刻印

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 深月に引っ張られ、浅葱も出て行ったのを確認すると、
「いいぞ、匠。もう俺だけだ。
 俺は医者だ。気にせずに何でも言えばいい。どこが辛い……?」
 オヤジが静かに話し掛けた。

 心配をかけたくない……。
 そう思い、しばらく黙っていた匠だったが、自分だけではどうする事もできない。
 それが今の現実だった。
 諦めたように小さく息を吐く。

「……目が……痛……いです。
 目を動かすと……痛みが……ひどくて……。
 それに……体中が……。
 腕も……動かなくて……。
 ……背中……おやっさん……俺の背中は……!」

「匠、一気に話さなくていいんだぞ。
 ゆっくり、呼吸を整えながらだ。そうしないと、また苦しくなるからな」
 
 その声に頷き、匠は自身を落ち着かせるように深呼吸をした。
 だが、それでさえも折れた肋骨がギリと痛み、思わず顔を顰めた。

「胸も痛むだろ。肋骨が折れてる。
 これは自然に治るのを待つしかないが……時間はかかるが大丈夫だ」
「……はい……」
「あと、目も徐々に見えるようになる。
 この前の洗浄、覚えてるか? あれを続ければ大丈夫だ。
 かなり痛むだろうが……できるか?」

 あの痛みを思い出していた。
 灼け付くようなあの痛み……それでも……。
 唇を噛み締めて「はい……」と答えた。

 “痛みの記憶” それを思い出すとまた苦しくなった。
 次第に呼吸が速くなっていく。


「まだ話し、続けて大丈夫か? 少し休むか?」
 オヤジが肩で息をする匠の手を握る。

「……大丈夫……です……」
「ん……。腕が動かないのは、背中の傷のせいだ。わかるか?」
「……は……い……」
「何かで灼かれたな? その後もかなり傷つけられた……」

 その言葉であの時の衝撃……灼熱だった金属の重さ、熱さ、音、匂いや人の気配……空気まで全てが鮮明に蘇ってくる。
 そして、毎日繰り返されたあの老人の作業……。
 思い出すだけで叫びそうだった。
 だが今は強く目を閉じ、拳を握り締め、耐えるしかなかった。

「……だから腕が動かないんだ。
 でも、ちゃんと治療してリハビリを続ければ、きっと元に戻る……。
 いいな、きっと動くようになる」
 だが匠は黙っていた。

「背中の傷は、後で診せてもらうがな…………」
 そこでオヤジの言葉が詰まった。
 
 言い難そうな、沈黙の時間が続く。
 そのオヤジの気配に、今度は匠の方が先に口を開いた。


「もう、ダメ……なんですね……。もう……ずっと、このまま…………」
「……ああ。深い傷だ。たぶん、消せないだろう……。……すまん……」

 オヤジの声の方が辛そうだった。
 その声を聞くと、匠も何も言えなくなっていた。
 今にも心臓が暴れ出しそうだった。
 まともに息が吸えず苦しさだけが増していく。
 
 それでも必死に呼吸を整えながら、
「……わかりました……」
 とだけ気丈に答えた。


「俺が今回の件、もう少し気をつけていれば……。本当にすまない、匠……」
 オヤジが頭を下げていた。

「おやっさん……。俺が一人で……心配かけて……。
 それに……みんなにも迷惑を……」
「迷惑なんて誰も思っちゃ…………」

 オヤジはまだ話し続けていたが、その声は、もう匠の耳には届いていなかった。
 背中の傷が治らないと、そう言われた事がショックだった。

 
 匠はまだ自分の背中を見た事が無い。
 だから、ここへ戻って来さえすれば、なんとかなる。
 生きて戻れば……自分が忘れる事さえできれば、また元の生活がある……。
 何の根拠も無かったが、漠然と、本当にただ漠然とそう思っていた。
 そしてそれだけが唯一の望みであり、希望だった。
 
 だが、もう元には戻らない。

 “タクミはこれから一生、私のモノ。
 この刻印を見るたび、痛むたびに、私を思い出す”
 あの男の言葉が頭の中を巡っていた。

 一生、消えない。
 一生、あの男のモノ……。
 その言葉の意味が、今、現実になろうとしていた。


「おやっさん……少し……眠りたい……」
「ん? ああ、わかった。背中の治療は午後からにしような。今はゆっくり休め」

 そう言ってオヤジは、匠の肩までタオルを掛けると部屋を出て行った。
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