刻印

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 女の子に手を引かれ、匠は歩いていた。
 
 歩く衝撃で激しい痛みが襲う。
 眩暈が酷く、度々、フワリと体が浮き倒れそうになる。
 それでも周囲の物に興味を示し、立ち止まり、立ち止まりしながらゆっくり歩く小さな女の子の歩調は、今の匠には幸いだった。
 時折聞こえる可愛らしく弾む声と、匠の人差し指を握って離さない小さな手は、なぜかとても安心できた。
 体の痛みはあったが、不思議と呼吸が苦しくなる事は無かった。


「ここです。着きましたよ」
 しばらく歩いて公園に着くと、女性は匠をベンチへ座らせた。
 帰りはどうするのか……と、色々と心配してくれたが、匠が丁寧に礼を言うと、二人は公園の音の中へと消えて行った。


 もう昼近いのだろうか……。
 座っているだけで太陽の陽を肌に感じ、暑かった。
 汗をかけず、体温調節が上手くできない匠の体はその熱を蓄積し、更に高温になる。

 
 かなり広い公園らしかった。
 遠くに走る車の音。クラクション。雑踏……。
 たくさんの人の声もした。大人や子供。笑う声。
 犬の鳴き声……木々を揺らす風の音。
 噴水があるのか、水の音も聞き取れる。

 そこは音で溢れていた。
 長い間、聞いていなかった平和な日常の音だ。

 闇に紛れて銃を握り、それが仕事とはいえ人を殺傷する。
 そして監禁され、鎖で縛られ、背中を灼かれ……陵辱された……。
 そんな自分とは全く違う、穏やかな世界がそこにあった。
 
 無邪気に自分の手を握ってきたあの女の子も、この体を見たら泣き叫ぶのだろうか……。
 自分の事を知ったら、あの親切な母親は嫌悪するのだろうか……。
 ここにいる人たちは……。
 こんな “刻印” を背負う自分が、ひどく異質で汚れた存在に思えた。


 ここに自分の居場所は無い。
 ここに居てはいけない……。
 この幸せな世界を……自分は穢してしまう……。
 そんな恐怖に駆られた。


 背中の痛みと熱さに呼応するように、体の一番奥の部分がズキズキと痛み出す。
 その痛みに、匠は拳を握り締め、唇を噛んだ。
 
 そして足に力を入れ、立ち上がった……。


 ゆっくりと、車の音がする通りへ向かった。
 そこには、公園などとは比べ物にならない程の音が溢れていた。
 その膨大な音の情報に反応し、無意識に動く眼球が刺さるような痛みを引き起こし、よけいに匠を困惑させた。
 それでも、何かに追い立てられるように足を踏み出した。


 崩れそうな体を建物の壁に沿わせて歩いていた。
 端を歩いているはずなのに、何度も人や物にぶつかった。
 そのたびに体に激痛が襲い、動けなくなった。
 
 体が燃えるように熱かった。
 一度倒れると、もう立ち上がれそうにない体を、無理矢理、引き摺り歩いた。
 咳き込み息ができなくなると、壁に肩を預け、立ったまま喘いだ。


 いつの間にか肌にあたる日差しは弱くなり、空気も風も、少しだけ冷めていった。
 日が暮れるのか……ぼんやりとそう思った。

 みんな、心配しているだろうか……。
 ふと、そんな事を考えたが、その時はすでに方向感覚さえも失っていた。
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