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 作業は数時間にも及んでいた。
 だがそれでも進んだのは、広い背中のまだほんの一部だけだった。
 呻き続ける匠も声も枯れ、時折、咳き込むようになってきている。
 呼吸もずっと浅く早いままで、いつ発作を起こしてもおかしくない状態だった。


「オヤジ、匠が……」
 意識が朦朧としてきているのか、小さく呻くだけの声しか出さなくなった匠を見て、浅葱がオヤジに声を掛けた。

「ああ……そうだな……」
 チラと匠の顔を確認したオヤジは息を吐き、持っていた器具をトレイの端に戻した。
 そのトレイの中には、まだ十数本の針があるだけだ。

 ハァ……ハァ……
 ハァ……ハァ……

 オヤジの手が止まると、早い呼吸で浅葱の手を握り締めていた匠の手から、ほんの少し力が抜けた。
 グッタリと目を閉じる。
 体中が激痛で悲鳴をあげていた。
 
 開創部から流れ出る血と体液を吸い取らせるために、オヤジが傷口に押し込むガーゼですら、今の匠には拷問に等しかった。

「……ンッンンッ……ァァッ……!!」
 緩んでいた手に、また力が入る。
 浅葱がそんな匠の額の汗をそっと拭った。

「匠、今日はこれで終わりにしよう。少し休むんだ」
 オヤジが労わるように優しく声を掛けたが、匠は首を振った。

「……まだ……大丈夫……です……。続けて……ください……」
「おい、無茶を言うな……」
 オヤジが慌てて顔を覗き込んだが、匠は頑として首を縦には振らなかった。

 少しでも早く動けるようになりたかった。
 皆の足手纏いでいるのが嫌だった。
 そして、早く浅葱の隣に立ちたかった……。

「だがな、匠……これ以上は……」
「……お願い……します……お願い……」
 何度説得しても、荒い息をしながら匠はそれしか言わなくなっていた。



「……本当に……いいんだな……?」
 根負けしたオヤジが念を押すと、匠は一度だけ頷き、静かに目を閉じた。

「恭介、椅子、持って来てくれや。こっからは持久戦だ」
「でも、オヤジ……」
 反対する浅葱の声にも、オヤジは何も言わず、黙って首を振る。
 医学的に言えば、処置は早ければ早い方が良い。
 これ以上、体内に呑み込まれると、その痛みは増すだけだ。

「匠……」
 声をかける浅葱にも、匠は無言で頷いた。


 オヤジが浅葱の持って来た椅子にドカッと腰を据え、灯りの角度をとり直す。
「全部、取ってやるからな。……頑張れよ、匠」
 新しい手袋に穿きかえると、オヤジの手がまた動き出した。

「……ンンンンンッッ!!! ……ァッッ!! ……ンッ!!!!」
 開始当初は浅葱に握られていた匠の手。
 今は縋り付くように、匠の方から浅葱の手首を掴み、握り締めていた。
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