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車はずっと走り続けていた。
そのシンとした車内で、匠が目を閉じたままポツリと口を開いた。
「……小さい女の子に……手を引かれて……公園へ行って……。
そこは……全てが……穏やかで……」
それはまるで夢の話でも呟いているかのようだった。
「話すと、また苦しくなるぞ」
浅葱が初めて口を開いた。
だが、匠は話し続けた。
「……俺なんかが……いてはいけない……。そんな気が……して……」
浅葱がチラリと匠を見る。
匠は乗せられたままの格好で、腕で顔を隠し、助手席で小さく蹲っていた。
「……俺達が、ウラ、だからか?」
さっきの路地で匠らしくない皮肉った言い方をしたのを、浅葱は思い出していた。
「それも……あります……」
「だが、俺達が仕事をしなければ、今日、お前が出会ったその人達の中に、次の事件の犠牲者が出るかもしれない」
「……それでも……。俺はあそこに……いられなかった……」
浅葱は一瞬目を閉じ、唇を噛むと、ハンドルを握り締めた。
「それは……お前が、穢された体……だからなのか?」
その浅葱の言葉に匠がビクッと反応する。
胸が苦しくなる……。
「……浅葱さんは……そういう事……平気で言えるんですね……」
浅葱の表情を見る事ができないまま、匠はそう呟いていた。
「俺はこういう言い方しかできない」
「強い……人……ですよね……浅葱さんは……。
……きっと浅葱さんなら……何でも簡単に、乗り越える……んでしょうね……」
「俺もオヤジも、少なからず何かを乗り越えてきた。
いや、乗り越えようとしている……。
守りたい物、確かめたい真実……消せない過ち……。
それは簡単な事じゃない」
「俺は……この傷がある限り……越えられないかも……しれない……。
一生……自分のモノだと言ったあの男が……」
そこまで言うと体が震え、苦しくなっていく。
ハァ……ハァ……
「思い出しただけで……こんな風になる……。
こんな体……情けなくて……。忘れたい……こんな傷……」
下を向いて蹲り、手で震えを止めようとするが、小刻みに震える体は言うことをきかなかった。
「……忘れさせてやる」
浅葱の声に、匠が驚いたように顔を上げた。
「俺が必ず忘れさせてやる」
それから浅葱は何も話さなかった。
匠もずっと目を閉じたままで、まだ整わない荒い息遣いだけが聞こえていた。
どこかの入り口なのか、浅葱は車を止め、窓を開けて外の人物と一言二言、言葉を交わすと、また車は走り始めた。
山道なのか、上りのカーブがいくつも続いた。
それからしばらくして、
「着いたぞ」
浅葱の声で、匠はシートに預けていた頭を上げた。
「どこ……ですか……?」
浅葱が先に車を降り、助手席のドアが開けられる。
シートベルトを外すと、そのまま匠を抱き上げた。
「……おろして……ください……」
そう訴えたが、浅葱は何も言わず、匠を抱いたまま歩いて行く。
周囲にコンクリートの足音が反響するそこは、どこかの駐車場のようだった。
空気はわずかに澱んでいて、人の出入りもあまり感じられない。
カンカンと甲高い音の響く鉄の階段を上ると、ようやく浅葱の足が止まった。
「ここは、俺の大切な場所だ」
「大切な……」
「ああ、目の前に扉がある。ここを出た所だ」
そのシンとした車内で、匠が目を閉じたままポツリと口を開いた。
「……小さい女の子に……手を引かれて……公園へ行って……。
そこは……全てが……穏やかで……」
それはまるで夢の話でも呟いているかのようだった。
「話すと、また苦しくなるぞ」
浅葱が初めて口を開いた。
だが、匠は話し続けた。
「……俺なんかが……いてはいけない……。そんな気が……して……」
浅葱がチラリと匠を見る。
匠は乗せられたままの格好で、腕で顔を隠し、助手席で小さく蹲っていた。
「……俺達が、ウラ、だからか?」
さっきの路地で匠らしくない皮肉った言い方をしたのを、浅葱は思い出していた。
「それも……あります……」
「だが、俺達が仕事をしなければ、今日、お前が出会ったその人達の中に、次の事件の犠牲者が出るかもしれない」
「……それでも……。俺はあそこに……いられなかった……」
浅葱は一瞬目を閉じ、唇を噛むと、ハンドルを握り締めた。
「それは……お前が、穢された体……だからなのか?」
その浅葱の言葉に匠がビクッと反応する。
胸が苦しくなる……。
「……浅葱さんは……そういう事……平気で言えるんですね……」
浅葱の表情を見る事ができないまま、匠はそう呟いていた。
「俺はこういう言い方しかできない」
「強い……人……ですよね……浅葱さんは……。
……きっと浅葱さんなら……何でも簡単に、乗り越える……んでしょうね……」
「俺もオヤジも、少なからず何かを乗り越えてきた。
いや、乗り越えようとしている……。
守りたい物、確かめたい真実……消せない過ち……。
それは簡単な事じゃない」
「俺は……この傷がある限り……越えられないかも……しれない……。
一生……自分のモノだと言ったあの男が……」
そこまで言うと体が震え、苦しくなっていく。
ハァ……ハァ……
「思い出しただけで……こんな風になる……。
こんな体……情けなくて……。忘れたい……こんな傷……」
下を向いて蹲り、手で震えを止めようとするが、小刻みに震える体は言うことをきかなかった。
「……忘れさせてやる」
浅葱の声に、匠が驚いたように顔を上げた。
「俺が必ず忘れさせてやる」
それから浅葱は何も話さなかった。
匠もずっと目を閉じたままで、まだ整わない荒い息遣いだけが聞こえていた。
どこかの入り口なのか、浅葱は車を止め、窓を開けて外の人物と一言二言、言葉を交わすと、また車は走り始めた。
山道なのか、上りのカーブがいくつも続いた。
それからしばらくして、
「着いたぞ」
浅葱の声で、匠はシートに預けていた頭を上げた。
「どこ……ですか……?」
浅葱が先に車を降り、助手席のドアが開けられる。
シートベルトを外すと、そのまま匠を抱き上げた。
「……おろして……ください……」
そう訴えたが、浅葱は何も言わず、匠を抱いたまま歩いて行く。
周囲にコンクリートの足音が反響するそこは、どこかの駐車場のようだった。
空気はわずかに澱んでいて、人の出入りもあまり感じられない。
カンカンと甲高い音の響く鉄の階段を上ると、ようやく浅葱の足が止まった。
「ここは、俺の大切な場所だ」
「大切な……」
「ああ、目の前に扉がある。ここを出た所だ」
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