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 マンションに到着した時、オヤジはすでに駐車場で待っていた。
 浅葱が匠を抱きかかえて降りると、オヤジはすぐに走り寄った。

「どうなんだ……?」
「さっき三本目を打った。だがそう長くは無理だ」
 例のケースを返しながら浅葱が告げる。
 ケースの中には使われなかった赤いタグの注射器が封印されたまま残っていた。

 オヤジは強く頷くと、まだ小さく呻く匠を覆っている布をチラと剥いだ。
 そこから覗く大小様々な無数の傷。
 胸の傷はまだ出血が止まっていない。

「くそ……! こんなにしやがって……!
 ……クソッたれが!!」

 悔しさに悪態をつくオヤジに、
「背中を……」
 浅葱が声を掛けた。
 
 オヤジは慌てて、匠の背中を覗き込む。
 灼かれた背中で蛇と龍が、血を流しながら牙を剥いていた。

「……!
 ……な、なんだ……これは……いったい……よ……」
 浅葱も視線を落としたまま、小さく首を振り何も言えなかった。



 エレベーターの中でもオヤジの手は、休む事なく動き続けていた。
 中身がわからない左腕のパック。
 そこから数滴、ガラス管に採取する。

「とりあえず部屋に戻ったら、目の診察と、これの正体だ。
 ……流、お前も疲れているだろうが、こいつの分析を頼む。
 できるだけ早く、成分が知りてぇんだ……」

「僕なら大丈夫です」
 深月もそのガラス管を受け取り頷いた。
 
 布を少しずつ持ち上げ、匠の状態をチェックしながら、
「本当にひでぇ事をしやがる……。これが医者のする事かよ……」
 オヤジはボソリと呟いた。


 
 部屋に着くと、
「……わかるか? 帰ってきたぞ」
 浅葱が腕の中の匠に声を掛けた。

「おかえりなさい、匠さん」
 深月も懸命に笑顔を作ってみせたが、匠は目を閉じたまま、苦しい呼吸を繰り返すだけだった。



「すぐに医務室だ。
 とりあえず刺創なんかの外傷や骨折は後回しだ。
 問題は目だ……。
 何をされたのか、それを確かめねぇと……。
 目だけは取り返しのつかない事になるかもしれねぇ……」

 深月はすぐに部屋の機材を繋ぎ、オヤジに渡された薬剤の分析に取り掛かった。
 匠は体に掛けられた布を、清潔で軽い医療用の大きなタオルに取り替えられ、オヤジの指示でベッドに仰向けに下ろされた。

「……ッ……ンンッ……!!」
 匠はその痛みに呻き、背中を持ち上げようとして、わずかに意識が戻ったようだった。

「わかるか? 匠。俺だ、帰って来たんだぞ……」
 オヤジの呼びかけに、匠が声のする方へゆっくりと顔を向けた。
 だが応えようにも、苦しさで声が出なかった。

「無理に話さなくていいんだ……。
 背中な……痛むだろうが、少しだけ我慢してくれ……。
 先に目を見たいんだ。いいか?」
 
 その問いに、匠は一瞬、戸惑うような表情をみせた。
 オヤジが手元のライトを点けると、灯りに反応して無意識に眼球が動き激痛が走る。

「……ンッ!! ……ッッ……!」
 匠が声を押し殺し、首を振って呻く。
 ライトを点けただけの反応にしては、やはりあまりにも不自然だった。
 
「匠……。
 目……何かされたよな? ……何か言えるか?」
 まるで子供をなだめるように、オヤジがゆっくりと尋ねた。

 匠はその言葉にピクンと体を反応させた。
 だが、思い出す事を拒むように、苦しそうに首を振る。

「そうだな……。思い出したくねぇよな……。
 でも放ってはおけねぇんだ。頼む……。教えてくれ……。
 目だ。何をされた……?」

 ハァ…… ハァ……

 匠の脳裏にあの針が浮かび上がってくる。
 苦しくなり、呼吸が荒くなった。

 ハァ……ハァ……
 ハァ……ハァ……

 匠の両手がタオルを握り締める。
 表情が険しくなり、動かない体を動かそうとしているのか、それとも何かへの抗いなのか……。
 必死に体を捩り抵抗しようとしていた。


 そしてやっと一言、
「……針……で……注射……を…………」
 と呟いた。

「……そうか……わかった……。よく一人で頑張ったな……」
 それだけ言うと、オヤジも何も言えなくなっていた。

 部屋の隅で分析を続けながら、その光景を見ていた深月も、
「……そんな……」
 と声を漏らす。

 匠があれほど注射を嫌がった理由……。
 浅葱は唇を噛んだ。

「眼球に針を刺すっていうのは、古典的な拷問方法だ。
 だが、ただの針じゃなく、わざわざ注射ってこたぁ、何かしらの薬品も入れられたってことだ。
 だからこんなに過剰な反応をするのかもしれねぇ……。
 ……匠、これから少し目を診させてもらうぞ……? いいか?」

 その言葉で匠の体が震え始める。
 だがオヤジは躊躇する事なく、匠の右の瞼を開きライトをあてた。


「……ぃや……ぃやだ…………、、やめ…………」
 匠が小さく首を振る。
 だが、まだ鎮静剤が効いているのか、酷く暴れる事はない。

 タオルを握る両手に力が入る。
 匠も必死で自身と戦っていた。


 オヤジは医療用のルーペで瞳を覗くと、
「確かにられてる……。
 しかもこんなヤベぇとこに、注射なんぞしやがって……」

 そう言いながらピンセットで眼球に極小のガーゼ状の破片をのせた。

「ンッァッ……!!」
 匠が呻く。
 それはカッターナイフで眼球をえぐり取られるような激痛だった。
 
 だがオヤジにも躊躇は無い。
 時間との戦いだ。
 同様に左目からもガーゼを採取すると、ガラスケースに載せ深月に差し出した。

「これも至急分析してくれ。
 どんな薬品を入れたか一刻も早く知りてぇ……」
 
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