刻印

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 浅葱は自室へ戻ると、ベッドへ体を投げ出した。
 この部屋もリビングと同様に遮光カーテンが引かれ、朝の陽もほとんど入ってこない。
 間接照明の影だけが壁に浮かぶ部屋で、仰向け、ただじっと天井を見つめた。
 体は疲れているのかもしれないが、眠る気にはなれなかった。

 匠の、あの傷だらけの体が脳裏に浮かぶ。
 これから時間が経てば経つほど、匠は自分の置かれた状況に苦しむだろう……。
 心と体に、永遠に消せない傷を負って生きていかなければならない匠の事を考えると、言いようのない悔しさが湧き上がった。
 
 匠の傷……。
 男が “刻印” だと言った傷……。
 あの刻印の全ての根源は、自分なのだ……。
 
 だからといって、今、自分に何が出来る……。
 側に居たところで、匠の苦しみは何も……。
 無力な自分に苛立った。

 
 胸元を手で掴むと、シャツの中でチャラ……と音を立て何かが鳴った。
 首をわずかに持ち上げ、それを抜き取ると、二つのペンダントが手の中にあった。
 それぞれ別の、全く違う二つの形。
 浅葱はそれを天井に掲げた手の中でじっと見つめた。
 シルバーの鎖が付けられたそれらは、目の前でゆっくりと揺れる。

 そのまま二つを一緒に手の中に握り込み、目を閉じた。
 長い間、そうしたまま動かなかった。

 やがて、ペンダントを二つともベッドサイドのテーブルに置き、背を向けた……。


 コンコンコン――

 しばらくして、部屋の扉をノックする音に「どうぞ」と応えた。
 入って来たオヤジは近くの椅子を引き腰を掛ける。
 浅葱も起き上がってベッドに座ったが、そのまま二人共、黙ったまま何も話さなかった。
 
 言わなくても互いが判っていた。
 寝ろと言ったところで、眠れはしないこと。
 今は一人でいるのが辛いこと……。


 静寂の中でオヤジはふとベッドサイドに置かれたペンダントに目を留めた。

「それって……例のやつか?」
「ああ……」
 そう言うと浅葱は二つを一緒に取り、オヤジに手渡した。

「双頭……なのか……」 
 オヤジは一つずつ、手の中で見つめるとそう呟いた。
「ああ……」 
 浅葱がポツリと答える。

「……そうか。……そういうことか……」
 オヤジは何かを察したようだった。


「……な、恭介。
 昔、お前とあの男の間に何があったかは知らねぇし、二人でやってるうちは私怨でもいい。
 だがな、ここまできたら、もうお前等、二人だけの問題じゃあねぇんだぞ。
 匠も含め、俺も流も……全員の問題だ。
 全部、自分一人で背負い込むんじゃねぇぞ……」

 浅葱は黙ったまま何も答えなかった。

 オヤジはそんな浅葱を見ながら小さく息を吐くと、
「……ああ、そうだ!
 匠が元気になったら、新しいのを作ってやらねぇとな」 
 二つを浅葱に返しながら、あえて明るい声で言った。
 
「……そうだな」 
 浅葱はペンダントを受け取ると、そのまま一緒に首に掛け、シャツの中に忍ばせた。



 ――ドンドンドン!

 今度はいきなり激しく扉がノックされ、オヤジと浅葱は顔を見合わせた。
 部屋を出ると、深月が血相を変えて立っている。

「どうした?」
「……匠さん!! 匠さんは!? いませんか!? そちらに!」
「匠がどうした?」
 オヤジが聞き返す。

「匠さんが、いないんです!!」
「いないって……あの体で起き上がれるはずも……」
「それが……! 起こしてくれって言われて……着替えもって……。
 それで今見たら、いないんです! どこにも! 靴も無くなってて……!」
「何だと!! まだあの男に狙われてるってぇのに、一人で外へ出たのか!」

 その言葉の意味がわからず、深月は一瞬フリーズする。

「……え? 狙われてるって、何?
 ……どういう事ですか!? まだ、匠さんを? どうして……」
「オヤジ、今、その事を言っても仕方ない! 
 その事をちゃんと……深月にも、匠にも話さなかった俺のせいだ。
 とりあえず匠を探す!
 ……深月! お前もオヤジと手分けして、近くを探せ!」


 三人はマンションを飛び出した。
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