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 そのまま四人は待たされ続けた。

 入って来た扉の前には、ずっとあの秘書らしき男が立っている。
 たぶん……いや、100パーセント、ここでの会話もどこかへ筒抜けだ。
 それがわかっていて誰も言葉を発する者はいない。


 正面にも別の大きな扉が見えていた。
 あの扉の向こうが審議会会場……。

 扉の横には、大きなガラス窓。
 位置的にいえば、窓の向こうも当然、会場なのだが、今、ガラスの先には何も見えていない。

 マジックミラーか……?
 ならば操作はどこで……?

 部屋の灯りさえ反射させず、異様なほど無光沢で暗く、何も映さない窓を見ながら、浅葱は男に悟られないように目だけで部屋を確認していく。
 だが、この部屋のどこにもスイッチの類は見当たらない。
 それどころか正面にある大きな扉も、今、自分達が入ってきた入口にも取っ手さえない。

 全てがあのエレベーターと同じく “住人” による遠隔操作か、登録済みの声紋のみ……という事か……。


 ゆっくりと観察を続ける浅葱と、その正面に座るオヤジの目が合った。
 オヤジも、浅葱の死角となる背後をチェックし、同じ結論に至ったのだろう。
 二人は何かを確認するように無言のまま小さく頷き合い、そして首を振った。


 浅葱の横に座る匠は、背中の痛みと熱さ、左腕の鈍痛と戦っていた。
 その目はわずかな影程度にしか認識できない正面の扉に向けられている。

 あの向こうに……もしかしたらあの男が……。
 あの扉が開いたら……。
 すでにこちらに武器はない……。
 無意識に、押さえた左腕に力が入る。



「すみません……少し洗面所へ……」
 匠が立ち上がると、一拍間をおいて、
「俺もだ」
 浅葱も続いた。

「……わかりました」
 秘書が言うと同時、何も操作しない出入り口の扉がスッと開いた。




「おい、中まで一緒に入る気か?」
 洗面所の前まで来ると、匠を先に行かせた浅葱が、挑発するように振り返った。

「いいえ、私はここで」
 そう言うと男は形ばかりの一礼をし、廊下で背を向ける。



 浅葱が洗面所へ入ると、鏡の前……洗面台に両手を付き匠が立っていた。

「大丈夫か? ……匠」
「……はい……」
 匠は目を閉じ、何度か自分を落ち着かせようと深呼吸をするが、まだ胸がキリキリと痛み、思わず軍服の胸元を掴んでいた。


「匠……。深月と何があった……?」
 
 その声に驚いたように、匠が顔を上げる。
 鏡に映った浅葱がじっとこちらを見ていた。

「……いえ……何も……」
「そうか……」

 浅葱は匠の肩を掴むと、自分の方へ振り向かせた。
 匠の目の前に、浅葱の顔があった。

「……浅葱さん……」
 
 悲しそうなで自分を見る匠を、浅葱は無言で抱きしめた。
 匠の腕にも力が入る。
 
 昨夜の深月の件から、また気持ちが不安定なのは確かだった。
 いきなり襲われ、組み伏される恐怖。
 服を剥がれ、陵辱される悔しさ。
 そして、その力にまだ抵抗できない自分の体……。
 
 記憶の奥底に捻じ伏せたはずのその恐怖が、匠の中にわずかだが蘇っていた。

 浅葱に抱きしめられ、胸のタグを掴んだまま深い呼吸を繰り返すと、匠は自ら浅葱の唇へ顔を寄せた。
 浅葱は匠をしっかりと抱いたまま、それに応え唇で触れる。

「……っ……」
 優しい唇が匠を包んだ。

 しばらく唇を合わせた後、浅葱の指は匠の前髪にそっと触れ、額と額とを合わせると、
「大丈夫だ、匠。
 お前の中にいるのは俺だけだ。忘れるな」 
 浅葱の真っ直ぐな目が自分を見ていた。

「……はい」


 洗面所の外では秘書が微動だにせず待っていた。

「ご苦労な事だな」
 浅葱が皮肉っぽく言うと、男は鋭い視線で浅葱を睨むが、その表情は全く変わらない。

「お前も相当なタヌキだよ……」
 浅葱がフンッと鼻で笑った。


 控え室に戻ると、その音で深月とオヤジが同時に顔を上げた。
 浅葱と深月の目が合うと、深月は逃げるように視線を逸らす……。

 こんな時に、自ら唇を求めてきた匠。
 昨夜、自分が匠の部屋を出た後に、深月との間に何かがあったのは間違いない。
 視線を逸らした深月を、浅葱はずっと見つめていた。



「時間です」
 秘書の声と同時に奥の扉が音もなく開いた。
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