刻印

文字の大きさ
上 下
88 / 232

-87

しおりを挟む
 車はずっと走り続けていた。
 
 そのシンとした車内で、匠が目を閉じたままポツリと口を開いた。

「……小さい女の子に……手を引かれて……公園へ行って……。
 そこは……全てが……穏やかで……」
 それはまるで夢の話でも呟いているかのようだった。

「話すと、また苦しくなるぞ」 
 浅葱が初めて口を開いた。

 だが、匠は話し続けた。

「……俺なんかが……いてはいけない……。そんな気が……して……」
 浅葱がチラリと匠を見る。
 匠は乗せられたままの格好で、腕で顔を隠し、助手席で小さく蹲っていた。


「……俺達が、ウラ、だからか?」
 さっきの路地で匠らしくない皮肉った言い方をしたのを、浅葱は思い出していた。

「それも……あります……」
「だが、俺達が仕事をしなければ、今日、お前が出会ったその人達の中に、次の事件の犠牲者が出るかもしれない」
「……それでも……。俺はあそこに……いられなかった……」

 浅葱は一瞬目を閉じ、唇を噛むと、ハンドルを握り締めた。

「それは……お前が、穢された体……だからなのか?」
 その浅葱の言葉に匠がビクッと反応する。
 胸が苦しくなる……。

「……浅葱さんは……そういう事……平気で言えるんですね……」
 浅葱の表情を見る事ができないまま、匠はそう呟いていた。

「俺はこういう言い方しかできない」
「強い……人……ですよね……浅葱さんは……。
 ……きっと浅葱さんなら……何でも簡単に、乗り越える……んでしょうね……」
「俺もオヤジも、少なからず何かを乗り越えてきた。
 いや、乗り越えようとしている……。
 守りたい物、確かめたい真実……消せない過ち……。
 それは簡単な事じゃない」
「俺は……この傷がある限り……越えられないかも……しれない……。
 一生……自分のモノだと言ったあの男が……」

 そこまで言うと体が震え、苦しくなっていく。

 ハァ……ハァ……

「思い出しただけで……こんな風になる……。
 こんな体……情けなくて……。忘れたい……こんな傷……」
 下を向いて蹲り、手で震えを止めようとするが、小刻みに震える体は言うことをきかなかった。


「……忘れさせてやる」

 浅葱の声に、匠が驚いたように顔を上げた。

「俺が必ず忘れさせてやる」





 それから浅葱は何も話さなかった。
 匠もずっと目を閉じたままで、まだ整わない荒い息遣いだけが聞こえていた。
 どこかの入り口なのか、浅葱は車を止め、窓を開けて外の人物と一言二言、言葉を交わすと、また車は走り始めた。
 山道なのか、上りのカーブがいくつも続いた。

 それからしばらくして、
 「着いたぞ」
 浅葱の声で、匠はシートに預けていた頭を上げた。

「どこ……ですか……?」
 浅葱が先に車を降り、助手席のドアが開けられる。
 シートベルトを外すと、そのまま匠を抱き上げた。

「……おろして……ください……」
 そう訴えたが、浅葱は何も言わず、匠を抱いたまま歩いて行く。
 周囲にコンクリートの足音が反響するそこは、どこかの駐車場のようだった。
 空気はわずかに澱んでいて、人の出入りもあまり感じられない。
 カンカンと甲高い音の響く鉄の階段を上ると、ようやく浅葱の足が止まった。


「ここは、俺の大切な場所だ」
「大切な……」
「ああ、目の前に扉がある。ここを出た所だ」
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

真・身体検査

RIKUTO
BL
とある男子高校生の身体検査。 特別に選出されたS君は保健室でどんな検査を受けるのだろうか?

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

隣の親父

むちむちボディ
BL
隣に住んでいる中年親父との出来事です。

生意気な少年は男の遊び道具にされる

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...