠達に背を向けてソファに腰を下ろした。

「ありがとう、委員長。
 では先生、タクミが悪さをしないように見張りながら廊下へ出て下さい。
 あぁ、イケナイ……。
 そういえば先生は以前、タクミに捕まるという失態を演じたのでしたね」

「えっ……あ……あれは……」

 いきなりの話の展開に老人は焦り、言葉に詰まった。
 そんな老人の言葉など、端から聞く気も無い様子で、ハルは勝手に話を進めていく。

「ではどうしましょうか……。
 ああ、そうだ……そこの秘書のキミ……。
 キミは凄く強そうだ。
 正式な訓練を受けている……そうだろう?
 先生一人では心配だから、これからタクミの事は、キミにお願いしよう。
 腕には自信がありそうだし……どうかな?」

 秘書の男は、本来の自分のあるじである委員長の方に確認の視線を向けたが、男は面倒臭そうに振り返りもせず、ただ掌をヒラヒラさせて、勝手にしろと言う風だ。
 その手に秘書の男は深々と頭を下げた。


 匠はこの時、ハルの話しに何とも言い難い違和感を抱いていた。
 今までもこのハルの声には苦しめられてきた。
 クスクスと一人で遊びに興じるような話し方にもだ。

 だが、今のこの男は……。

 その芝居染みた嫌な話の仕方が、匠を強い不快感で襲い、眉を顰めさせた。
 いつもと違う……いったい何を考えている……。


「ではタクミ、廊下へ出ろ」
 その声と同時に廊下へと繋がる扉が音も無くスライドした。

「ほれ、行くんだよ」
 老人の湿った声に促され、匠は廊下へと出る。
 その後ろには、ピタリとあの秘書もついて来る。


 その控え室と、廊下とを仕切る扉が閉まった途端だった。

「……本当に馬鹿なヤツだ……」
 聞き慣れた、あの、いつものハルの冷たい声がした。


「秘書の……お前……。
 お前の主はもうその部屋からは出られない。
 私の手の中だ。
 おとなしく私の言う事に従った方がいい」

「はい」
 秘書の男は、まるでこうなる事がわかっていたかのように、姿のない、声のみのハルに対して、先程と同じように深く頭を下げた。
 その姿を部屋のモニターで見ながら、ハルは満足そうに微笑んだ。


「あの委員長、どんな手を使って今の地位を手に入れたか知らないが、全くの無能……。
 秘書のお前の方が、余程頭も腕もキレるとみえる。
 思った通りだ。安心した。
 さあタクミ、エレベーターに乗るんだ。
 もうすぐ会える……楽しみにしているよ」
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