95 / 232
-94
しおりを挟む
作業は数時間にも及んでいた。
だがそれでも進んだのは、広い背中のまだほんの一部だけだった。
呻き続ける匠も声も枯れ、時折、咳き込むようになってきている。
呼吸もずっと浅く早いままで、いつ発作を起こしてもおかしくない状態だった。
「オヤジ、匠が……」
意識が朦朧としてきているのか、小さく呻くだけの声しか出さなくなった匠を見て、浅葱がオヤジに声を掛けた。
「ああ……そうだな……」
チラと匠の顔を確認したオヤジは息を吐き、持っていた器具をトレイの端に戻した。
そのトレイの中には、まだ十数本の針があるだけだ。
ハァ……ハァ……
ハァ……ハァ……
オヤジの手が止まると、早い呼吸で浅葱の手を握り締めていた匠の手から、ほんの少し力が抜けた。
グッタリと目を閉じる。
体中が激痛で悲鳴をあげていた。
開創部から流れ出る血と体液を吸い取らせるために、オヤジが傷口に押し込むガーゼですら、今の匠には拷問に等しかった。
「……ンッンンッ……ァァッ……!!」
緩んでいた手に、また力が入る。
浅葱がそんな匠の額の汗をそっと拭った。
「匠、今日はこれで終わりにしよう。少し休むんだ」
オヤジが労わるように優しく声を掛けたが、匠は首を振った。
「……まだ……大丈夫……です……。続けて……ください……」
「おい、無茶を言うな……」
オヤジが慌てて顔を覗き込んだが、匠は頑として首を縦には振らなかった。
少しでも早く動けるようになりたかった。
皆の足手纏いでいるのが嫌だった。
そして、早く浅葱の隣に立ちたかった……。
「だがな、匠……これ以上は……」
「……お願い……します……お願い……」
何度説得しても、荒い息をしながら匠はそれしか言わなくなっていた。
「……本当に……いいんだな……?」
根負けしたオヤジが念を押すと、匠は一度だけ頷き、静かに目を閉じた。
「恭介、椅子、持って来てくれや。こっからは持久戦だ」
「でも、オヤジ……」
反対する浅葱の声にも、オヤジは何も言わず、黙って首を振る。
医学的に言えば、処置は早ければ早い方が良い。
これ以上、体内に呑み込まれると、その痛みは増すだけだ。
「匠……」
声をかける浅葱にも、匠は無言で頷いた。
オヤジが浅葱の持って来た椅子にドカッと腰を据え、灯りの角度をとり直す。
「全部、取ってやるからな。……頑張れよ、匠」
新しい手袋に穿きかえると、オヤジの手がまた動き出した。
「……ンンンンンッッ!!! ……ァッッ!! ……ンッ!!!!」
開始当初は浅葱に握られていた匠の手。
今は縋り付くように、匠の方から浅葱の手首を掴み、握り締めていた。
だがそれでも進んだのは、広い背中のまだほんの一部だけだった。
呻き続ける匠も声も枯れ、時折、咳き込むようになってきている。
呼吸もずっと浅く早いままで、いつ発作を起こしてもおかしくない状態だった。
「オヤジ、匠が……」
意識が朦朧としてきているのか、小さく呻くだけの声しか出さなくなった匠を見て、浅葱がオヤジに声を掛けた。
「ああ……そうだな……」
チラと匠の顔を確認したオヤジは息を吐き、持っていた器具をトレイの端に戻した。
そのトレイの中には、まだ十数本の針があるだけだ。
ハァ……ハァ……
ハァ……ハァ……
オヤジの手が止まると、早い呼吸で浅葱の手を握り締めていた匠の手から、ほんの少し力が抜けた。
グッタリと目を閉じる。
体中が激痛で悲鳴をあげていた。
開創部から流れ出る血と体液を吸い取らせるために、オヤジが傷口に押し込むガーゼですら、今の匠には拷問に等しかった。
「……ンッンンッ……ァァッ……!!」
緩んでいた手に、また力が入る。
浅葱がそんな匠の額の汗をそっと拭った。
「匠、今日はこれで終わりにしよう。少し休むんだ」
オヤジが労わるように優しく声を掛けたが、匠は首を振った。
「……まだ……大丈夫……です……。続けて……ください……」
「おい、無茶を言うな……」
オヤジが慌てて顔を覗き込んだが、匠は頑として首を縦には振らなかった。
少しでも早く動けるようになりたかった。
皆の足手纏いでいるのが嫌だった。
そして、早く浅葱の隣に立ちたかった……。
「だがな、匠……これ以上は……」
「……お願い……します……お願い……」
何度説得しても、荒い息をしながら匠はそれしか言わなくなっていた。
「……本当に……いいんだな……?」
根負けしたオヤジが念を押すと、匠は一度だけ頷き、静かに目を閉じた。
「恭介、椅子、持って来てくれや。こっからは持久戦だ」
「でも、オヤジ……」
反対する浅葱の声にも、オヤジは何も言わず、黙って首を振る。
医学的に言えば、処置は早ければ早い方が良い。
これ以上、体内に呑み込まれると、その痛みは増すだけだ。
「匠……」
声をかける浅葱にも、匠は無言で頷いた。
オヤジが浅葱の持って来た椅子にドカッと腰を据え、灯りの角度をとり直す。
「全部、取ってやるからな。……頑張れよ、匠」
新しい手袋に穿きかえると、オヤジの手がまた動き出した。
「……ンンンンンッッ!!! ……ァッッ!! ……ンッ!!!!」
開始当初は浅葱に握られていた匠の手。
今は縋り付くように、匠の方から浅葱の手首を掴み、握り締めていた。
1
お気に入りに追加
129
あなたにおすすめの小説



どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。



久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる