172 / 232
-171
しおりを挟む
審議会場左上の扉が開いたそこは、ソファーセットだけの、先程まで自分達がいた部屋と全く同じ造りの控え室だった。
四人が入ると、後ろで静かに扉が閉まる。
これで完全に浅葱さん達とは隔離された。
ここからは自分ひとり……。
自分のメッセージは気が付いてもらえたのだろうか……。
少しでも伝わっただろうか……。
背中も腕も激しく痛む。
特に背中は熱を持ち、ドクドクと脈打っている。
左腕は全く力が入らなかった。
それでも……朝の、あの可愛い子供達を危険に曝すような真似はできない。
……絶対に。
その為には一人でも戦う……。
匠は上着の内ポケットにある注射器をそっと手で確認した。
全て没収された今、使えそうな物はこれぐらいしかない。
だが、セットされているカートリッジはただの鎮痛剤だ。
いくら強い薬とはいえ、まず効力はないだろう。
ただ、わずかな望みがあるとすれば、おやっさんが言っていた『打つとショック症状が出るかもしれない』という言葉。
それがどれほどの物か……どこまで通用するか……。
その時だった。
耳の側……正確には耳の中で、あの男……ハルの声がして、匠はハッと現実へと引き戻された。
「委員長。少しタクミと二人だけで話がしたいのだが……」
その声に、委員長は露骨な不快感を表した。
だが “またいつもの我儘を……” とでも言うように、何一つ言い返そうともせず「勝手にしろ」とだけ答え、そのままドカリと匠達に背を向けてソファに腰を下ろした。
「ありがとう、委員長。
では先生、タクミが悪さをしないように見張りながら廊下へ出て下さい。
あぁ、イケナイ……。
そういえば先生は以前、タクミに捕まるという失態を演じたのでしたね」
「えっ……あ……あれは……」
いきなりの話の展開に老人は焦り、言葉に詰まった。
そんな老人の言葉など、端から聞く気も無い様子で、ハルは勝手に話を進めていく。
「ではどうしましょうか……。
ああ、そうだ……そこの秘書のキミ……。
キミは凄く強そうだ。
正式な訓練を受けている……そうだろう?
先生一人では心配だから、これからタクミの事は、キミにお願いしよう。
腕には自信がありそうだし……どうかな?」
秘書の男は、本来の自分の主である委員長の方に確認の視線を向けたが、男は面倒臭そうに振り返りもせず、ただ掌をヒラヒラさせて、勝手にしろと言う風だ。
その手に秘書の男は深々と頭を下げた。
匠はこの時、ハルの話しに何とも言い難い違和感を抱いていた。
今までもこのハルの声には苦しめられてきた。
クスクスと一人で遊びに興じるような話し方にもだ。
だが、今のこの男は……。
その芝居染みた嫌な話の仕方が、匠を強い不快感で襲い、眉を顰めさせた。
いつもと違う……いったい何を考えている……。
「ではタクミ、廊下へ出ろ」
その声と同時に廊下へと繋がる扉が音も無くスライドした。
「ほれ、行くんだよ」
老人の湿った声に促され、匠は廊下へと出る。
その後ろには、ピタリとあの秘書もついて来る。
その控え室と、廊下とを仕切る扉が閉まった途端だった。
「……本当に馬鹿なヤツだ……」
聞き慣れた、あの、いつものハルの冷たい声がした。
「秘書の……お前……。
お前の主はもうその部屋からは出られない。
私の手の中だ。
おとなしく私の言う事に従った方がいい」
「はい」
秘書の男は、まるでこうなる事がわかっていたかのように、姿のない、声のみのハルに対して、先程と同じように深く頭を下げた。
その姿を部屋のモニターで見ながら、ハルは満足そうに微笑んだ。
「あの委員長、どんな手を使って今の地位を手に入れたか知らないが、全くの無能……。
秘書のお前の方が、余程頭も腕もキレるとみえる。
思った通りだ。安心した。
さあタクミ、エレベーターに乗るんだ。
もうすぐ会える……楽しみにしているよ」
四人が入ると、後ろで静かに扉が閉まる。
これで完全に浅葱さん達とは隔離された。
ここからは自分ひとり……。
自分のメッセージは気が付いてもらえたのだろうか……。
少しでも伝わっただろうか……。
背中も腕も激しく痛む。
特に背中は熱を持ち、ドクドクと脈打っている。
左腕は全く力が入らなかった。
それでも……朝の、あの可愛い子供達を危険に曝すような真似はできない。
……絶対に。
その為には一人でも戦う……。
匠は上着の内ポケットにある注射器をそっと手で確認した。
全て没収された今、使えそうな物はこれぐらいしかない。
だが、セットされているカートリッジはただの鎮痛剤だ。
いくら強い薬とはいえ、まず効力はないだろう。
ただ、わずかな望みがあるとすれば、おやっさんが言っていた『打つとショック症状が出るかもしれない』という言葉。
それがどれほどの物か……どこまで通用するか……。
その時だった。
耳の側……正確には耳の中で、あの男……ハルの声がして、匠はハッと現実へと引き戻された。
「委員長。少しタクミと二人だけで話がしたいのだが……」
その声に、委員長は露骨な不快感を表した。
だが “またいつもの我儘を……” とでも言うように、何一つ言い返そうともせず「勝手にしろ」とだけ答え、そのままドカリと匠達に背を向けてソファに腰を下ろした。
「ありがとう、委員長。
では先生、タクミが悪さをしないように見張りながら廊下へ出て下さい。
あぁ、イケナイ……。
そういえば先生は以前、タクミに捕まるという失態を演じたのでしたね」
「えっ……あ……あれは……」
いきなりの話の展開に老人は焦り、言葉に詰まった。
そんな老人の言葉など、端から聞く気も無い様子で、ハルは勝手に話を進めていく。
「ではどうしましょうか……。
ああ、そうだ……そこの秘書のキミ……。
キミは凄く強そうだ。
正式な訓練を受けている……そうだろう?
先生一人では心配だから、これからタクミの事は、キミにお願いしよう。
腕には自信がありそうだし……どうかな?」
秘書の男は、本来の自分の主である委員長の方に確認の視線を向けたが、男は面倒臭そうに振り返りもせず、ただ掌をヒラヒラさせて、勝手にしろと言う風だ。
その手に秘書の男は深々と頭を下げた。
匠はこの時、ハルの話しに何とも言い難い違和感を抱いていた。
今までもこのハルの声には苦しめられてきた。
クスクスと一人で遊びに興じるような話し方にもだ。
だが、今のこの男は……。
その芝居染みた嫌な話の仕方が、匠を強い不快感で襲い、眉を顰めさせた。
いつもと違う……いったい何を考えている……。
「ではタクミ、廊下へ出ろ」
その声と同時に廊下へと繋がる扉が音も無くスライドした。
「ほれ、行くんだよ」
老人の湿った声に促され、匠は廊下へと出る。
その後ろには、ピタリとあの秘書もついて来る。
その控え室と、廊下とを仕切る扉が閉まった途端だった。
「……本当に馬鹿なヤツだ……」
聞き慣れた、あの、いつものハルの冷たい声がした。
「秘書の……お前……。
お前の主はもうその部屋からは出られない。
私の手の中だ。
おとなしく私の言う事に従った方がいい」
「はい」
秘書の男は、まるでこうなる事がわかっていたかのように、姿のない、声のみのハルに対して、先程と同じように深く頭を下げた。
その姿を部屋のモニターで見ながら、ハルは満足そうに微笑んだ。
「あの委員長、どんな手を使って今の地位を手に入れたか知らないが、全くの無能……。
秘書のお前の方が、余程頭も腕もキレるとみえる。
思った通りだ。安心した。
さあタクミ、エレベーターに乗るんだ。
もうすぐ会える……楽しみにしているよ」
1
お気に入りに追加
129
あなたにおすすめの小説




塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。


どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる