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浅葱は匠を抱いたまま、目の前の扉を体で押し開けた。
ギィ……と軋んだ音がして、屋外の気持ちの良い夜の風と、それとは対照的な、耳をつんざくような轟音が一気に二人を包み込む。
「……んっ……うる……さい……」
視覚を失い、残された感覚が過剰なほど鋭敏になっている匠には尚更だ。
思わずそう呟いていた。
まるで機械の中に放り込まれたような音が響いている。
よく聞けば、それは本当にとてつもなく大きな機械が幾重にも動き続ける稼動音のようだった。
……どこなんだ……ここ……。
浅葱はまだ歩き続けていた。
音は、ますます大きくなる。
自分を抱き上げている浅葱が、話しているのか、黙っているのか、それさえ定かではなかった。
しばらくして、不意に浅葱は足を止めた。
そしてそのまま動こうとしない。
「……浅葱……さん……?」
顔を上げ呼んでみたが、自分の声さえも、自分の耳に届かなった。
仕方なく匠は、浅葱のシャツの胸元を指で引っ張った。
「……ん? ……ああ……」
ようやく我に返ったように、浅葱が匠の方へ顔を近付ける。
「まだ見えないだろうが……最高の景色が広がっている。
……ここは俺の大切な場所だ……」
「浅葱さんの……大切な……」
「ああ、ここに立ち入る者は誰もいない。
ここなら……。
ここでなら、泣こうが叫ぼうが……誰にも聞こえはしない……」
そう言うと浅葱は黙ってしまった。
胸の動きと鼓動で、浅葱の呼吸が速くなったのがわかる。
酷く乱れた心音だった。
……浅葱さん…………。
その匠の動揺に気がついたのか、浅葱は一度だけ大きく深呼吸をした。
そしてまた耳元で、
「今、握っている俺のシャツの中だ。触ってみろ……」
それだけ言うと、浅葱の顔は匠の側から離れていった。
……シャツ……。
匠は一瞬驚いたが、躊躇いながらも握っていた浅葱のシャツの胸元に、ゆっくりと指を伸ばした。
浅葱の胸には二つのペンダントが掛かっていた。
……ペンダント……タグ……。
見えない匠には、それが何の形なのか判らなかったが、指で触れてみると、それぞれ別の形をしている。
タグが二つ……?。
でも、どうして違う形で二つも……。
ひとりの人間が、違う二つのタグを持つ理由……。
匠には、その答えは一つしか思い当たらなかった。
……誰かの形見……。
『ここは俺の大切な場所』
『泣こうが叫ぼうが、誰にも聞こえない』
そう言った浅葱の言葉の意味……。
「あ……浅葱さん……これ……」
言いかけた時、二つのペンダントを握る匠の手に、ポツ……と、何かが落ちてきた。
……雫……。
……浅葱さん……泣いて…………?
見えない目と周囲の騒音で、匠に本当の事は何もわからない。
だが、浅葱の鼓動と体から伝わってくるもの、それは、強いと思っていた浅葱の本当の心の中……。
……深い悲しみと、後悔。乱れる意識……。
……浅葱……さん……。
匠は浅葱を思い切り抱きしめたいと思った。
いつも浅葱が自分にしてくれるように……。
だが今、それは叶わない。
腕が動かない事が、こんなにも悔しいと思った事はなかった。
いつもの冷静な浅葱からは想像できない程の、乱れた呼吸と鼓動はずっと続いていた。
と、同時に次々と流れ込んでくる浅葱の痛いほどの意識……。
それを感じ取る匠の目にも涙が溜まっていく。
……激痛を伴った涙だった。
その痛みは波紋のように広がり、匠の体の中の痛みを呼び起こす。
体の一番奥が、共鳴したように疼き始める。
……クッッ……!
思わずその痛みに目を閉じた。
瞳に溜まった涙が零れ落ちる。
それが引き金だった。
一筋頬に流れると、耐えていた匠の感情は、痛みと共に抑えられなくなった。
ギィ……と軋んだ音がして、屋外の気持ちの良い夜の風と、それとは対照的な、耳をつんざくような轟音が一気に二人を包み込む。
「……んっ……うる……さい……」
視覚を失い、残された感覚が過剰なほど鋭敏になっている匠には尚更だ。
思わずそう呟いていた。
まるで機械の中に放り込まれたような音が響いている。
よく聞けば、それは本当にとてつもなく大きな機械が幾重にも動き続ける稼動音のようだった。
……どこなんだ……ここ……。
浅葱はまだ歩き続けていた。
音は、ますます大きくなる。
自分を抱き上げている浅葱が、話しているのか、黙っているのか、それさえ定かではなかった。
しばらくして、不意に浅葱は足を止めた。
そしてそのまま動こうとしない。
「……浅葱……さん……?」
顔を上げ呼んでみたが、自分の声さえも、自分の耳に届かなった。
仕方なく匠は、浅葱のシャツの胸元を指で引っ張った。
「……ん? ……ああ……」
ようやく我に返ったように、浅葱が匠の方へ顔を近付ける。
「まだ見えないだろうが……最高の景色が広がっている。
……ここは俺の大切な場所だ……」
「浅葱さんの……大切な……」
「ああ、ここに立ち入る者は誰もいない。
ここなら……。
ここでなら、泣こうが叫ぼうが……誰にも聞こえはしない……」
そう言うと浅葱は黙ってしまった。
胸の動きと鼓動で、浅葱の呼吸が速くなったのがわかる。
酷く乱れた心音だった。
……浅葱さん…………。
その匠の動揺に気がついたのか、浅葱は一度だけ大きく深呼吸をした。
そしてまた耳元で、
「今、握っている俺のシャツの中だ。触ってみろ……」
それだけ言うと、浅葱の顔は匠の側から離れていった。
……シャツ……。
匠は一瞬驚いたが、躊躇いながらも握っていた浅葱のシャツの胸元に、ゆっくりと指を伸ばした。
浅葱の胸には二つのペンダントが掛かっていた。
……ペンダント……タグ……。
見えない匠には、それが何の形なのか判らなかったが、指で触れてみると、それぞれ別の形をしている。
タグが二つ……?。
でも、どうして違う形で二つも……。
ひとりの人間が、違う二つのタグを持つ理由……。
匠には、その答えは一つしか思い当たらなかった。
……誰かの形見……。
『ここは俺の大切な場所』
『泣こうが叫ぼうが、誰にも聞こえない』
そう言った浅葱の言葉の意味……。
「あ……浅葱さん……これ……」
言いかけた時、二つのペンダントを握る匠の手に、ポツ……と、何かが落ちてきた。
……雫……。
……浅葱さん……泣いて…………?
見えない目と周囲の騒音で、匠に本当の事は何もわからない。
だが、浅葱の鼓動と体から伝わってくるもの、それは、強いと思っていた浅葱の本当の心の中……。
……深い悲しみと、後悔。乱れる意識……。
……浅葱……さん……。
匠は浅葱を思い切り抱きしめたいと思った。
いつも浅葱が自分にしてくれるように……。
だが今、それは叶わない。
腕が動かない事が、こんなにも悔しいと思った事はなかった。
いつもの冷静な浅葱からは想像できない程の、乱れた呼吸と鼓動はずっと続いていた。
と、同時に次々と流れ込んでくる浅葱の痛いほどの意識……。
それを感じ取る匠の目にも涙が溜まっていく。
……激痛を伴った涙だった。
その痛みは波紋のように広がり、匠の体の中の痛みを呼び起こす。
体の一番奥が、共鳴したように疼き始める。
……クッッ……!
思わずその痛みに目を閉じた。
瞳に溜まった涙が零れ落ちる。
それが引き金だった。
一筋頬に流れると、耐えていた匠の感情は、痛みと共に抑えられなくなった。
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