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 窓の下、走る車も歩く人間も、どれも皆、オモチャのように小さく見える。
 朝日が入る大きな窓の前で、一人の男がじっとその風景を見下ろしていた。


 やっと……。
 やっとこの日が来た……。
 タクミ……。


 執務室の隣、木目調の落ち着いた壁に、品のいい最低限の家具が揃えられたリビング。
 そこから続き間になっているベッドルームには大きなダブルベッド。
 高級ホテルのスイートルームを思わせるその部屋の扉が音も無く開いた。

 漆黒の軍服を着た男がズカズカと入って来ると、その後ろにピタリと付いて入ったスーツの男が静かに扉を閉める。


「ノックも無しとは不躾な事だな」
 窓の前に立つ男が振り返りもせずに言った。

「ここは私の部屋だ。いちいち断る必要は無い」

「まぁ……確かに」
 クスリと嘲笑するように窓際の男が振り返る。

「今日でカタを付けるんだろうな? ハル」
 軍服の男が冷たい目で言った。

「審議会の委員長役はお前がするのか?」
 聞かれた事に答えもせず、ハルは質問に質問で返す。

「ああ、そのつもりだ」

「そうか。それは楽しそうだな。
 楽しませてもらうよ。
 タクミをしっかり恥しめてやってくれ。
 私の手から逃げ出したお仕置きだ」

「また “タクミ” か……。
 タクミ、タクミ、タクミ……あんな若造一人が何だと言うんだ。
 放っておけ。
 恨みを晴らすのだろう? 最初の目的を忘れるな」


 その男の言葉にハルの表情が一瞬険しくなり、その目で軍服の男を睨み返した。

「放っておけ……?
 調子に乗るな。
 お前に命令される覚えはない。
 私は私のしたい事をする。
 お前は自分の手を汚さずにいたいのだろう?
 ならば私の言う通りにしていろ。
 そうすればお前の望みも果たしてやる」

「……!!
 ……な……何をいったい……。
 何を言ってるのか……全く意味が……わからん……」

 急に口ごもりながら、軍服男のハルから逸らした視線は、キョロキョロと忙しなく宙を動いた。
  
 しかし、うろたえ彷徨う視線の男とは反対に、後ろに控えるスーツ姿の男の眼光は、一瞬で鋭さを増した。
 その体から放つものが一変し、殺気へと変わる。


 その二人の挙動を見ながら、ハルはクスクスと笑い始めた。

「そう身構えるな、安心しろ。
 私はどちらの望みも叶える。
 浅葱を殺り、タクミを取り戻す。
 ちゃんと私の欲求を満たしてくれさえすれば、お前が何を考えていようが、私には関係の無い事だ」

 ハルの言葉を聞き、男の肩からホッと力が抜けたのか、軍服に付けられた多くの勲章がチャラ……と音を立て揺れた。

「な……ならば……いい。
 お前の欲求とやらも……まぁ、いいだろう……。
 言う通りにしてやる。
 あの若造も好きにすればいい……」


 いつハルに飛びかかってもおかしくない程の殺気を放っていた後ろの男を、軍服の男が軽く右手を挙げ制止する。
 スーツの男は、そのまま一歩下がり軽く一礼をした。

 
「私は感謝しているのですよ?
 本当なら私も審議会へ出て行って、一刻も早くタクミに逢いたいのだけど……、
 公衆の面前ではそれもできませんからね。
 貴公あなたなら、タクミを上手にいたぶって、私を満足させてくれるはずだ。
 楽しみにしていますよ、委員長…… “殿” ……」


 ハルはクスクスと笑い続けていた。
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