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 翌朝、四人はオヤジの車に乗り込んでいた。

 運転席に深月。
 助手席に乗り込んだオヤジが本部までの道案内をすると言い、後部座席に匠と浅葱が並んで座っている。

 全員があの漆黒の制服姿だったが、上着まで着用している者はまだ誰もいない。
 オヤジと浅葱はネクタイさえまともに結んでいなかった。

「匠、服装……今は楽にしてろ。
 こんなモノ、あまりキッチリ着ると傷に障る」
 浅葱がそう声を掛けた。

 オヤジも振り返ると、
「そうだぞー。
 こんな重てぇモン……余計に熱が上がらぁな」
 そう言って生地の厚く硬い軍服の上着を、パンパンと手で叩いて見せる。

「……大丈夫です。
 ネクタイも少し緩めてますから……」
 そう言って匠は笑ってみせた。

「そういやぁ、匠、薬は持っただろうな?」
 オヤジが真顔になる。

「はい。予備もちゃんと」
「そうか。ならいい」

 オヤジは前を向くと、深月に車を出すように指示をした。


 匠は、膝に置いた上着の内ポケットにある薬のケースにそっと触れた。
 注射器の本体ケースの他に、4本のカートリッジが収められた予備ケース。
 そのカートリッジの中に、1本だけ赤いタグが付いている物がある。

 赤いタグ……。
 それは今朝、部屋を出る前に、オヤジに頼み込んで出してもらった薬だった。
 あの地下室へ、浅葱が持って来た物と同じ赤。
 それは自ら命を終らせる事ができる薬……。


「いいな、匠……わかってるな……」

 それを渡す時、オヤジは、匠の左手首に残る疵痕を両手で握り、一言だけそう言った。
 匠は膝の上でそのケースを握り締める。



 車が走り出すと、オヤジはこれから向う本部の説明を始めていた。

「本部がある建物は80階建て。
 五年ほど前に新しく出来た最新鋭とやらの建物に入ってる。
 新しくなってからは俺も行った事は無ぇが……1階から30階までは、普通の公官庁の施設だ。
 特に1階から5階は、土産物屋だレストランだと、まるで普通の観光名所だ。
 ああ、そういえばホールみてぇなもんもあって、コンサートもあったりするそうだ。
 6階から30階に関東広域の役所関係が全部入ってる。
 中には職員用の保育園や簡単な病院もあって、ここまでなら民間、一般人も普通に出入りできる……」

 オヤジはここまで喋って一度話を止めた。
 いつもなら色々と話しに割って入ってくる深月が、今日は朝からほとんど話しをしようとしないからだ。

「おい、流? どした?
 気分でも悪いのか? 緊張してるのか?」

 オヤジが運転している深月の顔を覗き込んだ。
 下を向いていた匠も、オヤジの深月を呼ぶ声で顔を上げた。

「あ……いえ……」
 それだけ言って深月はまた黙り込む。

 その時、チラリと後ろを気にした深月と、顔を上げた匠とが、ルームミラー越しに目を合わせた。
 と、慌てて深月は目を逸らし、匠は困惑した表情になる。
 そんな二人を浅葱が見ていた。
 
 
「んっ! ん”っっーーーー!!」

 その妙な空気を悟ってか、オヤジは派手に咳払いを一つすると、
「おーい、説明の続きだーー」
 そう言ってまた話し始めた。


「それでだ……!
 この建物の31階からが、まぁ……国家レベルの機関てとこだ。
 一般人は入れねぇし、1階からのエレベーターも30階止まりだ。
 31階以上へ行けるエレベーターや扉は、全て登録された声紋か、もしくは建物内部からの指示でのみ動く。
 うちの組織はそこの70階から78階までだ。
 もちろん詳しい見取り図なんてモンは、テロに備えて公表されてない。
 幹部の執務室に個室、寝泊りできる宿泊施設……まぁそんなもんだろうよ。
 で、今日の審議会は32階だ」

 そこまで一気に話すが、相変わらず深月の反応は薄い。

「やれやれ……」
 
 オヤジが肩をすくめて見せた。
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