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 自室に入ると、浅葱は壁際の大きなベッドに匠を下ろした。

「浅葱さんの……匂いがする……」
 目を閉じたまま、匠が安心したように呟く。

 浅葱も匠の隣に座り、
「ほら……匠、こっちへ……」
 いつものように、匠を膝へ上げようとすると、
「腕枕……が……いい……」
 匠が恥ずかしそうに小さな声で言った。


「……ったく……。
 わかった……。
 腕枕、してやるから少し寝ろ……」
 
 笑うような優しい声がして、匠の頭の下へ腕が差し込まれる。
 匠は浅葱の腕に体を任せると、ゆっくりと右腕を浅葱の体に抱き付けた。


「体、痛くないか……?」
「少し……」
「匠…………」

 名前だけを呼ばれ、その先が続かない声に匠がふと顔を上げる。
 目の前に自分を見つめる浅葱の顔があった。
 だがそれは、体を合わせている時とは違う……いつもの強い浅葱の表情に戻っていて、匠の表情かおも改めて真剣なものになる。


「匠……。
 この先何があっても、お前は俺と一緒だ。
 絶対に離さない。俺が守る」

 この先何があっても……。
 それはあの男への……『必ず奪い返す』への応えだった。


「……俺は、ずっと浅葱さんだけのものです……。
 ……“この先、何があっても”……」
 匠も真っ直ぐに浅葱の目を見た。
 


 浅葱は静かに目で頷くと、匠の唇に触れた。
 その力強い腕に抱かれ、匠は安心したように目を閉じ、ゆっくりとした呼吸を繰り返す。

「おやすみ……」 
 浅葱の声が遠くなっていった。

 穏やかな落ち着いた匠の寝息が聞こえ始めると、匠のその熱い体を抱きしめて浅葱も目を閉じた。





 どれほどの時間が経ったのか……。
 浅葱は、ふと、人の気配で目を覚ましていた。
 自分達の家とはいえ、これほど無防備に深く眠った事はなかったかもしれない。

 隣では匠が浅葱の体に寄り添ったまま眠っている。
 その顔を見て安心し、自分を抱くようにして眠っている匠の腕をそっと下ろした。
 
 匠の下から自分の腕を抜くと、浅葱はリビングへと向った。
 そこにはいつものようにPCに向うオヤジの姿があった。
 

「どうだ……? 匠の様子は」
 リビングへ入ってきた浅葱に気が付き、オヤジが振り向いた。

「ああ。今は落ち着いて眠ってる」
「そうか」
「深月は……?」
「さっきまで、匠とアイスを食べると言ってたが『今日はもう、いくら待っても匠は部屋から出て来ねぇぞー』って言ったら、諦めて部屋へ引き上げたみてぇだ」

 浅葱と匠の間に何があったのか、そんな事は何も聞かず、オヤジは世間話でもするように答えた。



「……なぁ……オヤジ……」
 自分のやり方が果たして正しかったのか……。
 
 しばらくの沈黙の後、浅葱がソファに腰を下ろし、そう言い掛けると、
「恭介……お前が迷ってどうするよ。
 お前が迷えば、匠も迷う。
 お前達二人が良いと思えば、それでいいんだ……。
 世の中には “これが正解” なんてものは無ぇんだから。
 匠は今、安心して眠ってる。……それだけで良いんじゃねーか?」

 浅葱は黙ってその言葉を聞いていたが、フゥ……と一つ息を吐いた。

 ……いつもこのオヤジには助けられてばかりだ……。

 今更「ありがとう」も「助かった」も言わない。
 だがそれでも、この二人には十分だった。



「後で……。匠が起きたら、傷を診てやってくれないか……」
「……ん? ああ、わかった。
 お前も疲れてんだろ。もう少し寝て……」
「俺は大丈夫だ。こんなにゆっくりと眠ったのは久しぶりだ」
「そうか。匠も……きっとそうだろうよ」

 オヤジの優しい顔があった。


「……で。大丈夫なら……」
 優しい顔とは反対に、声が緊張したものに変わる。
 その声に、浅葱もいつもの表情へと戻っていた。

「審議会、来週あたりになりそうだ」
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